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洞窟壁画から現代アートまで、芸術家は何を表現してきたか 10万年にわたるワクワクする美術の歴史

今回は『若い読者のための美術史』をご紹介します。

若い読者のための美術史

本書はイェール大学出版局「リトル・ヒストリー」シリーズの最新刊で、464ページのなかに、世界の美術史のエッセンスがぎゅっと凝縮されています。

200点以上のカラー画像つきで、物語としてもスラスラ読んでいくことができます。

こうした美術史を通時的に追っていく概説書は、ヨーロッパの美術が中心になりがちですが、たとえば、アフリカ、アステカ、南アメリカ、ラパヌイ島(イースター島)、イスラーム、モンゴル、中国、日本、オセアニア……と、まるで世界の交易路を辿る旅のようなイメージで美術の流れを解説しています。


「Chapter13 東西の出会い」では、ジェンティーレ・ベッリーニの物語が綴られます。

彼は、1479年9月にヴェネツィアを出てオスマン帝国のコンスタンティノポリスを訪れ、イスラム文化に触れ、その影響を受けながら、『メフメト2世の肖像』を完成させます。

メフメト2世の肖像

オスマン帝国とイタリアの関係、コンスタンティノポリスやヴェネツィアなどの交易都市での多文化の人々の交流の中で美術が発展していった姿なども紹介されています。

中国美術の考え方についての解説も面白いです。

「Chapter19 新しい視点」では、明代末期の文人・董其昌の絵画について、こう解説しています。

同時代の西洋美術の様式がせいぜい数十年しかもたなかったのに対し、中国の画家は数千年の伝統を踏襲していた。董は、芸術家は旅によって自然を吸収し、それを過去の偉大な中国の芸術家の様式を通じて形にすべきだと信じていた。個性を表す独自のスタイルを確立するのは大事だが、同時に、先人たちの残した遺産にも敬意を払うべきだ。だから董は風景画で、見たままの自然ではなく、先人たちがそうしたように、その中に凝縮された本質を描こうとした。

西洋美術の様式が短期間しか持続しないのに対し、中国美術では長い期間集積されてきた様式を尊重し、董其昌などの画家は風景をただそのままとらえるのではなく、「凝縮された本質」を描こうとしたとしています。

中国の水墨画や風景画は素朴ですが、心にしみるものがあります。画家の創作態度がこうした感情を生み出しているのかもしれません。

さて、気になる日本の絵画の話です。

「Chapter25 ロマン主義とオリエンタリズム」では、19世紀の葛飾北斎や歌川広重の浮世絵の話が出てきます。

著者によれば、当時の日本にはオランダの交易船を通じてイタリアの景観画(ヴェドゥータ)などの西洋の風景画や版画に関する本が入ってきており、風景画の計算された遠近法が大いに受けて、これが浮世絵などに取り入れられていったといいます。

神奈川県沖浪裏

北斎の『神奈川県沖浪裏』は、新紙幣の1000円札の裏面にも印刷されており、日本を代表する作品といえますが、著者はこれにも近景と遠景の組み合わせがあり、あらゆる構成要素が絵全体に調和をもたらしていると評価しています。

そうした視点でこの作品をあらためて見ていくと、手前の大波と奥に小さく見える富士山の対比が波の荒々しさを際立たせています。

『神奈川県沖浪裏』が印字された美しい印刷物として、1000円札をお土産にするインバウンドの方もおられるかもしれません。

西洋画家に大きな影響を与えたというのも、理解できます。

そのほか、日本の絵画として『源氏物語絵巻』、狩野派の『南蛮屏風』、歌川広重の『亀戸梅屋舗(かめいどうめやしき)』なども登場しています。ぜひ本書を開いて探してみてください。

西洋画家が日本の版画にインスピレーションを求めたのは有名です。「Chapter29 ポスト印象主義」ではゴッホやポール・ゴーガンを例に解説していますので、ご参照ください。

ピカソの「ゴッホには日本の版画があった」「だが、我々にはアフリカがある」という名言からもわかるように、西洋の画家も世界の芸術からエッセンスを抽出して、作品作りに生かしています。

本書では、このほかに女性画家や非白人画家についても積極的に語られています。美術をさらによく理解するための視点をこの本を通じて学んでみてください。


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