11月8日 金曜日
いくつか書きたいことがあったんだけど忘れちゃった。書きながら思い出してみる。
🔖🔖🔖
今日はお客さんと一緒にご飯を食べてお話をして、焚き火を囲みながら花火をした。
その合間あいまに、最近参加しはじめたコミュニティの「褒め褒め会」に耳だけ参加。
一言も声を出せなくて申し訳なかったけど、複数人の電話でこんなに盛り上がるんだ〜〜って聞いててとても楽しかった。複数人でのオンライン通話ってZoomでも他のツールでも顔出しが多かったから新鮮だったなぁ。
参加者さんはみんなざっくばらんに話して受け取ってどんどん膨らませていく素敵な方たちばかり。次は私もお話混ぜてもらう!
そういえば今日、2回くらい怒りを感じた。
どちらも違う内容で、一方は仕事を頼む/頼まれるときの状況について、もう一方は私が撮った写真の使われかたについて。
どちらもまず「あぁ、私怒ってるな、怒ってるよね、嫌だよね、ちゃんと見て感じるからね」とじっくり怒りを感じてみた。
そのあとゆっくり「なぜ」「どんなところに」「どうだったらよかったか」などなど順不同にぽんぽん思いつくまま仮の言葉として出して精査して、ChatGPTからの視点も入れてみたらなんとなーくこういうことね、とまとまった。
前者については一連のXでのツリーをここに貼っておく↓
私は人と感情の交流をしてみたいと思っているけれど、怒りとか呆れとか特定のネガティブな感情に対してすごく痛みを持っていて、それを人から向けられたくないと思っている。
話が横道に逸れるけど、今日のお客さんとの会話のなかでも「できない人には仕事をくれなくなるし、お願いされることをちゃんとできる人になりたい」「期待以上のことを返せるかそうじゃないかで人からの扱いが変わるよね」みたいな話が出てて、呆れられないように、いらないと言われないように頑張らなきゃっていう意識は人はどこかしらに持っているのかなぁと思った。
雇ったことをよかったと思ってもらいたいと思う雇われる側の気持ちだけじゃなくて、最近は雇う側の意見も何となくわかってきたつもり。
ただね、わかるような気はするし、大事な心がけだとも思うけど、何が引っかかったのか私には重たく感じてしまった。
もうちょっと今の仕事について自分と相談しようってときなんだろうな。もっとできる人にお願いすればいいのにとか、来春に来てくれる予定の子が明日にでも来てくれたらいいのにとか思う。
私に価値がないとは思わない、けど、一緒に働く人って大事だなとやっぱり感じるしね。私にとってもオーナーさんにとってもいい環境になるように考えていきたい。
また考えたときにこうやって書き出したい。
明日はカフェだ。宿は貸切利用。
ふぁいと、おー。
ではではおやすみ。
(追記)
書きたいと思っていたこと思い出した。
1月から受講するセラピーの参加可能な曜日を悩んでいたとき(今の宿での仕事を続けていたとしたら土日祝日は確実に参加できないけど、この先どうするか悶々と考えているため)、オーナーさんに「えるさんのやりたいことが決まってきたんだなぁってこれまでの会話とかからわかってきたからさ、金曜日以外の曜日だったらいつでも行っていいよ」と言われてちょっとびっくりした。
こちらからやりたいことを言っても応援してもらったり考慮したりしてもらったりは期待できないなぁと正直思っていたから。相手に失礼な話だけどね。
これは私が親との関係で勝手に身につけた処世術で、少しずつ外していけたらいいな。
嬉しさと今のオーナーさんの気持ちの魚拓をここに書き置いておく。
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