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知床遊覧船沈没事故と酷似する「セウォル号沈没事故」

この知床遊覧船沈没事故の数年前に、お隣韓国で起きた「セウォル号沈没事故」があります。
この海難事故は、乗員・乗客299名死亡、5名行方不明という犠牲者を出し、韓国海難史上最悪の事故になってしまいました。犠牲者の多くが高校生であり、その痛ましい事故は日本でも大きく取り上げられ連日報道されていました。

この「セウォル号沈没事故」「知床遊覧性沈没事故」は別の事故でありながら、いくつかの共通点がありました。


まずは、安全よりも、売り上げを優先させるという会社の姿勢

セウォル号を所有する会社は、より多くの利益を得るために、乗客を多く搭乗させるように船舶を改造しています。しかし、その改造は船の規模からしても上部の大きさが過多となってしまい、バランスを崩していました。
また船の大きさから割りだされた荷物の搭載重量の上限を超えて、車両などを搭載していました。

さらにバラストの不足です。バラストとは、船を安定させたり、船が傾いたときに船を復元するために船底に積んでおく重量物のことをいいますが、当日おおくの運搬物を搭載させるために、このバラストを取り外してスペースを作ったために、本来必要であるバラストの1/4程度しかなかったのです。

また組織体制もめちゃくちゃだった点も、知床遊覧船と酷似しています。

知床遊覧船は経費削減から、ベテランの船員をリストラしており、残ったのは乗船経験が不足する未熟な船員が主でした。
運航の管理責任者は桂田社長がなっていたのですが、人材不足によりその
補佐も桂田社長自身が兼任しており、遊覧船運航時は片時も指令所を離れてはならない立場でした。
にもかかわらず、運航指示を従業員に丸投げして、指令所を不在にすることの方が多かったのです。
事故当日も現場に桂田社長の姿はなく、残された従業員がパニック状態になりながらも、必死で対応していたようです。

セウォル号も同様でした。
乗船している乗組員のおおくが経験不足の船員であり、ベテランの船員の多くはこれまた経費削減のためリストラされていました。
さらに、船長に至っては非常勤の臨時船長であり、本来の船長の代わりに
乗船していました。

この臨時船長もでたらめな人物で、操船室にはほとんどおらず、船長室にこもってゲームをしていた(本人は否定)ようです。

操船は三等航海士に丸投げしており、この航海士もこの日はじめて船の操船をするバリバリの新人でした。
車でいえば仮免許で公道にでるのが初めてのドライバーに、バスの運転を任せるようなものです。
安全も何もあったものではありません。

さらに操船の誤りから船が大きく傾いたとき、乗組員は乗客に対して、救命胴衣を装着して、その場を動かないようアナウンスしたただけで、乗客を避難誘導しませんでした。

その理由は、40以上船体に備えられている救命ボートがまったく使い物にならないことを知っていたためといわれいています。
救命ボートは船の建造当初からのものであり、経年劣化により錆びついており、さらにはそこに塗装を繰り返したため、船体にくっついてしまいもはや海面に降ろすことができなかったのです。

船員はそれをしっていたため乗客をその場に待機させたままにして、自分たちは我先に船を捨てて、救助隊によって救助されました。
この時、船員の制服のままだと救助隊に乗客救助をしろと船内に戻されることを恐れ、制服を脱ぎ私服に着替えています。なかにはわざわざ自室に戻って、パジャマ姿になった船員もいたようです。船長も私服に着替え、ご丁寧にズボンを脱いで下着姿のまま救助されています。
もはやここまでいくと、殺人に近いのではないでしょうか。

そしてここでも、行政の杜撰さがかかわっています。

船体改造により、バランスが崩れているにもかかわらず、「合格」の決定がされており、先ほどの救命ボートに至っては、整備会社は検査をしていないにもかかわらず、韓国政府に管理を委託されている業界団体に、良好であるとする嘘の書類を提出しています。

さらには、セウォル号のような大型船は、本来であれば航行できない航路だったにもかかわらず、船の所有会社は認可を行う官庁のトップであった政治家に賄賂を贈り、本来は却下されるべきところ認可を受けています。

また、日本の海上保安庁にあたる海洋警察の職員が、船の所有会社から飲食や観光などの接待を受けており、癒着が指摘されています。

まさに船の所有会社と行政とはずぶずぶの癒着関係にあり、本来取り締まらなくてはならないところを、見て見ぬふりをし、手心を加え、なあなあで過ごした結果が、あの大惨事です。
あまりにも大きな代償です。

知床遊覧船沈没事故やこのセウォル号の悲劇から、わたしたちは教訓をくみ取らなくてはならないと思います。
わたしたちがそれを怠り、今度はわたしたちが「なあなあ」で考えてしまえば、同じような悲劇がまた繰り返されるのだと思います。

ここまで読んでいただきありがとうございます。✋

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