[天神社+笠山荒神社+鏡作坐天照御魂神社] 崇神が導く、天と地と東と西がつながる神々の土地
その土地に宿る神様や精霊たちから放たれる言霊に耳を傾けることができるようになると、次から次へとその土地がつながる別の場所へ導かれるようになります。
こういった言霊現象は幼い頃より体現していましたが、何気ない空想であったり、思い付きのようなものでしたので、さほど気に掛けることもなく今まで生きてきました。
ある時、霊媒師の方に、そういった言霊に心の耳を傾けてほしいと言われたことがきっかけで、よくよくその浮かび上がってくる言葉へ耳を傾けてみると、自分でも想像もできないことが起こり始めました。最初は気のせいかな・・・と半信半疑であった想いも、徐々に具現化されていく度に、それは実際に起こってくることなんだと、言霊を信じるようになりました。
第10代 崇神天皇とは初代天皇とされる神武天皇と同様に、御肇国天皇(はつくにしらすすめらみこと)という諱を持ち、実在した可能性のある最初の天皇と言われています。当時、様々な大王が存在するヤマトにおいて、初めて王権国家を設立した天皇としても知られており、また祭祀で世の中を収めた天皇でもあります。その崇神が最も畏敬崇敬した神々には、三輪明神である大物主命と、皇祖神となった天照大神がいらっしゃって、その両方の神々が祀られていた場所には、想像もつかないほどの神様と精霊と眷属が今でも宿っています。
私の中に浮かび上がってくる言霊はどうも崇神につながっていくようで、崇神の里へ訪れた際には白龍に出会うことが出来ました。改めて白龍の性質を調べてみると、まさに私は白龍と接点があり、それは突拍子もないような、信じられない行動を起こすことです。
以前、同僚のフランス人から「あなたは人が考えもつかないよう大胆な行動にでるよね、それはフランス人にとってはとてもびっくりなことなんだよ・・・」と注意されたことを思い出し、またこの突拍子もないような発想に、「風変わりな子供」と両親が話していたことを思い出しました。
こういった人から見て受け入れ難い行動や行為をしてしまう自分の性格が嫌になった時期もありましたが、年齢を重ねていく中で「私は私」と思うようになり、そういった性格と合う人や場所にも導かれるようになりました。
今を生きる私たち一人ひとりは、意味があって現世に輪廻転生をしています。そんな私たち個々に与えられた使命に気づかせてくれるような神々、精霊、そして眷属がいらっしゃる土地にきづいた崇神の導きを是非、体現してみてください。
天神社(てんじんしゃ) ー 奈良県大和高田市
天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)を筆頭に、相殿に第10代 天武天皇の皇女である大来皇女命(おおくのひめみこのみこと)が中殿に祀られ、東殿には春日大社の主祭神となる天児屋根命(あめのこやねのみこと)と相殿に第15代 応神天皇である品陀別命(ほんだわけのみこと)が祀られて、西殿には天満大自在天神として神格化された菅原道眞(すがわらみちざね)が御祭神として祀られている。
また、末社には葛神社、山王社(素盞嗚尊)高龗社(高龗神)、愛宕社、祓戸社があり、元伊勢の伝承地でもある。
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天神社までは急な坂道が続くため、どうしても下を向いて登りがちになりますが、ちょっと一息と、首を持ち上げると、目の前には、とてつもなく大きな雲の道が天神社から噴き出すように露わになっていました。
その雲の大胆さと雄大さは、まさにこの土地が持つパワーであり、古来より耐えることのないエネルギーでした。
こんもりとした木々の中には天神社の神々が、私がたどり着くのを待ってくださっていることが、体にも心にもじんじんと伝わってきます。
階段の途中で後ろが気になり、振り返ってみると、その空には大きな鳳凰が今にもこちらに向かって飛んでくるような雲があり、「私も一緒に神様へ会いに行くよ」と言われたかのようでした。
境内に入ると、とても暖かく、安心させるエネルギーが充満しており、「あ・・・ここに来れて良かった」と、安堵する気持ちと、「こちらに招かれて幸せ・・・」と、感謝の気持ちが交差しました。
隠れるように佇むご神木から上を見上げると、まさにエネルギーがさんさんと降り注がれており、私たちの祖先はこのエネルギーに魅せられて、この土地に天神社を立てたのかなと思いました。今では境内の端っこにいらっしゃるご神木ですが、やはりここが起源であることは間違いなさそうです。
笠山荒神社(かさやまこうじんじゃ) ー 奈良県桜井市
神奈備である鷲峯山の頂上にある笠山の地は修行の場として役小角も敬った霊山とされ、善を助け悪を罰する神で麁亂神(そらんしん)を荒神とする。
古来より倭笠縫邑と言われ、元伊勢の伝承地としても知られており、須佐之男命の神孫で竈(かまど)の神である奥津彦神(おきつひこのかみ)と奥津比賣(おきつひめのかみ)、そして大地の神である土祖神(はにおやのかみ)を奉斎する。
笠荒神は火で物を煮て食べる事を人間に教えられた神様として、今でも竈や台所の神様として信仰されている。
笠山三宝荒神は9万8千8百8躰の眷属とともに、千古の昔より笠山の鷲ヶ峯に奉祀て、七袖七谷の峯谷を御神体として、人々の入山は許されず、 大きな木々が生い繁り、三宝荒神の霊神は鷲ヶの峯より大和平野を見おろし、初瀬の川より天理の布留川に至る笠山のすそ野なる 山之辺の道に散在する社寺の三宝を守る神、すなわち奥之院として栄えたと言われている。
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荒神様と言えば火の神様として私の実家の台所にも祀られていますが、笠山荒神は日本最古に荒神様を祀った神籬として、崇神王朝の頃より、この地にて大切に敬われてきた神様のお一人です。また、笠山の地には9万8千8百8躰の眷属が存在するといわれるほど神力の源であり、そのためか、この神奈備にて修行をする高僧をはじめ、修験者や陰陽師が後を絶たず、ヒトさと離れたこの場所を訪れる参詣者は後を絶ちません。
本殿への階段を登りきると、そこには大きな空が広がっており、自然に天を仰ぎ見る姿勢になります。そしてその空は晴れてはいるものの、とても穏やかとは言い難い空模様で、その逆に地上が穏やかに見えてきました。その瞬間、笠山荒神の眷属たちが私たちを守ってくださっているから、と感じました。
鏡作坐天照御魂神社(かがみつくりにますあまてるみたまじんじゃ) ー 奈良県磯城郡田原本町
天照大神が天の岩戸から出てくるきっかけとなった八咫鏡(やたのかがみ)を作った神様 石凝姥命(いしこりどめのみこと) とその父である天糠戸命(あめのぬかどのみこと)が祀られている。
第10代 崇神天皇の御世、宮中にあった天照大御神から賜った八咫鏡(やたのかがみ)を宮中に祀っておくには畏れ多いとして、都であった大和の笠縫邑に祀られるが、最終的には伊勢の地に祀られることになる。
その後、伊勢に祀った鏡の代わりに宮中で新たに祀るための鏡を鏡職人(鏡作部)に作らせるが、その中の試作品の鏡を天照国照日子火明命(あまてるくにてるひこほあかりのみこと)としてお祀りしたと言われている。
鏡作坐天照御魂神社は、鏡鋳造の氏神様として信仰されており、今もなお、鏡・ガラス製造業界の関係者のほか、美の神として技術向上を願う美容師が多く参拝する。
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三柱を参った後に、右のいらっしゃった若宮さんへ入ってみると、鳥居の外で受けた静寂な、落ち着いた、どことなく冷たい感じの空気が、鳥居の中へ一歩入ってみると、そのイメージを180度覆すような、とても暖かい、陽気なエネルギーが充満していました。
社にいらっしゃった白蛇が気になり、写真を数枚ほど取ってみると、その写真には白龍様が写っていました。
白龍は天上界の皇帝である天帝に仕える龍として、五行思想では、白虎と同じように西を守るとされています。白龍は他の色の龍よりも空を飛ぶスピードが速く、白龍に乗っていれば他の龍にも追いつかれないと言われています。
また目に見えない高次な存在と人をつなげることを得意としており、普段は穏やかな白龍ですが、いざというときには大きく動いて、状況を激変させてしまうような強いエネルギーを持っているとされています。
日々の生活を通して、様々な困難や試練にぶつかったり、なかなか結論が見いだせないといった事象は常に起こります。そんな時、是非、鏡作神社の若宮様の白龍のエネルギーをいただいてください。特に新しいことに挑戦しようとしている人へサポートをくださったり、次のステージへの成長へと導いてくださいます。
私たちは高次である宇宙へつながればつながるほど、よりパワフルな引き寄せの法則を体現することができ、ひいては物事を動かすために必要なエネルギーを養います。そのエネルギーをつかみ取るためにも、中今(なかいま)を生きることです。中今とは過去を振り返らず、未来へ望みを託すこともなく、今に向き合い、今を全力で生きることです。高次へつながることは容易いことではありませんが、成し遂げた先には必ず、浄土があります。常に中心は私であり、あなたです。
今を大切にお過ごしください。