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[常宮神社+枚岡神社+志賀海神社] 偶然という必然

主祭神を目的に訪れた神社にて、摂社の神々に引き寄せられることがあり、それは境内で気になる方角に行った先に祀られている祠や、眷属の導きについて行った先に祀られている神様です。

氷川の門客人神社(もんきゃくじんじんじゃ)には縄文時代からその土地を守るアラハバキ神が祀られており、たまたま境内から右の方向が気になり、引き寄せられるように歩いて行った先で出会いました。
それから、なんとなくうら覚えにアラハバキという変わった発音の名称を覚えていたところ、その数か月後に読んだ縄文土器の本に、門客人という文言を目にして、「あれ、どっかで見かけた文言・・・もしかすると氷川の境内で出会った神様かな?」と気になり、再度、氷川参拝すると、アラハバキ神が摂社に祀られていました。

神様からの引き寄せの法則は様々な媒体を通して現れますが、常宮神社では木木に宿る精霊からありました。
常宮神社の駐車場から境内へ入ろうとすると、なぜか気になる気があり、近づいていくと、神様へ会う前の祓いとして呼び留められました。精霊からの呼び留めは初めての体験でしたので驚きましたが、それと共に、神功皇后が常の宮の地に長らく滞在されたという伝説にガテンが行きました。

少しでも気になる土地や神社仏閣があるようでしたら是非、その地を訪れる準備をしてください。それは氏神様からの引き寄せであり、訪れるまでその引き寄せは止まりません!なぜ気になるのかといった意図が分からなくても、その土地を訪れて見えてくるものが必ずあります。



常宮神社(じょうぐうじんじゃ) ー 福井県敦賀市常宮

古くは常宮大神の天八百萬比咩命(あめのやおよろずひめのみこと)が氏神として祀られていたが、その後、気比神宮から第14代 仲哀天皇と神功皇后を分霊して合祀されたとされ、神功皇后が第15代 応神天皇を安産したことから「お産のじょうぐうさん」と呼ばれる。

常宮神社

仲哀天皇と神功皇后が三韓征伐の戦勝祈願にと気比神宮に訪れた際、神功皇后が常宮神社に長期間留まったことより常の宮(つねのみや)とも呼ばれている。

また神功皇后はこの地より三韓討伐へ向けて船出をされた後、無事に勝利を収めて帰国されたことより海上の守り神としても信仰を集める。

神額 常の宮(つねのみや)
常宮神社 本殿

毎年7月22日に行われる総参祭(そうさんさい)では、気比神霊(男神)を船形の神輿に遷され、海を渡り、常宮神(女神)を祭る常宮神社まで逢いに来られるという神事があり、全国的にも珍しい祭事である。

常宮神社 本殿

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とても穏やかな日差しの中で境内へ向かおうと駐車場から歩き始めると、どうも林の中より、とても強い視線を感じるため、その視線の方向へ近づいていくと、大きな木の根元に精霊さんがいました。

手前の三角石の天辺の高さの真左に見える木の精霊さん
木の精霊さん

あまりの目力に圧倒されそうでしたが、この木は、この地を訪れる参拝者についた穢れや邪気を、神社の入り口で祓い除けるために厳しい目つきで私たちを見つめているようです。
様々な神様の眷属に出会いますが、木の眷属に出会ったのは常宮神社がはじめてでした。この木の精霊さんに心の気枯れを取り祓ってもらったおかげさまで、心がとても軽く、穏やかな気持ちで参拝することが出来ました。

境内には穏やかな空気が流れており、神功皇后がこの土地に長らく滞在した理由が見えると共に、それよりももっと以前からこの地に宿る生命が今でもしっかりと息づいていることが分かりました。
心にこびりついてしまい、どうしても忘れられないといった思いを落としたい方は是非、この地に宿る精霊さんとご対面してください。執着しているこだわりがぽろっと落ちる音が聞こえると思います。



枚岡神社(ひらおかじんじゃ) ー 大阪府東大阪市出雲井町

大和朝廷の祭祀をつかさどった中臣氏の祖神として知られる天児屋根命(あめのこやねのみこと)と后神 比売御神(ひめみかみ)を主祭神として祀り、香取神宮御祭神 経津主命(ふつぬしのみこと)と鹿嶋神宮御祭神 武甕槌命(たけみかづちのみこと)を合祀する。

枚岡神社 鳥居

天児屋根命は布刀玉命や天宇受賣命、天手力男神と共に、天の岩戸にお隠れになった天照大神を外にお出しするために尽力した神であり、天児屋根命は祝詞を唱え、天宇受賣命は裸踊りをして、その裸踊りを見ていた八百万の神々が楽しそうに高笑いをしたため、何事かと興味をもった天照大神が岩戸から顔を出したところ、その前には天児屋根命と布刀玉命が差し出した鏡に映る自分の姿に、天照大神がその姿をもっとよく見ようと岩戸をさらに開けると、隠れていた天手力男神が岩戸を開けて、天照の手を取り岩戸の外へ引きずり出した途端、布刀玉命が岩戸の入口に注連縄を張った。
こうして天照大神が岩戸の外に出てくると、高天原も葦原中国も明るくなり、天児屋根命は祀りごとの神様として信心されている。

枚岡神社 拝殿
神事宗源(しんじそうげん)・・・初めて神事を執り行った祀り事を司る神
天孫輔弼(てんそんほひつ)・・・天孫降臨をされた瓊瓊杵尊より続く皇族の守護神

その後、中臣氏の子孫となる藤原氏が平城京を守護するために氏神である天児屋根命と比売御神を枚岡神社から春日大社へ分祀したことから、枚岡神社は「元春日」と言われる。

天神地祇社

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枚岡神社と言えば石切劔箭神社と共に高天原より神々が降臨された地として、また初代天皇となる神武が大和へ向かう東征の地として足を踏み入れたことで記紀神話に登場するほど、この東大阪一帯が古代豪族により、開拓され、栄えていたことが分かります。

そういった神々よりさらに時間を遡った天と地を創造された神 天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)が境内には祀られており、この飛来天神社に大きなエネルギーが流れています。

飛来天神社 天之御中主神
飛来天神社 天之御中主神

天神地祇社は天津神と国津神、そして氏神様を合祀する末社ですが、拝殿と天神地祇社を結ぶ道には天と地を結ぶ天之御中主神が祀られており、まさに、天之御中主神が八百万の神々と私たち人間を結んでいます。この縁の道を歩くことが枚岡神社では大切です。
言霊として自分が話す言葉に自信を持ちたい方や自分の思いをうまく言葉に表現できないという方は是非、枚岡神社を訪れてください。生駒山を越えて、九州から難波、そして大和への惟神の道をご縁で結ぶ祖神様たちが、私たちに必要な言霊パワーを与えてくださいます。またその言霊の語りかけを耳振り立てて、聞食し、賜ってください。



志賀海神社(しかうみじんじゃ) ー 福岡県福岡市東区志賀島

古くより海神の総本社として海を守り、崇敬されてきた志賀海神社は龍の都とも称され、玄界灘に臨む海上交通の要衝である博多湾の総鎮守として志賀島に鎮座する。黄泉の国より生還した伊邪那岐命が禊祓をした際に生まれた綿津見三神(わたつみさんしん)を御祭神にもち、海底に潜った時に生まれた底津綿津見神(そこつわたつみのかみ)、海中で生まれた仲津綿津見神(なかつわたつみのかみ)、そして水の表面で生まれた表津綿津見神(うはつわたつみのかみ)を祀る。

御潮井(おしおい)の清め砂
境内へ続く石段と楼門
楼門の前にある太鼓橋

御潮井(おしおい)と呼ばれる清め砂が境内に続く石段の手前と拝殿に盛られており、まずは石段を登る前に体の左、右、左に軽く振り、体を祓い清めた後、境内の御潮井で体の左、右、左に軽く振って、二拝・二拍手・一拝の作法でお参りをする。

志賀海神社 拝殿

鹿角堂(しかのつのどう)には、神功皇后が鹿狩りをされた時の鹿角が納められたことが起源となり、三韓征伐を成功裏に収めた神功皇后と神託にあやかりたいと後世、祈願成就の願いを込めて一万本以上の鹿の角が奉納されている。

鹿角堂
鹿角堂に収められている鹿の角

また神功皇后が三韓征伐への祈願をしていると、黄金の雄雌の亀に乗った神々が現れ、潮を操るという霊力を持つ龍宮の珠を皇后に献上したおかげで、皇后は三韓出兵に成功したという伝承があり、その後、その雄雌の亀が石となり、志賀島の海岸に流れ着き、志賀海神社に霊石として奉納されたとされる。

雄と雌の亀石
亀石と遥拝所

遥拝所からは玄界灘が一望でき、また対岸の大嶽神社や小嶽神社をはじめ、遠くには天照大神を祀る伊勢神宮や神武天皇を祀る橿原神宮を遥拝できる。

山誉め祭りという4月15日と11月15日の年2回に志賀海神社で執り行われる神事があり、春の神事を山誉種蒔漁猟祭(やまほめたねまきぎょりょうさい)として、秋を山誉漁猟祭(やまほめぎょりょうさい)と称して、志賀島にある勝山(かつやま)、衣笠山(きぬがさやま)、そして御笠山(みかさやま)の三山へ向かって、海の民が山を褒めるという神事である。
春の山誉種蒔漁猟祭では豊作を祈って種まきの所作があり、秋の山誉漁猟祭では大漁を祈って網引きの所作がある等、福岡県指定無形民俗文化財に指定されている。

山の神

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眼下にある玄界灘の風光明媚な情景に心を休ませながら、境内を散歩していると、なんとなく視線を感じる、一見何もないようなところを凝視してみると、黒いものが見えました。

社殿から視線を感じると・・・黒猫
黒猫

何かな・・・と近づいていくと、一匹の黒猫がこちらを眺めているようでした。

黒猫が歩き出したため、その方向へついていくと目の前には一群に勢ぞろいした摂社のお出迎えがありました。黒猫は神様の眷属だったのかと、改めて、神様からのお導きと、お遣いの黒猫さんに感謝をしました。

左奥より熊四郎稲荷社・秋葉社・松尾社
右手前より荒神社・祇園社・大神宮社・惣社
磯崎社


私たちは高次である宇宙へつながればつながるほど、よりパワフルな引き寄せの法則を体現することができ、ひいては物事を動かすために必要なエネルギーを養います。そのエネルギーをつかみ取るためにも、中今(なかいま)を生きることです。中今とは過去を振り返らず、未来へ望みを託すこともなく、今に向き合い、今を全力で生きることです。高次へつながることは容易いことではありませんが、成し遂げた先には必ず、浄土があります。常に中心は私であり、あなたです。

今を大切にお過ごしください。



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