[三囲神社+三嶋大社+桃尾の滝] 異なる時空への道
過去世からのカルマや家族から引き継いでいるカルマを背負って生まれてきたのが今の私たちです。引き寄せられる或いは、呼ばれる土地によってはそういった過去世より縁がある場所の可能性があります。
訪れてみた土地で違和感をもったり、あまり良い気持ちがしない場合は無理に長居をせず、その土地に呼んでいただいたことに感謝をして、後にしてください。
人間関係でも同様のことが起こります。相性が良くない・合わない人と出会った場合は、お互いに無理に合わせようとせず、「私とは異なる考えを持つ人」として距離を置く等、感情を分離させてください。
そして一つひとつの行動を変えていくことで、過去世では解消できなかったカルマを解消していくこととなり、そのカルマの解消の度にエネルギーが次のステージに上昇していきます。エネルギーが上がると自然に感情の分離や感謝の気持ちも湧いてきます。私たちが現世に輪廻転生している理由はカルマの解消を通して魂を成長させることです。
心地のよくない場所やそりが合わない人との出会いは、私たちの魂を成長させるためのお役目として出会うべくして出会っているモノ・コト・ヒトです。その出会いに感謝をして前進してください。
三囲神社(みめぐりじんじゃ) ー 東京都墨田区向島
弘法大師により祀られたという田中稲荷が三囲神社の起源とされ、その後、老朽化した社を近江の三井寺僧 源慶(げんけい)が改築した折、土中から壺とその壺の中からは老翁の像が見つかったが、どこからともなく現れた白狐がその翁像の周りを三周して消え去ったという伝承より、三囲(みめぐり)という社名がつけられた。田中稲荷の御霊を受け継ぎ、御祭神には宇迦御魂之命(うかのみたまのみこと)が鎮座する。
拝殿の裏手には稲荷神社が祀られており、その稲荷を見守るように老翁老嫗(ろうおうろうう)の石像がある。その昔、白狐の祠を大切に守る老夫婦が人々の願い事を聞いては、その願いを狐に伝えて、狐が願いを叶えるという人々と狐の間を取り持つ係をしており、その老夫婦にお世話になった人々がその功を讃えて石造が建立したという。
また境内には閉店した三越池袋店のライオン像が鎮座しており、旧越後屋の三井家が江戸に進出して以来、井を囲む、すなわち三井を守護する神として三囲稲荷を崇敬し続けている。
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三囲神社を訪れた目的はこの三柱鳥居です。京都 太秦にある木嶋坐天照御魂神社の三柱鳥居はキリスト教の三位一体(父なる神、神の子イエス・キリスト、そして精霊)を表わすと言われており、秦氏に所縁のある神社です。
この三柱鳥居についてはユダヤの失われた10氏族が日本に渡来した証等々、所説があり、未だにその由来は未知のままです。
私が受けた三柱鳥居からのメッセージは、「大切なものにエネルギーを集中させるためには3本足がちょうど良い」という内容でした。古代中国の金属製器をはじめ、ヨーロッパのアンティーク家具、或いはカメラの三脚のように、3本足はどのような床においても立つことができるため、ある意味バランス感覚がとても良い状態と言えます。
私がプロジェクトを編成する際には、無意識に3名体制をとっていることが多く、2人チームでは独りよがりの客観性に欠け、4人チームでは2対2の分裂を生み、5人になると2対3の忖度が所持るため、3人が一番がバランスが良く、統制が取りやすいと直感的に感じます。例えば椅子やテーブルの場合も2本足では面を支えきれず、4本足となると立つ場所が平らである必要があり、5本足だと不要な足が出てくるため、3本足が効率的かつ、場所によっては柔軟性がでてきます。
そして三柱鳥居を立てることを考案した人々の考えにほくそ笑みが生まれます。というのも三囲神社というアナグラムに、井戸や手水舎を囲むように三柱鳥居を立てたこと且つ、仮にユダヤの10氏族が日本に渡来していたとして、彼らの実在の証を聖水と三柱鳥居で表したとすると、やはりこの洒落た考えを持っていた集団に興味を持ちます。
「昔の人は偉かった・・・」と母はつぶやきますが、まさに三柱鳥居のようなアナグラムをみてユダヤの10使徒や秦さんのような技術集団が西から極東の日本へやってきて、今の日本の礎を作ったのかと思うと、三柱鳥居は未知ではなく、彼らが生きた証であると思いました。
三嶋大社(みしまたいしゃ) ー 静岡県三島市
御祭神には大山祇命(おおやまつみのみこと)と積羽八重事代主神(つみはやえことしろぬしのかみ)が祀られており、その二柱を総じて三嶋大明神と呼称する。
山の神である大山祇命は富士山の守り神である木花咲耶姫の父として、一方の積羽八重事代主神は鯛と釣竿をもつ海の神 恵比寿様でもあることより、三嶋の神々はまさに山と海の両方を司る大明神と言える。
また三嶋は平治の乱の敗北により伊豆に流された源頼朝が源氏の再興をかけて祈願した神々として武士の守り神としても崇敬される。
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三嶋大社の境内に入ると静けさの中に油断ができないような、背筋がのびる緊張感を感じます。
本殿にてご挨拶をした後、誘われるがままに近づいた社は若宮神社でした。若宮神社は若宮八幡宮とも呼ばれており、誉田別命、別称 第15代 応神天皇とその母である神功皇后が祀られており、ちょうど神功皇后と応神天皇の所縁が深い九州から帰ってきた後に三嶋大社を訪れたため、引き寄せのご縁を感じました。
三嶋大社は初めて訪れるところでしたが、なぜか昔に来たことがあるような記憶があり、もしかすると過去世からの武士たちのエネルギーに引き寄せられて、慰霊鎮魂のために呼ばれたのかもしれません。
先日、2年ぶりに三嶋大社を訪れました。久々に戻ってきたというイメージがあり、とても懐かしく、温かいエネルギーを受けました。
境内では様々なところから呼ばれるため、散策してみると以前には気が付かなかったような眷属さんや精霊さんにお会いすることが出来ました。
三嶋大社の神馬は黒色をしており雨乞いの神様が祀られているようです。一方、鹿は水難の守り神でもあるため、三嶋大社には様々な願いを持つ方々が参拝してきたのかなと思いつつ、御祭神には山や海の神であることより、三嶋には万能の神々が依りついていらっしゃるのかなと、三嶋に引き寄せられる理由が分かりました。
現世の私が克服すべきカルマはバランス感覚のようです。一つに集中するのはなく、全体を見て判断をすることが現世の私が解消すべきカルマであり、学びであるようです。再び、三嶋へ訪れたいと思います。
桃尾の滝(ももおのたき) ー 奈良県天理市滝本町
今では廃寺となった桃尾山 龍福寺の行場として布留川上流にある桃尾の滝は春日断層崖の上にあり、石上神宮の元宮があったと言われている。
古今和歌集には布留の滝(ふるのたき)として後嵯峨天皇や僧正遍照が詠まれた和歌もあり、大和の景勝地として松尾芭蕉も訪れたとされる。
滝の裏には不動明王の石仏があり、白龍が躍る滝とも言われている。滝壺はなく岩肌にあたる落水が「宝」の文字として現れる。
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須佐之男命に斬られた八岐の大蛇が八大竜王となり、八つ岩になったという「八つ岩」へ行こうとしましたが、地図で何度も確認したにもかかわらず、目的地に辿りつけず、その日はそのまま帰宅の途につきました。その後、八つ岩は桃尾の滝の近くかもしれないと勝手に思い込み、桃尾の滝と石上神社へ行ってみました。
石上も滝も想像を超えるパワーが空間に宿っており、どれだけ目を凝らして木々に焦点を合わせようとしても、焦点があっていないような気持ちになり、また物理的に見えるもの以外の深いところに何かが存在するように見えるため、目が回るような気持ちになりました。
そして桃尾の滝からの水しぶきには白龍が見えるということですが、それ以外にも岩肌にあたる水しぶきを身体にかぶることで、日頃の気枯れがとれます。滝の近くまで足を踏みいれることが出来ますので、足元に気を付けて水しぶきを思いっきりかぶってください。
布留川には面白いエネルギーが漂っていると聞いていましたが、改めてこの地を訪れてみて、その意味を体感することできました。八つ岩には辿り着きませんでしたが、桃尾にたどり着けたことに感謝です。
私たちは高次である宇宙へつながればつながるほど、よりパワフルな引き寄せの法則を体現することができ、ひいては物事を動かすために必要なエネルギーを養います。そのエネルギーをつかみ取るためにも、中今(なかいま)を生きることです。中今とは過去を振り返らず、未来へ望みを託すこともなく、今に向き合い、今を全力で生きることです。高次へつながることは容易いことではありませんが、成し遂げた先には必ず、浄土があります。常に中心は私であり、あなたです。
今を大切にお過ごしください。
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