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「一等星が嫌いな理由」

高台にある自宅最寄り駅の構内には、西側の街並みを一望できる大きな窓がある。
夏が過ぎ去り秋の気配を感じた始めた頃、定時に会社を出て駅に着くと、その窓から見える風景は、遥か向こうの稜線に沈む綺麗な夕陽を魅せていたのに、秋から冬へと季節が変わる頃になると、稜線と夜空が同化し濃紺一色の背景になることで、駅舎から続く街路樹が暖色系の街灯に照らされ一際鮮やかな黄葉を魅せる夜景へと変わる。
 
駅舎を出て、鮮やかな黄葉の街路樹が続く道を自宅に向かって歩いていると、数メートル先に街灯を覆う様に立つより一層鮮やかな街路樹が目に留まった。その街路樹の下で足を止めて見上げると、ややオレンジ色を帯びた黄色い広葉樹の葉が広がっている。さらに、広葉樹の頭上には、月のない濃紺一色の澄んだ夜空が広がり、その夜空にはダイヤモンドを散りばめたみたいな星が美しく輝いていた。
そんな星々を眺めていると、ふと、だいぶ以前に友人の女性と話した会話を思い出した。
 
 

「あの一等星が嫌い」
と、彼女は夜空を見ながら、横顔がすっきりとした彼女は、無表情にそう言った。
「え、なんで? 綺麗だと思うけど」
僕は、少し驚いて彼女の顔を見た。
彼女は、自分に顔を向けることなく、黙って夜空に輝く何処かの星を眺めていて何の反応もしない。暫く彼女の横顔を眺めていたが、再び夜空に輝く星を再度眺めた。
ほんの僅かばかり時間が過ぎ、彼女は小さなため息をつくと、夜空に一際輝く星を指さしてこう言った。
「だって、この宙には沢山の星があるのに、あの星ばかりが目立って輝くでしょ? するとどうしても、その星ばかりを目で追っちゃう」
彼女が指さした大よその位置に一目で分かるくらいに一際明るく輝く星がある。
「一等星かな、あの星は一等星の中でも一際明るい星だからね、他の星が霞んで見えてしまうのは仕方ないと思うけど」
「そう。だから周りの星よりも輝くあの星の存在は、多くの視線を集めてしまうでしょ。そして、そんな一等星は、自分の為だけに輝いてはくれない。私は、誰でなく私の為だけに輝く星が欲しいの」
そう言うと、無表情だった彼女は、少し複雑な表情に変わった。
「あの人もそう。だから、私のモノにならないなら、流れ星となって早く流れて消えて下さいって思うわ」
そう言い放つ彼女の顔は、ほんの少しだけふくれっ面の様に思える。
「残念ながら、あの一等星は流れ星とは違うから、流れてはくれないよ」
そう言うと彼女から視線を外し、再び星を眺めた。彼女との間に無音で静かな時間が流れる。すると、

「分かっているわよ」

と、彼女はぶっきらぼうにそう答え、同時に自分に聞こえないくらいの小さな溜息をまたついた。
 

 
カラカラと音をたてながら風に揺れた葉が、少しだけ冷たい夜風が吹いていることを気づかせる。冷えた手をポケットに突っ込むと、再び歩き始めた。
都会の街路樹の頭上で輝く夜空の星は、そんなに多くもない。それでも、その中で一際明るく輝く星は、やはり多くの視線を集めている存在なのだろうか。
 
あの時、そんなことを言っていた彼女は今、彼女の為だけに輝く星を手に入れて幸せな日々を送っている。


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