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六月の花嫁

ローマ神話に登場する十二柱神の一人である王ゼウスの妻、女神ユーノは、女神の中でも最高神で女性を護る守護神である。そんな女神ユーノの司る月は、六月。だから、六月の花嫁は幸せになれるという。
 



「6月に結婚式を挙げるとなると、逆算して・・・やっぱり、今のタイミングがベストなんだよなあ。」

世間一般では結婚式の準備期間に、おおよそ六か月から八か月かかるらしい。
 そんなことを考えながら、青く澄み切った空と黄金色に染まる鮮やかな街路樹の葉が映えるカフェのテラスで、今日これから仕掛ける手順のあれこれに思いを馳せていた。
テーブルの上に手のひらに収まるくらいの小さな箱を置くと、その箱を見つめながら、まさか今日これからのプロポーズが断られることはないだろうと確信している一方で、”もしプロポーズを断られたら?”それはそれで想像すると不安になる。
 
ここ最近は彼女から、”自分たちの将来について何か計画はあるのか?”とか、”将来のことはどう考えているのか?”とか、幾度となく訊かれたことがあった。そんな時は、いつも何となく程度くらいのぼやかした返答しかしていないけど、実は彼女と交際を始めたその瞬間から今に至るまで常に彼女との将来を意識していたし、その将来を共にするのは彼女しかいないと思っていたくらいだ。

彼女は、”結婚“という二文字を決して言葉に出して使うことはなかった。彼女なりに気を遣ってくれているのか、若しくは、やはり自分からきちんと将来について考えているという誠意を引き出したかったのかも。
もちろん、自分は彼女との結婚を考えている。
何があっても彼女はいつも側で支えてくれて、どんな時も自分の味方でいてくれた。彼女によるサポートがあって功を奏したわけで、彼女なくして今の自分は考えられない。だから自分は、彼女がいつも幸せだと思っていられる様に、彼女を護りたい。

恋人から将来を共に歩む人生の伴侶になる彼女には、最高の結婚式を準備して迎えたい。その為には、六月に挙式することで”六月の花嫁”として女神の祝福を授かればと、まあ勝手な思い込みだけど。

だって、何よりも大切な彼女だから。
 
そんなことを考えながら気持ちを整えていると、彼女からメッセージが入って来た。
 
『もう着くよ』
 
待ってるね、そう短く返信を済ませると、テーブルの上に置かれた小さな箱を、彼女に気付かれない様に椅子の脇に置いてある鞄の中に隠す。

向こうから、いつもに増して笑顔が眩しく見える彼女がやって来た。

気持ちを込めてシンプルに言えばいいよな・・・・
 
「結婚してください」
 
って。

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