バック トゥ ザ フューチャー
縄を絡ませた棒をリズミカルに動かす。棒を板に押し付けながら高速に回転させ、板との間に摩擦熱を起こす。
火を起こしていた。
ゴールデンウイークの火おこし体験は、参加者が多く、親子が発する熱気と5月にしては強めの太陽光線で暑かった。遺跡公園の中を、子どもは賑やかに走り回っている。
あぁ暑い、あぁ騒がしい。
そんな草の上で、擦れ合う一点だけを見つめていた。すると、私の体はなくなって、横にいる娘と溶け合って、火を待つ気持ちだけになった。手元に集中すればするほど、時間と場所が曖昧になってゆく。こうも必死だったのか。
だから、火の素となる紅い小さな燃焼反応を見た時の喜びといったらなかった。
その瞬間、私は古の人になっていた。この手で、何でも成せると感じていた。お腹が空いたら、黒曜石を尖らせて作った矢尻で、狩にゆこう。眠くなったら、大地に抱かれるような半地下の住まいでゴロリと横になろう。屋根の上には満天の星。シンプルに手が届く範囲を、居心地良く整えていくという万能感に満ちていた。足りなければ採ってくる。なければ作る。
自らの手が成し遂げる "I can" の感覚。
私の手。何でもできる。
⭐︎
ハンドルを握る手。
もう私は、帰宅してからのタスクを思い浮かべている。お風呂のスイッチを入れたら、お米を研いで、洗濯を取り込むぞ。
「お母さん、水筒がない」
どうやら遺跡公園に忘れてきたようだ。小学校に上がって、娘が初めて、これが良いと選んで買った水筒。もう買ってずいぶん経ったので、底部分が破れていた。パパが黒いガムテで修理したけど、もういい加減、使い古した水筒。
「新しいの買えば良いじゃん」
「えー!あの公園で水筒がゴミになっちゃう」
娘の声にハッとした。
頭を少し振る。
火を起こした時の無双感を思い起こす。私には、古の記憶がある。そこから何度でも、今へ戻ってこよう。あの瞬間の、蕾が綻ぶような "I can" の気持ちを今にスライドさせるのだ。
「取りに帰るか!」
夕方の幹線道路は、帰宅を急ぐ車のテールランプが連なって赤い光に満ちていた。古の人も美しいと思うだろうな、と考えながらハンドルをゆっくりときった。
諦めない。「面倒くさい」に足を突っ込む。日々の暮らしの中で、心の引っかかりに立ち向かうのだ。
また行って戻ってこよう。
バックトゥザフューチャー。