チョコレート・コスモス
『こんにちは』
聞き覚えのあるその声を、僕は背中越しに聞く。
しゃがんだ状態から慌てて立ち上がり、くるりと振り返った。
僕よりも30センチくらい小さくて、硝子細工のように華奢な女の子が目の前にいた。
『ひさしぶりだね』
蚊の鳴くような小さい声。
夏の余韻を全く見い出せないくらいの肌の白さも相変わらずだった。
『ひさしぶり。急にどうしたんだ?』
そこまで言って、自分で少し苦笑いをした。
『どうしたんだ、って、花屋に来てどうしたもこうしたもないよな』
僕が笑うと、彼女もつられてクスッと笑った。
『山本君は、変わらないね』
彼女の懐かしい笑顔に、心が揺らぎそうになる。
『いやいや、で、今日は何のご用ですか?』
気持ちを仕切り直すために、僕はわざと真面目な顔をしてみせた。
『うん、実はね。
私、結婚することになって。』
鳩尾のあたりがぎゅっと締め付けられる。
『。。。で、山本君にブーケを作って欲しいの。私、山本君の作るブーケ大好きだったから、どうしても作って貰いたくて。。』
僕は足元を見て、心の中で3秒数える。
そして、すぐにパッと顔を上げた。
『もちろん。今までで一番綺麗なブーケを作ってやるよ』
僕はその時ちゃんと笑顔だったのだろうか。
◇
僕は店奥のショーケースから、花を数本持ってきた。
『この色合い、どうだろう』
『わぁ、すごく可愛い。このピンクはバラだよね?』
僕はうなずく。
『じゃあ、これは?』
そう言って、彼女は茶色の花を指差した。
『これは【チョコレートコスモス】って言うんだ』
『え?これコスモスなんだ!』
驚いてる彼女に、僕は少し悪戯っぽい笑みを浮かべた。
『そう。しかも【チョコレートコスモス】って言うだけあって、ちゃんとチョコレートの匂いがするんだぜ』
そう言って彼女に花を一輪手渡した。
受け取るその手は細くて白くて、一輪の花を持つ姿もどこか心許ない。
『ほんとだ。ほんのり甘い香りがする』
彼女は優しく匂いを嗅ぐと、にっこりと笑って僕に花を返した。
『良かったら、それで今小さいブーケ作ってやるよ』
『え?ほんとに?』
『うん。俺からの結婚祝い』
氷がみるみる溶けていくかのように、彼女は、やっと心からの笑顔になった。
『ありがとう。山本君』
◇
『できたぞ』
僕は彼女に小さめのブーケを手渡した。
薄桃色と焦げ茶色、そして少しのグリーン。
『。。。すごく素敵』
『スマイラックスもアクセントに入れてみたんだ』
『可愛い。。。ありがとう』
『本番はもっとすごいやつ作ってやるよ』
『ありがとう。山本君』
そう言って笑う彼女は、もう余所行きの笑顔になっていた。
◇
僕は手を上げて彼女を見送る。
そして、雑踏の中に消えゆく後ろ姿をずっと眺めていた。
「山本君は、変わらないね」
彼女の言葉を何度も何度もリフレインしながら。
『チョコレート・コスモスの花言葉は、
「移り変わらぬ気持ち」
なんだよ』
誰に言うでもなく、僕はぽつりと呟いた。
****************
25時のおもちゃ箱|百瀬七海 @momosenanami #note https://note.com/momosenanami/m/m39770f3dbdf3
サークル「25時のおもちゃ箱」の9月のテーマ「秋桜を見ながら」で書いてみました。
良かったらサポートお願いします🐺良い記事を書けるように頑張ります🐾