あおいさんとつっきーの話①
葵が時間通りに待ち合わせ場所にいないことは、日常茶飯事だった。
5分遅れることは当たり前で、約束をすっぽかすことはなかったものの、絶妙に間に合ってない時間は、どうして5分早く家を出ることができないのかを思わずにはいられないほどだった。
本人でさえ「なぜか5分遅れる」との自覚はあり、しかしどうしてその5分がなくせないのかを分かっていなかった。
その原因を垣間見ることができたのは、彼女のスマホにたくさん登録されいた目覚まし時計の数だった。平日の、会社に出勤するための彼女のルーティーンが5分おきに刻まれている。
起きれないからなのかと聞いてみると、ぎりぎりまで寝ておきたいからだと彼女は答えた。
「顔を洗って、着替えて、ごはんは歩きながら食べられるでしょ」
朝の予定を思い出しながら指を折る。分刻みに並べられた朝のルーティーンの中余裕は一つも感じられない。本当に5分で化粧できるのかもわからない時間配分がなされていた。
「間に合ってる?」
「だいたい余裕のある電車は乗れないかな。でもギリギリ間に合う電車には乗れてるから、遅刻はしてないよ」
社会人としてかろうじて時間を守ってはいる。その彼女の受け答えに、ならば5分遅れてくる自分との待ち合わせは、守るほどの相手ではないと、感じずにはいられなかった。
「つっきーはさ、いつも早く来てるよね」
「予定の10分前には着いておかないと落ち着かない」
「そういうところ、律儀だよね」
律儀というよりかは、これは習慣だった。
電車だって早く乗れた方がいい。ギリギリ乗れなくて、迷惑をかけてしまうのは待ち合わせ相手だ。朝、余裕をもってコーヒーを飲めた方がおいしく感じる。早いくらいの待ち合わせだって、別に相手に早く来てくれというわけではないけれど、ただ、相手に失礼のないようにと思うだけだからだ。
「律儀で、それでちゃんと待っててくれるつっきーには、感謝しかないな」
「だったらあと10分早く起きろよ」
「10分でも寝てたいじゃん~」
この問答も一体何回目だろうか。
いやすでに彼女とこうして一緒に出掛けるようになってから2年と同じことを言っている。
それでも変わらない彼女に、きっとこれからも変わらぬ彼女がいるのだろうと思わずにはいられない。
いつか、彼女にとって10分前に待ち合わせをしたいと思えるような存在になりたいと、自らの左手の薬指を眺めた。