風船
ああ、割れる。
予兆に反して、それは呆気なく、見窄らしく萎んでいった。寧ろその方が有難い。割れた時のあの音は心地の良いものではない。それこそ初めの頃は毎度の様に怯々していたものだ。今ではもうその感覚も麻痺して、たかが日常の雑多の一片と化したが、それでも多少不快なものは不快なのである。
目の前のそれは、その彩色に似付かぬどす黒い風を勢い良く放ちながら地に傾れてゆく。気儘に浮遊する姿はもうどこにも無い。重力に圧倒され、その身を縛られゆく無残なこと。
完全に体積を失ったそれは、今は足掻く力も残っていないようだ。それもそうか。きっと数日経てば空を浮かべる程度には回復していると信じて歩みを戻す。いや、恐らく私は信じていないのだろう。信じていたとして、祈ってはいない。その日偶然すれ違った存在にその様な思い入れは無い。容易く傷が付き割れるその材質が悪い。己の脆いことを知り、何処か安住の地に居座れば良いのに、何故そこまで上の世界を目指すのだろうか。
憐れな残骸の横を通り過ぎる。刹那、反射光が差す。足元に金属針が落ちていた。そうか、これが刺さって割れたんだ。なら仕方ないのかもしれない。いや、果たして本当にそうなのか。不可避の現実であったのか。切欠は本当に針にあるのか。それを殺したのは。
突如、轟音が地を鳴らす。遠方に、破裂する大群。ああ、厭になる。この世は視覚にも聴覚にも五月蠅過ぎる。故に今日もイヤホンを差して現実を遮断する。