原爆ドームを見て「過去」について考えた。
ホテルから歩いて行ける距離に原爆ドームがあったので行ってみました。原爆ドームに来たのは高校の修学旅行以来です。
高校生の時は原爆ドームを見ても、教科書で見る写真の方が生々しく思えて、リアルの方が嘘のように感じたのを覚えています。
建物が一瞬にしてこのような姿になってしまったことと、中にいた人のことを思うと、時が経っても言葉にならない悲しみを感じます。
原爆ドームを見て過去について考えました。
原爆ドームは見ていて痛々しく、悲しいものだけれど、こうゆうことを二度と起こさないように示し残されています。そして、次の世代に伝える役目を果たしている。
人間の人生に例えると、辛い過去や嫌な過去ほど忘れるものではなく、向き合って受け止めるべきものではないかと。そして、次に活かす。
そんなことを考えつつ、昔の出来事を思い出しました。時々有名になった人が「昔のことは忘れました」とか、嫌な過去は語りたくなさそうな記事を読んだりします。
思い出したことは、昔の知人に、ある分野で有名になった人がいるのですが、ある時雑誌にインタビュー記事が載っていたので読んでいました。
その人とは友達含めてみんなでスノボー始めたり、遊んでいたりしていました。私はそれなりに楽しい時期でした。
なので記事の内容も内心楽しみにしていました。でも記事には、私たちとつるんでいた時期のことは「思い出したくない過去」のように書かれていて、「ガーン!!!」って感じでした。。。
確かに本人にとっては全体的に辛い時期だったかもしれませんし、活動ぶりは本人の努力99%だと思います。
でも、その頃私たち(友達)と出会って、きっかけやチャンスが得られたのではないか!?な〜んて内心思っていて、楽しみにしていたので「何の思い入れもなしか〜、悲し。。。」って、感じでした。
人はそれぞれ、自分のフィルターで物事を見ていますし、若かりし時のことですし、何の未練もありませんし、語りたくないものは語らなくていいと思います。
ただ、自分の人生なのに「良い過去は認めるけど、ダメな過去は認められない」って、自分に対してそうゆう風に見ているってことだと思いました。
自分の人生なんだし、全部好きになってあげたらいいのでは!?
100%好きになれなくてもちょっとづつ。
なんて気がつきました。
かっこいい人生だけを見せたいのは人間の性です。ただ、
人生は光があるから影があり、両方あるのが完璧で、コントラストがあるから美しいのです。
ちなみに私はその出来事から大変いろいろなことを学びました。今となっては感謝しかありません。
原爆ドームを見た後は隣接する平和記念公園に行ってみました。
広島のカップルは原爆ドームを見ながら語り合うんだ〜、とわかりました。(ちょっとシュールですね!?)
平和記念公園は広々としていて気持ちよい場所でした。
慰霊碑の前でずっとブツブツ念仏を唱えている人がいて、いろんな人がいるんだな〜と、思います。
広電にも乗ってみました。サクッと近場に移動する時などにめちゃ便利です。
Website:Sachiko Kurata Photography
Instagram(読書録): @sachan_books
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