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書評:『独ソ戦 絶滅戦争の惨禍』 (大木 毅)

グデーリアン将軍ロンメル将軍と来て、ソ連側の戦線が気になり、この本も買って読んでみた。例によって、私は戦史に詳しく無いので、大変な新しい知識を得ることとなった。

甚だしかった私の勘違い

私は知識が少なすぎ、大きな勘違いをしていた。ソ連とドイツの戦争は、西側の戦線がどうでもよくなるぐらい大きな戦争だったのであり、第二次世界大戦の中心だ。太平洋戦争などとは、比べ物にならない被害が出ている。

ソ連だけで、3000万人の人が被害を受けている。

死者・行方不明 1100万人
負傷者・罹患者 1800万人

ドイツの方も、たかが7000万人弱の人口の中から、1割強の被害が出ている。

戦闘員死者 450-530万人
民間人 150-300万人

ロシアの死者だけで、東京都全員の命が全部飛ぶ(しかも、戦争による被害者は往往にして老人ではなく、現役世代である)、二つ合わせると東京が2こぐらい丸ごと死者になるという規模のものであった。

西部戦線の話ばかりが出てくる(特にノルマンディー上陸作戦など)のは、西側諸国のプロバガンダであって、西側の戦線が戦争の中心であるイメージは、事実では無い。西側諸国のプロバガンダに乗り、冴えない日本の社会教育を受けた私にとって、第二次世界大戦の欧州における状況認識は、恥ずかしながら次のようなものだった。

チャーチルの英国が頑張って、米国を巻き込んで、ノルマンディー上陸作戦を決行し、バチバチやっているうちに、和平条約を破ったスターリンが、漁夫の利ということで、領土を取りに東から欧州にやって来て、ベルリンを先に落としてしまった。連合軍が慎重すぎる戦略を立てていたから、ベルリンをスターリンに落とされた。

現実は、西部戦線など、最初の1ヶ月で終わっており、あとは、英国とドイツの空中戦があったのみ。

一方、ソ連とドイツの間の東部戦線では、両陸軍が全力をもって殴り合い、戦力を消耗したドイツ軍が徐々に押される。戦力回復力に富み、外交もうまくやったOperational level of Warを世界で初めて確立したソ連が反攻に転じて、ドイツに占領された地域を徐々に奪っていき、東欧・中欧をその影響下に収めて行く。

私の無知は、実に甚だしかったのである。


米ソ戦のあらまし

詳しく知りたい人は、この本を読んでくれ、がそのままなのだが、この本に書かれている歴史を大まかに歴史を振り返っておく。

ドイツはソ連と不可侵条約を結び、中欧・東欧に侵攻。領土を広げて行く。そこの途中で、東欧諸国と同盟を結んでいた英国と対立して、戦争になる。

ドイツは西部戦線を開始し、1ヶ月でフランスを降伏させる。今一歩のところで英国陸軍主力をとり逃したドイツ軍。英国との戦いは、空中戦となるが、チャーチルもしぶとく、どうにもならない(西部戦線で、英国陸軍にトドメをさしていれば、ドイツの勝ちだったのにね)。

ヒットラー率いるドイツが、東方生存圏を目指しており、東の方向に植民地を持ちたかった。ソ連の大きさは感じており、受けの防御よりも、攻めて守る防御を固める発想から、陸軍参謀とヒットラーが一緒になって、対ソ連の戦争を企画し始める。

ソ連は、スターリンによる粛清がその前にあった。有能な軍人は全てスターリンが粛清してしまっていたので、雑魚しか残っていない。陸軍の教育機関出身の士官がほぼ殺されているので、戦争ができる状態ではなかった。なので、練度の高いドイツ陸軍は、完全にソ連陸軍をなめていた。

で、独ソ不可侵条約をヒットラーは破ってソ連に侵攻。

最初はうまく行く。戦車部隊を中心にソ連の軍隊に連戦連勝を続ける。ソ連はよくわからんドクトリンでやたら反撃してくる。練度の高いドイツ陸軍はつど反撃して、ロシアの戦力を削って行く。

モスクワに近くに連れて、ドイツ軍の補充がままならなくなる。鉄道は欧州は標準軌、ロシアは広軌。なので、工事をしないと輸送には使えない。自動車で輸送・補給をすることになるのだが、最寄りの鉄道から戦車装甲部隊まで700kmという有様。700kmの補給自動車の道のりで、生き残ったソ連軍が側面攻撃をするものだから、補給もままならなくなる。徐々に、戦車の稼働が落ちていき(故障とか、破損とか)、ドイツの戦力は削られて行く。

スモレンスクあたりで限界が来て、ドイツ軍は、ソ連を撃滅するだけの戦力が保持できなくなる。一方、ソ連は補給力が抜群。練度の低いので、ガンガン軍隊の人は死ぬが、スターリンは、予備役を無尽蔵に突っ込んでくる。

モスクワに攻め入ろうとしていたドイツだが、補給線の限界が来て、モスクワ方面は諦め、石油と工業地帯の多いウクライナ方面に転進する。この攻撃は成功するが、ドイツには、もはや、北から南の長い全戦線を支える力はなく、南のウクライナのみの攻勢になる。この頃から、陸軍のトップをヒットラーがやるようになって、色々軍事的にもおかしくなり始める。無駄に戦力を消耗するようになる。

ウクライナでの二正面作戦などをやっているうちに、スターリングラードというウクライナの深く入った都市を攻めだす。戦略的に占領するのが重要な地点とは思えないが、ヒットラーは固執する。ドイツ軍の強さは、戦車を中心とした機動力のある装甲兵。都市での白兵戦では戦力が削られるばかり。そんな都市攻めをしているうちに、ソ連も優れた将軍が育ってしまい、ちょっと前に発明された「作戦術」が機能しはじめる。

「作戦術」とは、戦略と戦術の間にあるものである。色々な作戦を有機的に絡めて、戦略目標を達成する技術である。これをソ連の人が発明していた。これを初めて実施し、個別の戦闘・戦役を組み合わせて、全体の戦線をコントロールしはじめる。ソ連は、ドイツの伸びきった戦線を破り、スターリングラードにいるドイツ軍をソ連が包囲して、撃滅しはじめる。

一方、ドイツは、真っ当な参謀機関がなくなり、ヒットラーの「死守死守死守」という精神論に陥ってしまうので、戦力をますます無駄にする。

やがて、戦線を押し戻され、負け込んでくる。ソ連の方は、作戦術が冴えて、どんどん押し込む。

スターリンは外交上手で、ドイツの戦力を吸収したソ連の役割を過剰にアピールして、東欧・中欧をとる権利を英国・米国に納得させておく。その上で、量的に弱体化したドイツ軍を追い詰めていって、一気に反攻。英米のノルマンディー上陸作戦も行われ、一気に権益を広げたいスターリングはベルリンを落として、独ソ戦は終わる。


ヒットラーとドイツ陸軍は本当にひどい

ユダヤ人迫害ばかり強調されるが、ヒットラーとドイツ軍は本当にひどい。この本には絶滅戦争と書いてあるが、戦争時の法律など全部無視して、ユダヤ人は殺すし、ソ連の捕虜も殺す。

戦線が縮小しだしてからは、ドイツ軍は、撤退する地域から略奪して、敵国で焦土作戦を実施。人を全部さらうし、強姦はするし、強制労働させるし、全くもってひどい。人の恨みも残るわけだ。

ナチズムというのは差別思想でしかない。「ドイツ民族はすごくて、ソ連などにいるスラブ民族は劣等だ。だから、スラブ民族を駆逐・殲滅して、東の方向にドイツ民族の植民地を開こう!」というトンデモ思想なので、彼らは平気で人を殺す。

ソ連も、そりゃ返す刀で復讐をするわけだ。ドイツに攻め込んだ後は、強姦もするし、虐殺もする。怒りの憎悪がそこまで高まっていれば、そりゃそうなるだろうと思われる。

虐殺や強姦をヒットラーだけがやっていた/やらせていたというのは間違いで、ドイツ陸軍もバッチリ協力してやっている。ドイツ陸軍は、共犯者である。ヒットラーが死んだのを良いことに、生き残った陸軍は悪いことを全部ヒットラーのせいに押し付けた歴史観を残そうとしていたが、事実は異なるようだ。

第一次世界大戦後のハイパーインフレで本当に貧乏な生活をして来たドイツ国民が怒って、ナチスドイツを作り出し、東欧諸国から富を収奪する「収奪戦争」によってドイツ民族の豊かな生活が保証された。それがやがて、スラブ民族絶滅させるという「絶滅戦争」の色合いが濃くなって、民族浄化の殺し合いを始めた。喧嘩を仕掛けたのはドイツであって、ドイツ国民はヒットラーの共犯であり、恩恵を受けていたのである。

ドイツ国民の筆舌尽くしがたい悪行の数々である。


ドイツはなぜ破れたのか?

ドイツはなぜ強かったのかというと、
(1)戦車のドクトリンがちゃんとしており、
(2)優秀な陸軍士官をたくさん育てた、
からである。陸軍の質はよかった。

では、なぜ負けたのかといえば、
(1)戦略レベルの構想力がなかった、
(2)ソ連の作戦術が強かった 
の二つであろう。

ドイツの装甲軍団(戦車・砲兵・自動車歩兵・自動車歩兵部隊)は補給さえままなれば最強だった。士官も強かった。ただ、戦略なく、戦闘や作戦をダラダラ続けたので、稼働できる戦車数が削られていき、力を失った。


乏しすぎるドイツの戦略構想力

ドイツは、戦略レベルでいうと、見事なまでに何もない。

そもそも、生産力に富むソ連に単独でも勝てなかった。当時の経済大国英国を敵に回し、それとソ連の同盟を結ばせて、対米でも宣戦布告をしているわけだ。生産力からして勝てるわけがない。相手の補給能力はほぼ無限、自分たちの補給能力は有限であるから、勝てるわけがない。

よく言われることだが、対ソ連戦の目標もなかった。何を達成すれば勝ちなのか、戦争が終わるのかの目論見がなかった。モスクワを取れば終わりなのか(ナポレオンの例を見るに多分終わらない)、ウクライナを取れば終わるのか(とったけど終わらなかった)、相手戦力を撃滅すれば終わるのか(ソ連の国力が強すぎて、撃滅できなかった。減らしても補充されたから撃滅はできなかった)、戦争を勝つための目標がなかったのである。

一般には、モスクワか、石油か?と単純化されているそうだが、当時の兵站ではモスクワまで補給が届かなかった。兵站力が陸軍として弱かった。

ウクライナ方面にしても、南方で二正面作戦をやってしまっていて、ソ連に反攻の余地を与えてしまった。戦線設定が戦略的であったのかといえば、違う。南部を確保できたとしても、領土がいびつで、領土を保持するための戦線が広く、維持はかなり厳しかったように思える。

そもそも、東方に植民地地帯を抱える、という構想自体が、戦線を考えると成り立ちにくい。

軍事的に唯一成り立つかもしれないのは、南部の限らた油田地域・工業地域のみを確保し、大量の軍事力を投入してそこをキープする。その上で、徐々に北に進んで、徐々にソ連の領土を確保していく。

これも、ソ連の国力で、戦力を増強され、ソ連の練度が上がってくれば奪回されそうなので、やっぱり長期的には成り立たないと思われる。米国と日本の戦争をやめさせて、日米でソ連を東から攻めさせるぐらいしないと成り立たない。でも、米国に宣戦布告しちゃってるわけで、やっぱり戦略レベルで、ドイツはすでに負けている(シンガポールを落とした後の目標を失った大日本帝国も同じだけど)。「お前はもう死んでいる・・・」である。


そして、ソ連の作戦術

ソ連やロシアという国は本当に戦争に強い。ロシア革命がなければきっと日露戦争だって日本が負けていたわけで、ナポレオンには勝つし、ほぼ戦争に負けたことがないので、ロシアである。おそロシア。

注目すべきはその戦略眼である。

領土が広いので色々やりようがあるというのが一番で、戦略的な視点が醸成される地理的な要素がつまっていることもあるが、広い地域を使って、相手の戦争継続能力を徐々に奪っていく術に優れている。

ドイツとの戦争でも、あれほど序盤に無茶な戦いをし、戦闘にはほぼ負けているのに、モスクワ周辺まで引き寄せて、逆転し、南に押し込んで、相手の戦力を撃滅させた上で、一気に戦線を押し上げ、東欧・中欧を実質我が領土にしてしまった。戦術的には弱いが、戦略にはめっぽう強い。

外交にも優れ、泥沼の戦争をネタにして、英国・米国に自国の権益を認めさせた。

戦略レベルだけでなく、戦略と戦術を繋ぐところもすごい。

作戦術を軍事用語の英語に置き換えると、Operationになると思う。

戦略:Strategic Level of War
作戦術:Operational Level of War
戦術:Tactical Level of War

各々の戦闘に勝つべき術が、「戦術」。どこを取れば戦争が終わるのかなどの攻撃、防衛の目標を明確にするのが「戦略」。その間を繋ぐのが、作戦術であり、Operational levelである。

経営の教科書的なものを見ると、

Strategy
Tactics
Operations

のレベルになっているものが多い。Operationの軽視というか・・・。
軍事用語だとOperationの意味と重要性が違う。

異なる作戦を組み合わせて、戦略目標を奪取する計画が作戦術であり、ソ連は多くの正面軍を駆使して、複数の作戦をうまい時系列で発動し、相手を戦略レベルで敗北に追いやっている。そのOperational artなのである。

ドイツ軍の戦線を伸ばしきって、反攻して、一気に戦力を殲滅し、一気に領土を取りに行くそのスピード感は、まさに作戦術のアートである。

ああ、おそロシア。


しかし、戦争というのは恐ろしい

読んだ感想は、「戦争ってやだな」の一言。

だって、人がたくさん死ぬ。強姦もされちゃうし、強制労働もさせられるし、拉致誘拐もされるし、虐殺もされちゃう。


後、差別はいけないね。

スラブ人がなぜに差別されたのか意味不明だが、ドイツ人えらいみたいなのは、本当によくない。実際は、ドイツ人が第一次世界大戦に負けて貧窮し、民に何もなくなって、精神論と遺伝子にすがっただけなんだろうけど。

ナチスドイツのような間違った選民思想が流行ると本当にいけないですね。


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