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『新賢明なる投資家(下)』の解説

承前

続いては、第20章 投資の中心的概念「安全域」について。これ以外に章については解説しません。背景は、前の記事をみてね。

Margin of Safety

この言葉は、多くの場合明確に、時としては間接的な表現を用いて、投資方針に関して本書で述べてきた全ての事柄を貫くエッセンスである。

と、また引用から始まってしまった。この本では、「安全域」と訳されている。また、他の本では、「安全余裕度」と呼んでいる。私は、こっちの日本語らしくない訳語の方が好きだ。

債権から算出した安全余裕度の例

例えばの例で、鉄道の社債が入っている(わかりやすさのため、証券の正確さは多少無視する)。これを買う場合、EBITDAの値が、社債による利息負担の5倍を超えていないと安全とは言えない。債権投資家は、この手の安全域を計算して、安全なものだけを買わなくてはいけないと言っている。

また、

債権投資家は、将来の平均収益が過去と同じになるとは考えない

直近5年間の売り上げなり利益が、今後も続くとは限らない。そう安易に考える人は、迂闊な投資家であるとグレアムさんは言っている。

もしくは、バランスシートの総資産と負債額を比べて、自己資本比率が高いというのでも良いと言っている。他の鉄道資産がクッションになって、負債を守るからだという。

(と、どうしても、説明のために、財務会計用語がたくさん出てきてしまう。株式を購入する際のmargin of safety(=安全余裕度、安全域)を計算するためには、財務に関する知識が必須である。それが、この下巻には多く書かれている)

債権だけでなく、普通株も安全余裕度は算出できる。

上記の例のように、社債の利回りが4%を安全に買えるような大企業があった時に、収益率が株価の9%、債権利率が4%という例が出ている。最近の指標で直せば、EPSが株価の9%、言い直せば、PERが11.1だということだろう。この場合、社債を買うと利回りが4%、株式を買う場合は9%の利益がある。5%分だけ株式の方が得だ。

実際は、PER11の会社は、9%の配当をすることはあまりない。配当ではなく、内部留保する場合も多い。それでも、企業の金庫にはお金が入り続けるので、会社の価値は上がる。利回り4%の社債に投資するより株の方が年間5%良いという。10年経てば、社債と株式の差は、50%の違いになる。こういう株式を20個ぐらいに分散投資すれば、安全余裕度を持った投資ができるとグレアムは言っている。こういう大企業の株式を20ぐらい見つけて、時期をずらして買っていけば、安全余裕度がある形で投資ができると言っている。

もしこのように大きな安全域を有する20以上の株式銘柄で分散投資をしていれば、「通常の経済状況」では、好成績が収められる可能性が非常に高い。代表的な一流銘柄に投資する場合に、高度の洞察力や先見の明などを必要としないのはこのためである。

この辺りはグレアムらしいところ。債権の安全余裕度から発して、普通株とそれを比べることで、債権が安全な企業なら、それと普通株を比べて、普通株の方がお得ならそっちを買えば良い、と言っている。

もう一つは、「高度の洞察力や先見の明などを必要としない」とあるところ。企業のことをよく知らなくても分散して業績の安定した企業に投資すれば大丈夫よ、という話である。

ちょっと勝手に解説を私が加えるが、ここは時代の違いと日米の違いをいれておいた方が良かろう。まず、日米の方であれば、これはダウ平均を構成するような超一流企業である。次に、日本の場合は、大企業が製造業過多であることに注意が必要だ。製造業は業績が大きくブレるので、業績が安定していないので、上記は当たらない。

まあ、この辺は、一つの安全余裕度の分析例ということで良いかと。

高い株価の時に買うのは危険。どうでも良い企業の株式を買うのはもっと危険

p385あたりから書かれていることを言い換えると、平均PER12ぐらいで株を買うのは安全ではないと言っている。この場合、成長力のある企業を複数買うことでしか、道がないと言っている。さらにこの当時は、ドルのインフレが進んでいるので、現金で持っていると価値が下がるので、こうするしかないと言っている。ちょっと、2021年正月の日本の状況から考えると想像しにくい。株価水準は同じく高いけど。

引用

しかし、優良銘柄の購入にあまりに高い金額を支払うことによるリスクは、一般的な証券投資家にとって最大の問題ではない。長年の経験からわかっていることは、投資家が最大の損失を被るのは、好景気下で優良とは言えない証券を購入した時だということである。このような買い方をする人々は、直近の好収益がその企業の「収益力」であると捉え、また、業績が好調であることが安全性であると捉えている。質の低い債権や優先株を額面近くで大衆に売ることができるのは、このような時だ。

業績がずーと良いような優良企業の株式の高値掴みは、最大の被害ではない。最大の被害は、好景気時にどうでも良い企業の株を買った時である。好況時の業績は、景気が悪くなると続かない。続かないけど、続くと予想したおばかちゃんが、それを安全余裕度があると勘違いした時に悲劇が起きる。どうでも良い事業内容の企業の株式を、好況時に買うのが危ない。

何を言っているかというと、好況時に、クソミソ集まる新興市場のIPO銘柄の値動きにつられて、事業内容もわからず、「モウカッター」などとやっているのが一番危ないとグレアムさんは言っている。

成長株投資について

よく勘違いされるバリュー投資と成長株投資。グレアムは低PER、低PBR投資でしかないという輩は、グレアムのこの記述を読め!

成長株投資の根本原理には、安全域の原理と相入れる部分と相背反する部分がある。成長株を買う人たちの根拠は、過去の平均収益を上回る期待収益力である。よって、彼らは安全域の計算に当たって過去の数字の代わりに、このような期待収益力を基にしていると言えるであろう。綿密に予測された将来の期待収益が、過去の実際の数値よりも、投資指針として信頼性が低いとする投資理論上の根拠はない。実際に証券分析においては、将来に対する適切な評価を重視する傾向が非常に高まっている。よって、将来の計算を控えめに見積もると同時に、その数値が株式買い付けに当たって支払う価格との比較で十分な余裕を有するのであれば、成長株投資が通常の投資の場合と同じような信頼にたる安全域を生み出すと言えるかもしれない。

成長株投資は将来の業績予測をバリュエーションに使う。違いはそれだけであると言っている。過去の数字を予測に使うのと、ちゃんとした将来分析であれば、どっちが正しいというのはない。成長株投資も、ちゃんとしたバリュエーションをしていれば、グレアムスタイルの投資である。

成長株投資における危険は、まさにこの点にある。非常に人気の高い銘柄には、将来の収益の控えめな見積もりから十分な安全域を確保できるような株価がつかない傾向にある(見積もられた数字が過去の実績と異なる時には必ず、少なくともその見積もりを若干は控えめにしておかねばならないというのが、慎重な投資の基本原則である)。安全域は常に支払う価格によって決まる。安全域とは、ある価格では大きく、それよりも高い価格では小さくなり、さらに高い価格では全く存在しなくなるものだ。

要するに、成長株投資の将来業績予測は、その予測値が過剰であることが多く、安全余裕度がない場合が多いと言っている。2000年のインターネットバブルが一番わかりやすい例であるが、どんなに成長する素晴らしい企業であっても、株価が高過ぎれば、安全余裕度は存在しないと言っている。

この後に、そういう高値の成長株を分散投資しても、全部安全余裕度がないければ、分散の意味ないよと言っている。

投資と投機の判断基準について

こちらも引用から

おそらくほとんどの投機家は自分に勝算があると思ってやっているので、自分たちの売買には安全域が存在すると主張するであろう。彼らは皆、自分が良いタイミングで買い付けを行っており、また一般大衆よりも優れた技術を持っているとか、あるいは自分の投資顧問や売買システムは信頼できるものだと思っている。しかし、このような主張は説得力に欠ける。彼らは主観的判断に頼っているに過ぎず、そこにはなんら実体的な裏付けや決め手となるような論証もない。相場が上昇するあるいは下落するという自らの判断に基づいて金を賭けている人が、実際的な意味における安全域によって守られているとは、我々には到底思えないのである

この一文だけでも火傷は防げるかもしれない。あえて言おう。バリュエーションをやっていない人は、自称が何であろうと全部投機家である。

企業の価値という数字が算出され、その数字の根拠がある人以外は、投機家なのである。

これとは対照的に、投資家にとっての安全域の概念は−本章の冒頭で述べたように−統計データから得られる単純かつ明確な数学的論証に基礎を置いている。またこれは、実際的な投資経験によって立証されていると我々は考えている。根本ををなすこのファンダメンタルアプローチが、将来の未知の状況下にあっても望ましい結果を示し続けるという保証はない。しかし同様に、悲観的となるべき根拠もないのである。

ここで言いたいのは、数値がない分析は、分析じゃないと言っている。株価があるとして、その対極に株式の価値という算定値を持たずに、株式を保有している人は、グレアムのいう、投資家ではないのである。

投資概念の拡大

債権なら投資、株式なら投機。というのがあるが、グレアムの定義はそうではない。やり方によっては、一番投機的な証券であるオプションでも投資はできるとグレアム言っており、他の章で実証して見せている。

私も日経平均のオプションで裁定取引をして儲けたことがあるが、あれも綿密にやれば投資になるのかな。あれは、投機だけどさ。


むすび

再び、引用から

投資が最大に知的行為になるのは、それが能率的に行われた時である。
第一の原則は、「自分が何をしているのかを知れー己の事業を知れ」という極めて明白な事柄だ。この言葉の投資家にとっての意味は、例えば販売業や製造業を行う場合、自社製品の価値についてよく知る必要があるわけで、それと同様に投資においても買い付ける証券の価値を十分に認識しているのでなければ、通常の利息や配当以上の「事業利益」を証券に期待するなということである。

投資家は、調査をするものなんですよね。そして、投資対象の企業については、誰よりも詳しい。投資アナリストがついていない企業というのもたくさんあるから、そこで勝負すればいいってことですかね。

第二の事業原則は、「決して自分の事業を他人任せにしてはならない。他人に任せるのであれば(1)彼のやることに対して注意を怠らず、かつ十分に理解することができ、(2)その人の誠実さと能力に絶対の信頼が置けるという並々ならぬ確証が持たなければならない」ということである。

投資対象の企業の業績やIRはちゃんと見とけってやつですね。株式を買うと、普通は事業報告書が来ますから、それに目を通すぐらいは最低限でもやらないと怖いですよね。

第三の原則は、「信頼の置ける計算の結果、相応の利益を得るチャンスが十分にあると考えられる場合を除いて、その事業(投資)に踏み出してはならない。特に、利益よりも損失の方が多いであろう投機的行為には手を出してはいけない」ということだ。

バリュエーションしようね、という話。

第四の事業原則は、もっと積極的なものだ。すなわち「自分の知識や技術に勇気を持って従いなさい。事実に基づく結論を自ら下し、その判断が正しいと確信したのなら、例え他人がそれに対して躊躇したり異なった考えを持っていようが、自分の判断に従って行動しなさい」ということである(みんながあなたと正反対の考えであろうとも、そのこととあなたの判断の成否とは無関係だ。あなたのデータやそれに基づく判断が正しければ、あなたは正しいのである)。

つまり、自分に自信がない人は積極的な投資家にはならない方が良いということだ。群衆にムレるような人は投資には向かない。100人の集団中、99人いが敵になっても、果敢に自らの正しいと思う道を、綿密な分析の結果下して進むような人が積極的な投資家に向いている。

そうでない人は、

幸いなことに、一般的な投資家にとっては、自分の能力に応じたところに野心を据え、投資活動を標準的な防衛的投資という安全な狭い範囲に限定するのであれば、投資を成功させるためにこれらの資質を有する必要は皆無である。満足のいく投資結果を生むことは、多くの人々が思っているよりも簡単だ。ただし、それ以上の結果を成し遂げるのは、想像以上に困難なのである。

長々と書いてるが、ドルコスト平均法、つまりは、ダウ平均のインデックスファンド(手数料が長いの)をidecoとか積立NISAなどで積立てておけば、上記のような面倒なバリュエーションなども不要であるよ、と言っている。これを防衛的な投資家と言っているが、それに止まらずに、積極的な投資家(アクティビスト)になるのは、想像以上に困難だと言っている。

財務三表を見るのが好きで、IR資料を読むのも好きだという人であれば、積極的な株式投資家になるのは勧めるが、そうでなければ、私は薦めない。頑張ってバリュエーションしても、結果は、ドルコスト平均法のリターン程度である。それぐらいで、満足しておけ、ましては、読書もしないようでは、株式投資は無理である。

そして、そういう人は、賢明なる投資家はもちろん、証券分析についても読破することであろう。


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