
日本が誇る “繊細+重厚長大” の最強タッグ: 巨大クレーン船が築く新たな橋 (元教授、定年退職339日目)
同じ世代の方もおられるかと思いますが、私が小学生の頃(60 〜 70 年代)は、社会の風景が今とは大きく異なっていました。例えば、バスには車掌さんが乗務し、駅の改札口には駅員さんがいて、鋏で切符を切っていました。急ぎの連絡は駅構内の掲示板を利用し、学校の給食ではミルクの代わりに脱脂粉乳が提供され、プールでは強い水流の洗眼器で目を洗うのが当たり前でした。現在ではこれらの光景はほとんど見られません。一方で、当時の日本にはハロウィンの文化は存在せず、バレンタインデーもようやく広まり始めた頃でした。
「がっちりマンデー」が特集! 日本の重厚長大産業の再興
この話をなぜ持ち出したかというと、昭和の高度成長期に私たちが学校で学んだ日本の得意分野は「重工業」だったからです。その中心には、鉄鋼業や造船業といった、重く・厚く・長く・大きい「重厚長大産業」がありました。しかし、80 年代以降、日本の産業の中心は電卓やウォークマンのような「軽く・薄く・短く・小さい」製品、いわゆる「軽薄短小」へとシフトしました。(下写真をどうぞ)

ところが、最近では再び「重厚長大」な産業が注目を集めています。TBS 番組「がっちりマンデー!!」では、令和の時代において「重厚長大産業」が新たな形で復活していることが特集されていました(タイトル写真:注1)。ただし、それは単なる回帰ではなく、軽薄短小のものづくりの技術革新が加わり、「繊細かつ重厚長大」という新たな方向性へと進化しているのです(上写真)。これは、まさに日本が世界に誇る独自の技術力の融合ともいえるでしょう。
日本最大のクレーン船が支える未来
番組では、巨大クレーン船や大型風車の台座、1本が数千キロメートルにも及ぶ光ファイバーケーブルが紹介されました。その中で私が特に注目したのが、巨大クレーン船の話題です。
番組では、兵庫県の東播磨港にある寄神建設が誇る巨大クレーン船(起重機船)「海翔」が登場しました。この船のサイズは、全長 120 メートル、幅 55 メートル、総重量1万 5000 トンと日本最大級のクレーン船で、2本のクレーン(長さ 150 メートル)を備え、最大 4100 トンの重量物を釣り上げることができます。橋桁などの大型構造物を持ち上げるためには、これほどの大きさが不可欠なのです。(下写真をどうぞ)

この工法を選択する理由は明確です。橋を現場で組み立てるのではなく、工場で完成したものを運搬・設置することで、工期を短縮し、コストを削減することができるのです。事実、「海翔」はこれまでに明石海峡大橋やレインボーブリッジなどの施工にも関わってきました(上写真)。
重い物を釣り上げても船が沈まない・傾かない仕組み: バラスト装置
重い物を釣り上げても船が沈まない仕組みが、クレーン船のバラスト装置です。バラスト装置とは、船の安定性を確保するために水を出し入れして重心を調整する仕組みです。船内には巨大な空のタンクが 11 基配置されており、これらがいわば「浮き輪」の役割を果たします。さらに、橋桁などの重量物を持ち上げる際には、どうしても船が傾くため、反対側のタンクに事前に海水を注入し、釣り上げる際にも船が水平を保つように調整します。(下写真をどうぞ)(<追記>参照)

<追記> 特筆すべきは、この水の入れ方が非常に繊細で難しい点です。特に浅瀬での作業では、船が少しでも傾けば海底に引っかかるリスクがあるため、最初は完全に水平に保ち、物を釣りながら徐々に海水をタンクに注入して最後まで水平を保つそうです。この微調整は、操縦室に設置された 19 本のレバーを駆使して船長が行います。
橋を運び、設置するクレーン船の舞台裏
実際に橋を設置するプロセスも興味深いものでした。まず、橋桁とクレーンを 32 本のワイヤーで3日かけて結び、橋を釣り上げます。その後、数日かけて設置場所まで移動し、現場でクレーン船本体を岩壁などにワイヤーで固定します。(下写真をどうぞ)

そしていよいよ橋の設置が始まります。先ほど岩壁につないだワイヤーを操作して、船本体を前後左右に微調整しながら、無線で細かい指示をやり取りし、約2時間かけて慎重に橋を所定の位置に固定します。(下写真をどうぞ)

寄神建設が誇るこの技術は、もともとは戦後に海底に沈んだ戦車などを引き上げる目的で開発されました。その後、東日本大震災の際には陸に打ち上げられた船を海へ戻す作業にも活用されました。現在、日本のものづくりは「繊細かつ重厚長大」という新たな段階に入っています。日本の技術力がさらに洗練され、さまざまな分野で応用できるようになることを期待したいです。
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注1:TBS「がっちりマンデー」の特集「重厚長大産業」より