カニ殻から生まれた化粧品: キチンナノファイバーの力 (元教授、定年退職183日目)
私は現役時代、毎年秋から冬にかけて、研究室の恒例行事である1泊2日の旅行をしていました。紀伊、四国、北陸、伊勢などを5、6年のローテーションで訪れていましたが、最も頻繁に行ったのが城崎でした。私も大好きな温泉地で、情緒あふれる七つの外湯を浴衣と下駄で巡る時間は格別でした。もう一つの楽しみが「カニ」です。松葉ガニは高価で滅多に食べられませんが、手頃な価格の「セコガニ」もまた絶品なのです。(タイトル写真、下写真をどうぞ)
さて、今回はそのカニの殻を利用したアップサイクルについて紹介します。カニ殻の主成分である有機高分子「キチン」を活用した化粧品(ナチュラルコスメ)の事例を、大阪産業創造館で配付されていた「ビープラッツ・プレス 238号」の特集「『こんなもの』からアップサイクル」を参考に取り上げます(下写真)。
奏波(KANAHA)という企業は、カニ殻由来で美容分野や健康分野などで注目されている「キチンナノファイバー(加水分解キチン)」を活用し、ナイトジェルマスク美容液とアイヴェールモイストリッチを製造・販売しています。ナイトジェルマスク美容液に含まれるキチンナノファイバーは、保湿力や整肌力を提供し、角質層を補修するバリア機能も強化する効果があります(下写真)。この着眼点が評価され、2023年にサステナブルコスメアワードで表彰されました。また、アイヴェールモイストリッチも目元専用ケアとして、キチンナノファイバーで肌のバリア機能をサポートします。
キチンナノファイバーの開発は、鳥取大学発の美容と健康を科学するベンチャー企業、(株)マリンナノファイバーによるものです。最高技術責任者の鳥取大学工学部・伊福伸介教授(現、京都大学生存圏研究所 生物機能材料分野教授)の研究や、日本キチン・キトサン学会の情報に基づき、キチンナノファイバーについて調べました(注3〜6)。
キチンは、カニ、エビをはじめ多くの生物に含まれる天然のバイオマス資源です。年間1000億トンが生物により生産されていますが、通常の溶媒には溶けず、これまで有効活用が進んでいませんでした。その構造は、下記のようなアミノ多糖で構成される有機高分子材料です。
キチンナノファイバーの製造法についてですが、カニ殻にはキチンのほかにタンパク質やカルシウムも含まれているため、まず酸処理で炭酸カルシウムを除去し、アルカリ処理でタンパク質を除去します。こうして得られた純粋なキチン(下写真の左から2番目)を解繊処理していき、キチンナノファイバーを生成します。その際、解繊前の状態によって10〜数百nmの様々な幅を持つナノファイバーが得られます。また、キチンをアルカリで脱アセチル化した「キトサン」(酸水溶液に溶ける)からも同様にナノファイバーを作製することができます。
伊福教授のホームページによると(注4)、キチンナノファイバーの応用範囲は多岐にわたり、以下の用途が挙げられます:
・肌への塗布に伴う効果:創傷治癒促進効果、バリア機能と保湿効果、皮膚炎の緩和効果、育毛・発毛効果など
・服用に伴う効果:ダイエット効果、腸管の炎症の緩和、腸内環境の改善と代謝に及ぼす影響
・植物に対する効果:病害抵抗性の誘導
・補強材としての利用:プラスチックの補強、食品の物性改良、生体接着剤の強化など
近年では、キチンだけでなく多種多様な素材でナノファイバーが作製されており、セルロース、DNAなどのバイオ系、PPやPETなどの高分子系、さらにはカーボンナノファイバー、金属からのナノワイヤなどが注目されています。それぞれに大きな特徴があり、主には以下のポイントが挙げられます:(i) 繊維化して細くすることによる表面積の増大効果 (ii) ナノサイズにすることによる流体力学や光学の特性変化 (iii) 高分子鎖がまっすぐに並ぶことによる様々な特性の変化などです。例えば、セルロースナノファイバーからは、透明な紙が得られています。
このように、既存の材料の形態を変えることで、革新的な機能材料が次々と誕生し、新製品の開発につながっています。私も、こうした興味深い発展を追い、引き続き発信していきたいと思います。
ーーーー
注1:ビープラッツ・プレス 238号「『こんなもの』からアップサイクル」、大阪産業創造館より
注2:KANAHA ホームページより
注3:(株)マリンナノファイバー ホームページより
注4:鳥取大学工学部・伊福伸介教授 ホームページより
注5:日本キチン・キトサン学会 ホームページより
注6:YouTube: 「キチンナノファイバーの作り方」よりhttps://www.youtube.com/watch?v=WR62HtEi9fY