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「プシュ !!」の秘密: 緻密な設計で進化するPETボトルのキャップ (元教授、定年退職257日目)

大学時代、朝7時半からのクラブ活動を終えた後、生協で朝食兼昼食を取るのが日課でした。その時先輩からたまに差し入れられる炭酸飲料は、必ずビンかカンでした。 PET ボトルが普及したのは昭和 57 年頃からとのことなので、私が大学生の頃は、まだ炭酸飲料といえばビンかカンが主流だったのです。

子供の頃、炭酸飲料の種類は限られていました。ガラス玉入りのラムネは、駄菓子屋やお祭りでしか見かけません。私にとって最初の炭酸飲料は「三ツ矢サイダー」だったような気がします(下写真、追記参照)。その後、コーラが発売されましたが、個人的にはファンタ・グレープが好みでした。そして、そのほとんどがビン詰めであったため、電車に乗ると各座席に「固定式栓抜き」がついていました。下写真を見て懐かしむ方も多いのではないでしょうか。一度開けたら最後まで飲みきるしかない時代でした。

<追記> 子供のころ胃腸の弱かった奥様は、食事のとれない時は「三ツ矢サイダー」を少しずつ飲まされていたそうです。糖分補給ということでしょうか。

三ツ矢サイダーのビンやカン、そして現在(注1)
電車に乗ると各座席についていた「固定式栓抜き」(注2)


PETボトルのキャップ製造での技術革新

先日、NHK 大阪制作「探検ファクトリー」で PET ボトルのキャップ製造工場が特集されました(下写真)。平塚市にある日本クロージャー(株)では、全社で年間 250 億個のキャップを製造しています。番組内で特に興味深かったのは、開栓時の「プシュ」という音にこだわった開発秘話です。

NHK 大阪制作「探検ファクトリー」(注3)


美味しさを音で演出する

食品の CM では、よく食事に関する音が強調されます。たとえばチョコレートの「ポキッ」、おせんべいの「パリパリ」、コロッケや唐揚げの「サクッ」など、食感を表す音が食欲をそそります。これらの音を聞くと、食事の楽しさが倍増するかのようです。近年では、ASMR として咀嚼音が注目を集め、心地よさやストレス解消効果が指摘されています。PET ボトル開栓の音「プシュ !!」という音も(最近のものは本当によく鳴ります)、直接食事の音ではありませんが、期待感を高める重要な要素と言えるでしょう。


番組ではまず、従来のキャップと新開発のキャップの音の違いが比較されました(下写真)。従来のキャップは開栓時に徐々に「シュー」と小さな音が出るのに対し(これが普通でした)、新製品は開栓と同時に一気に「プシュ !!」と大きな音が鳴ります。炭酸飲料らしい、こだわりの音が感じられ、フレッシュ感と美味しさが増すように感じられます。   

従来のキャップと新開発のキャップの音の違いを比較(注3)


開発者たちの執念

製品担当者の説明によると、当初は音が鳴る原理がわからなかったそうです。詳細に調べた結果、音は炭酸ガスが抜ける音だけでなく、ガスの開放音、ネジ衝突音、ブリッジ破断音の3つの音が同時に発生することで、心地よい音になることがわかりました。つまり、それらの音の三重奏が「プシュ !!」という快音を奏でているのです。これは、音の発生原理を独自に研究した成果です。(下写真もどうぞ)

音は炭酸ガスが抜ける音だけではなかった(注3)
ガスの開放音、ネジ衝突音、ブリッジ破断音の3つの音が重要(白い部分がキャップ)(注3)

この原理に基づき、キャップの開発が進められました。番組では特に、炭酸ガスが抜ける部分の制御をキャップの拡大モデルを使って詳しく説明してくれました(下写真)。

炭酸ガスが抜ける部分の制御(薄緑部はPETボトル)(注3)

炭酸飲料は中に圧がかかった状態です。従来のキャップでは、開栓途中にインナーリングがキャップの内側を擦っていく段階で、ガスが少しずつ抜けてしまっていました。そこで、インナーリングの長さや形状を改良することで、炭酸ガスが一気に吹き出す仕組みを開発したのです。素晴らしい成果ですね!

インナーリングの長さや形状の改良で、炭酸ガスが一気に吹き出すように(注3)



(番組ではその他にも、環境配慮型の原料削減や、1分間で1000個以上のキャップを生産する高速生産ライン、キャップへのプリント工程なども紹介されました)


これまで私は、キャップとしての機能といえば、「イタズラ防止のために分離型構造がある」程度の認識しかありませんでした。しかし、音質にまでこだわる技術革新と、それを原理から解決策を追求する開発姿勢に深い感銘を受けました。


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注1:「アサヒ飲料」ホームページより
注2:「読売新聞オンライン」ホームページより
https://www.yomiuri.co.jp/pluralphoto/20220519-OYT1I50147/
注3:NHK 大阪制作「探検ファクトリー:元気な工場の秘密を探る(ペットボトルのキャップ工場こんなに身近にあった!奥深い技術)」より


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