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月面農業の可能性: 映画『オデッセイ』とスマート農業が拓く未来 (元教授、定年退職317日目)
私の好きな俳優の一人に、マット・デイモンがいます。『グッド・ウィル・ハンティング』の主演で注目を集めた彼は、その後も『ボーン』シリーズや『オーシャンズ』シリーズなどで活躍しています。2015 年の映画『オデッセイ』では、彼が主演を務め、火星に一人取り残された宇宙飛行士が限られた資源を駆使して生き延びる姿が描かれています。特に印象的だったのは、次の探査機が来るまでの4年間を生き延びるために、彼は植物学者として科学的な知識とポジティブな思考で水や酸素を作り出し、ジャガイモ栽培に挑戦しました(映画的には、地球の仲間たちが彼を救出するところがメインテーマだったかもしれませんが)。この映画をきっかけに、宇宙での食料生産に少し興味を持つようになりました。
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先日、NHK の「サイエンス ZERO」で「スマート農業」が特集されており、「月」での農業の話題を楽しみに視聴しました。スマート農業とは、AI や ICT(情報通信技術)を活用して農業の生産性と品質を向上させる取り組みです(<追記> 参照)。番組では、ドローンやロボットといった最新技術が紹介される中、私の興味を引いたのは月面農業へのチャレンジの話題でした。(下写真もどうぞ)
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<追記:スマート農業とは> 日本の農業は、高齢化、人手不足、耕作放棄地の増加など、多くの課題を抱えています。労働環境の改善、収量と品質向上、コスト削減、環境への負荷軽減も急務であり、スマート農業はこれらの課題を解決する有力な手段とされています。しかし、高額な初期費用や技術的な知識が必要なため、普及への課題も残されています。
月面農業への挑戦 – アルテミス計画と食料供給
番組では、人類が再び月を目指す「アルテミス計画」と関連した月面農業プロジェクトが紹介されました。月面基地が建設されれば、食料の確保が重大な課題となります。月面は真空状態に近く、そのままでは農業はできませんが、基地内に植物工場を設置しスマート農業の技術を応用することで、新鮮な食料を供給する計画が進行中です(タイトル写真(イメージ図):注2)。
千葉大学 宇宙園芸研究センターの後藤英司先生(驚きました。留学時代、コーネル大学でご一緒した先生でした)の解説によれば、第一段階では2〜4名の宇宙飛行士が月面基地に滞在し、ロッカールームのように植物ごとに分けた栽培エリアが設けられます(下写真)。100 人規模の居住者が想定される第二段階では、主食となる米、大豆、芋類も栽培し、食料自給を目指します。
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月面植物工場の仕組み – 低圧環境などの課題
月面では宇宙放射線の影響や昼夜の温度差が大きいため、植物工場は地下に設置されます(タイトル写真)。必要な光は、強力な LED 照明で確保し、養分は水に溶かして供給する水耕栽培を行います。光の強度や温度・湿度の調整をすることで、水田の2倍程度の収穫量を目指す計画です。(下写真もどうぞ)
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また、居住空間は1気圧を維持する必要がありますが、植物工場では 0.2 気圧という低圧環境での運用が検討されています。トマトを使った実験では、低圧環境下でも栽培が可能と確認されており、これがスマート化されれば無人化や資源の節約につながり、月面農業の可能性はさらに広がります。(下写真もどうぞ)
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高度資源循環型食料供給システム – 宇宙での持続可能な農業
月面での長期滞在には「高度資源循環型食料供給システム」の開発が必要不可欠です。月は資源が乏しいため、限られた資源を最大限に活用する必要があります。例えば、人が呼吸で排出した二酸化炭素を植物が酸素に変えるような、地球の生態系を模倣した循環システムを構築することが求められます。
こうした宇宙での食料生産技術の開発は、地球上の食糧問題解決にも貢献すると考えられています。宇宙での厳しい環境下で培われた技術は、砂漠や極地といった地球上の過酷な環境での農業に応用できる可能性があります。夢は広がりますね。
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注1:映画『オデッセイ 』予告編(シネマトゥデイ)よりhttps://www.youtube.com/watch?v=3nb1nw8kCj4
注2:NHK 番組「サイエンス ZERO:田んぼから月まで!? 『スマート農業』最前線」より