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「経験と知識が役に立たない」からこそ面白い! 合金が拓く新領域 (元教授、定年退職335日目)

「かがく」の付録から科学者を夢見たあの日

私が小学生だった頃、毎月届く学研の雑誌「かがく」と「学習」を心待ちにしていました。特に「かがく」の付録には化学に関係する魅力的なものがついていて、その中でも試験管と試薬のセットは今でも鮮明に覚えています。もちろん、煙が出たり爆発するような過激なものではなく、試験管で薬品を混ぜて軽く振るだけで色が変わる、そんな簡単な実験でした。しかし、変化を目の当たりにするだけで胸が躍り、試験管立てに並べた液体をじっと眺めているだけで、まるで本物の化学者になったような気分を味わえたのです。この付録で、同じように化学を志した人も少なからずいるのではと思われます。

物を混ぜるという行為そのものは単純ですが、均一に混ぜるとなると話は別で、実は思ったよりずっと難しいのです。例えば、水と油は自然には混ざりませんが、石鹸などの界面活性剤を加えると均一化し、全く異なる性質を持つ液体へと変化します。このように「混ぜる」という行為には奥深い面白さがあり、多くの科学者は混合という操作そのものに魅了され続けています。

今回の note では、「究極な混合」とも言える金属の混合、すなわち「合金」について掘り下げます。NHK E テレ「サイエンス ZERO」で特集された最新の研究を基に、「どのように混ぜるのか?」「混ぜることでどのように性質が変わるのか?」「その結果、どのような用途が生まれるのか?」という視点から、合金の持つ可能性についてご紹介します。(下写真をどうぞ)

NHK Eテレ「サイエンス ZERO」で究極な混合の合金について特集(注1)


混ざり合わない金属が合金になるまで

合金とは、異なる金属同士を混ぜ合わせて作られるものです。しかし、金属なら何でも簡単に混ざるわけではなく、実際には約3割程度の組み合わせしか自然に混ざらないと言われています。合金を作るときのプロセスは、まず金属イオンを溶かし混ぜ合わせます。金属イオンは電子を受け取ることで還元され、原子同士が集まり金属として固まります。しかし、解説の京都大学の北川先生によると、ここに大きな課題が存在し、それは、還元の速度が金属ごとに異なるため、うまく混ざらずに分離してしまうケースが多いということです(下写真)。

合金を作るときのプロセスとその作成が困難な理由(注1)


霧吹きが生んだ新時代の合金

今回の番組では、これまで混ざらないとされていたロジウムと銀の合金を作ることに成功した驚くべきシンプルな方法が説明されました。なんと、ロジウムと銀のイオンを霧吹きに入れ、180℃ の溶媒に吹き付けるという手法でした。すると、還元されて色が変わり、混ざらなかった金属同士が、均一に合金化されたのです。電子顕微鏡で確認したところ、タイトル写真(注1)に示すように原子レベルで均一に混ざっていることが確認されました。(下写真もどうぞ)

霧吹きで 180℃ の溶媒に吹き付けることで合金作成!(注1)


なぜこの方法で成功したのか? その理由は、吹きつけられた金属イオンが溶媒の中でほぼ同時に還元されたためです。つまり、通常の方法では生じてしまう還元の時間差を極限まで短縮することで、金属同士が分離せずに一体化することが可能になったのです。一般的な合金作成方法では、混合時の温度の低下によって還元速度にばらつきが生じ、金属が均一に混ざらないという問題がありました。しかし、霧吹きを使うことで、微細な液滴が少しずつ反応し、温度の変化を最小限に抑えることができたようです。(下図もどうぞ)

霧吹き法が成功した理由(注1)


合金ならではの優れた触媒機能の発現

この新技術の大きな意義は、合金が持つ触媒機能の飛躍的な向上です。環境問題やエネルギー問題の解決策として注目される多元素合金には、化学反応の活性化エネルギーを低減する触媒としての機能があります。

例えば、水を電気分解してクリーンな水素を得るには、高いエネルギーが必要です。しかし、触媒を用いることで、下図に示すようにその山を下げることができ、このプロセスに必要なエネルギーを大幅に削減できます。現在、優れた触媒はプラチナ(白金)ですが、非常に値段が高いのが課題です。触媒活性も上がりかつ値段もコストも下がる新たな触媒を目指して、北川先生らが開発した合金が、5種類の金属を組み合わせた多元素合金でした。この合金は、市販の白金触媒と比べて2倍の性能を発揮し、その5元素の合金にさらに金、銀、オスミウムを加えた8元素の多元素合金に至っては、白金の 10 倍以上の触媒性能を示しました。それぞれの金属単体ではそのような性質はないので、多元素合金にして初めて発現した素晴らしい成果になりました。(下図、写真もどうぞ)

触媒を用いることでエネルギーを大幅に削減(注1)
8元素の多元素合金で白金の10倍以上の触媒性能(注1)


これらの研究が示すのは、混ざらないとされていた金属同士が原子レベルで混ざるようになり、それもまさかの霧吹きで従来の教科書に載っている常識が覆され、個々の金属からは予測がつかない性質が合金で得られたのです。北川さんの言葉「経験と知識が全く役に立たないことって、ワクワクするじゃないですか」が、今回の発見の本質を表していました。


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注1:NHK Eテレ「サイエンス ZERO」の「現代の錬金術!?“多元素合金”」より


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