進化する素材技術の最前線: 未来モノづくり国際EXPOレポート3 (元教授、定年退職232日目)
約 30 年前、東京郊外に住んでいた私は、休日には時折都心を訪れていました。平日は通勤ラッシュで混雑する街も、休日の午前中は道路が空いていて、車で秋葉原の電気街や神田の古本屋街に出かけるのが楽しみでした。特に、当時の秋葉原電気街には、各種パーツを販売している店が立ち並ぶ狭い通路があり、宝探しのようでワクワクしたものです。奥様には「買いたいものもないのに」と呆れられながらも、毎回数時間をそこで過ごしていました。
先日、未来モノづくり国際 EXPO の「新価値創造展」を訪れた際、当時の秋葉原のパーツ街を思い出しました。多彩なブースが所狭しと並ぶ様子は(もちろん、創造展はそれほど狭くはありませんが)、あの頃と同じ高揚感を与えてくれました。昨日ご紹介した「歯のない歯車」も、この技術展で見つけた展示でした。
プラズマでテフロンを親水化
「テフロン粒子を水に分散させる」というテーマに興味を惹かれ、(株)魁半導体 のブースを訪れました(下写真)。同社は、プラズマ技術を用いた表面改質に特化し、医療、自動車、電子機器業界向けに、耐久性や機能性を向上させるソリューションを提供しています。
今回は、その中から表面改質の例を伺いました。具体的には、プラズマ処理により、水をはじく性質を持つテフロンの粒子を水に分散させる技術です。テフロンといえば、フライパンなどに使われ、焦げつかず料理しやすいことで知られる素材で、私も目玉焼きがフライパンの中でスルスルと滑る様子に驚いたものです。テフロンに水を垂らすと、蓮の葉の様に丸い水滴になり、広がりません(これを撥水性といいます)。テフロンを微粒子化すると、上の写真のように、水に分散せず浮いてしまいます。
そこで、この微粒子にある条件下でプラズマ処理を行うと、化学反応が起こり親水基を導入できます。詳細を説明すると、プラズマ処理により表面のフッ素が引き抜かれ、そこに OH 基が結合します。排ガス処理技術も成熟しており環境への影響も少なく、反応自体の危険性も低いとのことでした。(下写真をどうぞ)
バイオマス素材を衣料用繊維に
前述の技術は未来モノづくり AWARD のファイナリスト 10 件の一つにノミネートされていましたが、もう一つのファイナリストとして注目されていたのが、Bioworks(株) が開発した「PlaX(プラックス)」です(未来モノづくり国際 EXPO 展示)。これはバイオマス素材の「ポリ乳酸(PLA)」を、これまで実用化が困難とされてきた衣料用繊維として実現した画期的な新素材です。(タイトル写真、下写真もどうぞ)
技術のポイントは、独自開発した植物由来の添加剤を加えて処理することで、その品質や機能を大幅に向上させた点にあります。具体的には、耐熱性を従来の 50℃ から 130℃ に、耐用年数を1〜2年を 10 年程度にまで伸ばし、染色濃度も向上させることで、繊維素材として十分なレベルに達しました。担当者によると、これらの性能向上を実現する上で結晶化度の向上が重要な鍵を握っていたとのことです。会場では、実際に販売されている靴下やタオルが展示されていました。さらに、乳酸由来の抗菌性、防臭効果、速乾性で肌へのストレスを軽減できることから、多くのブランドやメーカーが採用しているそうです。(下写真もどうぞ)
環境面での意義も大きく評価されていました。従来の石油由来合成繊維は、二酸化炭素の排出、資源枯渇、廃棄の問題など、サステナビリティの観点から多くの課題があります。植物由来の PlaX は、それらの課題を解決し得る次世代合成繊維として期待が寄せられています(下写真)。
今回ご紹介した2つの技術は、未来 EXPO で出会った革新的な素材技術のほんの一部に過ぎません。会場には、未来のものづくりに大きな変革をもたらす技術が数多く展示されていて驚きました。素材技術の進化を肌で感じることのできる貴重な機会となりました。
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注1:未来モノづくり国際EXPO、ホームページより
注2:(株)魁半導体、配付資料より
注3:Bioworks(株)、配付資料、ホームページより