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京都の飲食店に息づく「火廼要慎」のお札と、落語で楽しむ愛宕山 (元教授、定年退職256日目)

京都の食堂やレストランを訪れると、壁の上方や梁に「火廼要慎(ひのようじん)」のお札を目にすることがあります(下写真)。「火、すなわち慎みを要す」という意味を持つこのお札は、厨房の片隅にも貼られており、ほとんどの飲食店で見ることができるでしょう。デザインは共通で、上部に「阿多古祀符」と記され、京都・愛宕神社で授与されていることがわかります。

京都の食堂やレストランに貼られている「火廼要慎」のお札(注1)

<追記1> このお札は、主に火災防止を目的としており、京都だけでなく関西の多くの地域の家庭や飲食店で広く使用されています。火を扱う場所に貼られるが一般的です。


京都を守る火伏せの神: 愛宕山と「火廼要慎」の伝統

最近の NHK BS 番組「美の壺:京都の奥座敷」の中で、愛宕神社が取り上げられていました。この神社は、京都市内北西部の愛宕山(標高 924 メートル)頂上付近にあり、古くから都を守る山の神として信仰されています。江戸時代には「伊勢へ七度、熊野へ三度、愛宕様へは月参り」と言われるほどの人気がありました(私は、3回、1回、0回ですw)。しかし、愛宕山への参拝は簡単ではなく、山頂までは登山口からは約4キロ、2〜3時間を要する山道が続きます。(下写真もどうぞ)

「伊勢へ七度、熊野へ三度、愛宕様へは月参り」の絵図(注1)
拡大した上の絵図と実際の愛宕神社(注1)

<追記2> 京都は昔から家屋が密集し、火災が発生すると大きな被害をもたらしました。そこで各家庭では火の始末を徹底する習慣が根付き、それがこのお札に象徴されています。愛宕山はもともと、山岳信仰の聖地でしたが、江戸時代に入ると火伏せの神として信仰されるようになりました。度重なる大火に見舞われた京都の人々は、愛宕の神に火災除けを祈願したのです。


特に注目すべきは、毎年7月31日から翌朝にかけて行われる千日詣です。この日の参拝は千日分の功徳があるとされています。また、3歳までの子どもがこの神社に参拝すると、「一生火難から免れる」という言い伝えもあります。番組では、夜にもかかわらず眠そうな幼子を背負って参拝する家族の姿が映し出されていました。(下写真もどうぞ)

千日詣の様子(注1)
お札をいただく(注1)

<追記3> ちなみに、山麓には江戸時代から 400 年以上の歴史を持つ茶屋があります。名物の「志んこ」は、愛宕山頂まで続くつづら折りの山道を模した3本の線が特徴的な菓子です。米粉を使用し、ニッキ、お茶、白の三色で手作りされ、黒砂糖ときな粉をたっぷりかけて提供される伝統の味は、今も参拝者に愛されています。(タイトル写真、下写真もどうぞ:注1)

麓の茶屋(注1)
名物の「志んこ」(注1)
麓の茶屋の中の様子(注1)


上方落語に見る愛宕山:笑いと信仰が交差する

以前 note でも書きましたが、私は落語を聴くのが趣味です。愛宕山といえば、上方落語の代表的な演目にしばしば登場します。「愛宕山」「いらちの愛宕参り」(「いらち」は、大阪弁でせっかちやあわて者を意味します)などがあり、桂米朝や桂枝雀などが名演を残しています。特に「愛宕山」は、米朝や枝雀の高座やCDなどで聴きましたが、鳴り物入りの明るく楽しい演目です(枝雀は、なんと全編英語のバージョンも残しています)。京都の旦那と大阪で失敗した幇間(太鼓持ち)が、芸妓や舞妓、女将らと一緒に春の野駆け(ピクニック)と称して愛宕山に登る様子が描かれています。(下写真もどうぞ)

私のiPhone内1
私のiPhone内2

噺の山場では、茶屋に到着した旦那が小判で「かわらけ投げ」を始めます。一八(幇間)はその小判を拾おうとして谷に飛び降りますが、戻れなくなります。最後は自分の着物を裂いて縄を作り、何とか這い上がるものの、せっかく拾った小判を谷底に忘れてしまうというオチで締めくくられます。

<追記4> 「かわらけ投げ」は、全国各地に伝わる伝統行事で、厄除けや願掛けを目的としています。素焼きの土器(かわらけ)を高所から的に向かって投げて割ることで厄を落とすとされ、多くは的の輪の中を通すことが多いようです。私も何度か挑戦しましたが、なかなか難しいものです。


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注1:NHK BS 番組「美の壺:京都の奥座敷」より


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