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一人称を巡る問題 その2

 幼稚園で"ワス"と名乗ることに決めた僕は、小学校に入学しても変わらず名乗り続けた。

 まだ常識を知らない同級生は"ワス"をすんなりと受け入れ、イジメを受けることなくクラスに溶け込んだ。

 しかし小学校生活も五年が過ぎるとワスの心に変化が生じた。
 自分だけが違う一人称を名乗ることが堪らなく恥ずかしくなったのだ。"オレ"を名乗るイケてる友達が羨ましかった。

(なんで"ワス"なんて言い出したんだろう、、オレって言いたい、、、)

 後悔の念が込み上げたけど "ワス"が定着している手前、今さら変更しようものなら嘲笑の的になるのが末である。
 中学校卒業までの五年間、それが続くことを想像すると身の毛がよ立つ。ワスは可能な限り一人称を使わない言葉を選び、怯えながら会話をするようになった。

 一度湧き出た恥じらいは収まることを知らず、六年生になる頃には今にも破裂する風船のように羞恥心は膨張した。

 そしてついに恐れていた事態が起きた。

 "ワス"がイジられたのだ。

「みっちーってワスって言うよね」

 帰り道に友達のコーヘイがボソっと口にした。虚を衝かれ動きが止まったワスの顔を覗いて、薄笑いを浮かべるコーヘイは続けた

「ワスワス星人だね」

その鋭利な言葉はワスの羞恥の風船を破裂させた。

 そもそもワスワス星人ってなんだ。
仮にワスが本当にワスワス星からやって来たワスワス星人だとして、その場合は絶対にウルトラマンみたいに地球防衛の為に来てるし、だとしたら尊敬はされてもイジメの対象にするべきではないし、もしイジメてくるならワスワスビームでぶっ倒してやるから、寧ろワスに怯えるべきだ。ワスを笑うな。

 なにより現実にワスは地球人である。

 東京生まれワスワス育ちなだけだし、地球人は皆んな友だちだ。

 コーヘイには大人びた落ち着きがあり、皆を達観しているクラスの中心人物。彼の口にする噂話はウィルスと同じであっという間に広まる。

"ワスワス星人"が広まるのは時間の問題。

早急に手を打たなければなかった。

つづく

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