一人称を巡る問題 その3
幼児期に一人称を"ワス"に決めたものの、やがて思春期になり羞恥心が芽生えた。そしてついにクラスメイトから"ワス"をイジられ絶望の淵に立った。
すでに学校で定着してしまった"ワス"をイジメにあうことないように目立たずシームレスに切り替える必要があった。
そんなのサウナで整ったホームズでさえ解けない難問のように思えたが、ワスは妙案を閃いた。その名も
「ワスは怒った時だけオレって言う」作戦(以下「ワスおこ作戦」)だ。
普段ニコニコ笑ってるワスが、怒ると別人格に変わり、手のつけられない"オレ"になるという作戦だ。
ドラゴンボールの孫悟空が普段はオラと言ってるのに、スーパーサイヤ人になるとオレに変わることから着想を得ている。江戸川乱歩とコナン・ドイルがフュージョンして正真正銘の江戸川コナンに成っても閃かない名案じゃないか!(←ドラゴンボールだけに)
翌日からワスはクラスメイトに喧伝した。
「ワスね!怒るとオレって言うんだ!怒らせないほうがいいよ!」
「マジか!こえー!」
同級生たちは皆んな素直というか単純というか馬鹿というか、あっという間に設定を鵜呑みにしてくれた。
ワスを少しでもイジろうものなら猛禽類のような鋭い目つきで「オレをイジるな」と睨むと、皆んなは萎縮した。自己防衛としての役割も抜群である。
しかし、それはそれで問題だった。
ワスおこ作戦が予想以上に早く浸透したせいで、クラスメイトがワスをイジらなくなって怒るタイミングがなくなったのだ。
そもそも日常生活の中で怒る機会なんて限られている。
悟空だって毎日スーパーサイヤ人になってたら、もはやそれはスーパーサイヤ人がデフォルトだから、スーパーな事ではなくなるし、金髪でもただのサイヤ人だ。それ以前に悟空の情緒が心配になる。
それでも作戦遂行のために怒る出来事を血眼になって探した。無闇に人を威嚇することはしたくなかったから、物に当たることにした。
わざと教室の扉にぶつかって「オレの肩に当たるんじゃねぇ!」と扉に怒ったり、
点滅する青信号に「まだオレが渡り終わってねぇだろうが」とボヤいたり、
校庭の小石を「オレの前に転がってるんじゃねぇ!」って蹴り飛ばした。
普段は穏やかにヘラヘラとふざけたお調子者だったから、周囲の目にはさぞ情緒不安定のヤバい奴に映ったことだろう。
そうやって"オレ"の使用頻度を増やした。かくして"オレ"は無事に浸透し、中学入学と同時にワスを捨た。
そうやってオレはオレになった。
おわり
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