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隣で眠る彼を横目に


寝息をたて眠る彼を横目に今日も私は眠りにつく。毎日、彼の寝顔を見てから眠る私は大変幸せ者であり、つくづくこんな毎日が続くようにと願っている。
そんな事を願う日が来るとは思わなかった。




前回、このnoteを更新したところたくさんの閲覧数に驚いた。
たくさんの方に見ていただけて大変ありがたく、拙い文でも何か伝わるものがあるのだと思ったら不思議な気持ちになった。

さて、私はいま隣で眠る彼を横目にこのnoteを打っている。
私は彼につくづく愛されていると感じる。具体的なエピソードは少しばかり省かせてもらうが、愛しいモノをみるかのように私を見つめてくれる。こんなに幸せなことは無い。
例えば、私が摂食障害であることを話した時に彼は「俺が守るし、どんな似非も好きなのは変わりがない。俺がついている」と言ってくれた。この言葉は私にとって救いとなっている。
未だ、彼との生活を送っていても過食症は治っていない。新しいバイトを見つけ楽しくやっているが、それでもどこかストレスを感じてしまい過食をしている。しかし、その言葉を聞いて楽な気持ちになった。あぁ、この人ならばどんな私でも受け入れそんなことをするなと言うのではなく別の言葉をかけてくれるのだろうと淡い期待をした。
実際にそれがまだバレていないから、バレてしまった時になんと言われてしまうのかと怯えていることに変わりはないが、それでもその期待をしてしまう自分がいる。

惚気のようなものであることは確実なのだが、私にとって彼との生活を送る上で些細なことが私を楽にしてくれているということは確かなのだ。
恋愛というのはそういうものなのかもしれないが、私にはその"そういうもの"が当たり前ではないと感じる。恋愛をたくさんしてきているし、数としていってしまえば覚えているひとが限られるほどにたくさんしてきた。しかしどうだろう。このように"そういうもの"を感じれたのは彼だけのような気がしてならない。
ただ愛してくれるのではなく、心配してくれるのではなく、どんなモノからでも受け入れ、それらから守ってくれるように感じるのだ。恋愛という括りだけではなく、将来を見据えてくれているのかもしれないと思っている。
ただの恋愛ではない、というのが私にとってどれだけ大きいものなのかは前の恋人から教わったようなもので、将来を見据えてくれているそれが大切なことであると感じさせてくれた。
ここで前の恋人を引き合いに出すのは些か抵抗を感じてしまうが、彼女抜きでこの話を進めることは出来ない。

ただの恋人同士というのは終わりがあるように感じてしまう。もちろんそんなことはないと頭の中では分かっているが、感情的にそう考えてしまう。
付き合う当日に合鍵を渡してくれ、一緒に住むことを考え、どのような形で暮らしていくのかという話し合いをしてくれた。一緒に住む上では当たり前のことなのだが、付き合って直ぐに合鍵を渡してくれるほど信用してくれていることに嬉しさを覚えたのは忘れられない。
私にとって合鍵を渡されるというのは願っても叶わぬ事だと思っていたのであの時の昂る感情で涙したのを忘れられるはずがない。
いまこうして当たり前のように彼との同棲生活を送ることが出来ているが、私はまだ当たり前だとは感じていない。願わくば終わることがなくこのまま本当に結婚出来ればと思っている。しかし、未来のことなど私たちですらも分からない。明日突然別れを告げられるかもしれないし、別れを告げるかもしれない。そんなことはないと断言が出来ない。
少しでも長く一緒にいられるように些細なことから努力をしたいと思いそれを少しずつ行動に移している。
彼が気付かぬであろうことでも何でもいい、彼を少しでも支える何かが出来ればと思うのだ。

この生活に終わりがないことを願うばかりだ。





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似非
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