見出し画像

えんぶれむっ! 士道ノ参 絶対に!


イラスト:島村鰐

 その年の冬はとても寒かった。
 乾いた寒気は、肌を凍らし、生命の伊吹を足元から奪うように、冷淡に凍える風を送っていた。
 しかし、空を見上げれば息が止まるほど美しい漆黒の夜空と、漆黒の空を闇にしない星の光、なによりもその存在を唯一のものとして世界を支配するまん丸い月が愚かな地上の生物を見下ろしていた。
 人間は、精いっぱい抗い、細々と暖を確保して生き永らえている。
「冬とは、そうあるべきだ」
 父は、いつか幼いエンジに言った。
「だが時代は若者によって変わる。世代が変わる中で受け継がなければならないものなど、少ないものだ」
 祖父は、父と対峙し、同じくエンジに話した。
「父ちゃん! じいちゃん! なにやってんだよぉ!」
 父と祖父は、紋刀を構えたまま睨み合っていた。そう、これはまごうことなき死合である。親子が死合うという悲劇。親が子を、子が親を斬らねばならない茶番。
 幼いエンジの目にはこの時の光景が焼き付いていた。
「どうしてもこの家を出てゆくというのか、センエツ」
「貴方に語る口はもうない」
 後になって知るが、この時父が構えていたのは戯刀だった。
 祖父が構えていたのは、炎灯齊。だが炎灯齊は抜刀状態であった。
「わしに炎灯齊を抜かせるな」
「抜かなければ後悔する。戯刀と言えども、刃通力(じんつうりき)を持ってすれば斬れぬことはない」
 ただならぬ威圧感と緊張感、キンキンに冷えた寒風さえも二人の発する緊張感に凍ってしまいそうであった。
「エンジ、見るな」
 祖父は言う。
「エンジ、よく見ておけ」
 父が言う。
「大馬鹿者めが、炎灯齊の名を捨てでも刀狩りになるか!」
 ガチャ、という炎灯齊が鳴る音。そして、刀身を覆っていた炎灯齊の鞘が地に落ちた。
「俺が大馬鹿かどうかは、近い未来に世間が決める。……それまで生きていられるかな? 親父殿。……いや、初代炎灯齊」
 ガチガチと歯と歯がぶつかり合う音。
 震えるエンジは、寒さと恐怖で言葉を発せられない。発することは許されない。
「よかろう……ならばたった今からお前のことは息子とも家族とも思わん。
 士道と日ノ本を脅かす脅威として、死合を受けよう!」
「ようやく俺を敵と認めたな、炎灯齊。俺の道を阻む最初の関所よ!」
 エンジが覚えているのはここまでだった。
 再び目を覚ました時、隣には横たわる祖父の姿があった。肩から脇腹に向けて白い包帯を窮屈そうに巻き付けた姿で。
 それは即ち祖父が敗北したという証拠であった。
 祖父は敗北(まけ)た。
 眠り続ける祖父を看病する母を、起きていることを気付かれないように薄めを開けて見ていた。母は祖父の額に乗せたタオルを変えながら泣いていた。
 エンジを起こさないように、声を殺して。エンジもまた、母のその姿を見て、声を殺して泣いた。
 どれだけの時間が経ったか、祖父はすっかり元気になった。ただ、あの日の死合で利き腕の自由を失った。士としての生命を絶たれたのだ。
「いいかエンジ、お前は士道の士になるな」
 そしてある春の日、神像を祀る間で祖父はエンジに向かって士になるなと諭した。
「……え、なんで!?」
 伝承を持つ家系として炎灯齊を継ぐのはエンジの宿命であった。
 国としてそれを義務としているからだ。
 それは9つにもなったエンジにも理解するところであった。
「お前は炎灯齊を持たず、千代と共におればよい。来るべき時がくれば、炎灯齊は帝國政府に返還すればいいだけだ」
 祖父は淡々とエンジに告げるばかりだった。
 だが、エンジには祖父のその話に乗るわけにはいかなかった。
「いやだ! 絶対にいやだ! 俺はじいちゃんをそんな目に合わせたセンエツをやっつけるんだ!」
 畳を拳で打ち、前のめりで祖父に詰め寄る。
 その瞳を見詰め、悲しそうに祖父はため息をついた。
「そうか。では、お前に紋句を教えるわけにはいかんな」
「そ、そんな……なんで!」
 思いがけない祖父の言葉にエンジは言葉を詰まらせ、目を見開いた。
 信じられない気持ちが彼の体を縛り付け身動きを封じる。
「お前の目がセンエツに似ているからだ。エンジ」
「なんだって! 似てない! 似てたまるか!」
 祖父から憎む父親に似ていると指摘され、更に感情を沸騰させ蓋からあふれさせる。
「ともかく、お前には抜刀紋句は教えん」
 ギリギリと音を立てて歯を食いしばるエンジは、もう一度畳をおもいきり打つ。
「……じゃあいいよ! 自分で探し当ててやるよ!」
 半ば絶叫にも近い大声でエンジは祖父に謳った。
「お前には絶対探し当てられんよ」
 エンジとは対極的に覚めた表情で祖父は言う。
「今のお前が、今のままならば、その言葉(紋句)は絶対に口にすることはない」
「じゃあ俺は抜かずに闘ってやる! 誰よりも、あいつよりもじいちゃんよりも!
 紋句なんてなくたって、絶対に強くなってやるからな!」
 エンジが叫び、その場を立ち去ろうとしたその時、突然エンジは倒れこむ。
「……! どうしたエンジ」
 何事かと祖父が駆け寄ると、エンジは脂汗をだらだらと額から垂れ流し、苦しそうにうめいた。
「あ、足しびれた……!」
 ずこーーーーっっ!
「……とまぁ、そんな感じでずこーーーー! と初代様はずっこけられたのです」
「あ、あいつにそんな過去が……」
 千代は得意げに子分Aと子分B、子分C(合流した)に話した。
「小太郎さぁ~~ん、あのチビにもっと優しくしやりましょうよ~」
 子分たちはすっかり千代の話に感情を持っていかれ、滝のような涙と鼻水でぐじゅぐじゅにしている。
「いっじょにおやじをたおじまじょーよーう!」
 同じく子分B
「ゥおおォい! 感化されてンじゃねェよ、馬鹿どもが!」
 不機嫌そうに小太郎は燕尾閃でA,B,Cの頭を小突く。
 しかし、よく見ると小太郎の目頭も赤くはれていた。
「俺はお涙ちょうだいの話にはびくともしねェーんだよ! ……ぐず」
 小太郎が鼻を擦り、子分たちが感動の涙と違う、痛みによる涙を流していると、千代が手を縛られたままゆっくりと立ち上がった。
「な、なにするつもりだてめェ……」
 千代の行動に小太郎はやや構えて低い声で威嚇する。
「そう、あの時よりえんとーさいさまは血の滲むような特訓の毎日、寝る時も遊ぶ時も、エロ本をお楽しみの時でさえも!
 伝承・炎灯齊を片時も離さず、そうして刃通力を会得され……巨大で思い炎灯齊を魔法少女のステッキのように軽々と扱えるようになったのです!!」
 キラキラとした背景を背負って千代は恍惚な表情でミュージカルのように語った。
「……刃通力だァ……?」
「おや、燕塾八代目、刃通力を御存じでない?」
 小太郎の反応にキラキラの背景を消して千代はそのままずいっと小太郎に近づいた。
 急に顔が近くなった小太郎は目頭と違う赤色を頬に灯す。
「そうですか……。確かにアマチュアの士道では刃通力を学びませんね。妙な知識を持っていると、学苑で学んだときに統制がとれないということもあり、伝承使い以外の士は学苑で学ぶことを鉄則としているんでしたっけ」
 千代が思い出したように話続ける。その内容を聞いて小太郎は、自分の知らないことをエンジが知っているという事実に無性に腹が立ってきた。
「なんだァ、そりゃ贔屓ってやつじゃねェのかァ」
「ご存じでしょう燕塾八代目。伝承使いは【特例】づくめなのです」
「んなことが言い訳になるかァアアア!」
「んまっ」
 詰め寄った千代を押し返しながら立ち上がる小太郎の勢いに、両手の自由が効かない千代は体勢を崩して後ろに転んだ。
『ガン』
「痛いですことっ!」
「ん?」
 後ろに倒れた拍子に椅子の足に額をぶつけたのだ。子分たちは千代に駆け寄る。
「小太郎さぁ~~ん、まさか女子供に手を上げるなんて……」
「い、いや違っ……」
 慌てて弁明しようとするが、足元が悪くすぐに近寄れない。
「小太郎さん……」
「小太郎……さん」
 子分たちの目が痛い。違うという言い訳を言える雰囲気ではなさそうだ。
「すげーっす!」
「へ?」
「そんなに卑怯だと思いませんでした!」
「な、なにが」
「自分たちの悪行がいかにハンパなものだったのか、よくわかりました!」
「お……おう」
「小太郎さん、魔王っすね! ほんっとワルっす! かっけーっす!」
 小太郎はなにがなんだかわからないままに魔王にされ、子分たちに崇拝されていた。
「あの~……バンソウコを……」
 その様子に口を挟みづらかった千代は、ぶつけた額の傷口から血が出ているのを申告する。
「うおー! 女子に流血!」
「すっげーよ! 悪党だよ! 人間のクズだよ!」
「佐々木・魔王・小太郎の生誕祭だー!」
「い、いやお前らバンソウコウと薬……」
 彼らのアジトから『わっしょい、わっしょい』とはしゃぐ声がにぎやかにこだましていた。
 空を切る音が鳴り、それは空によって消される。
 それを待たずにもう一度空を切り、さらに地を鳴らす重い音。
 体育館にハーレイの姿があった。
 空を切る音は、彼が戯刀を振る音。
 重い音は、彼が踏み込む際に鳴らした足音であった。
 刀の柄を持ち替え、背後に向かい一歩踏み込み前に突く。
 ひと拍置き、体勢を低く構えるとぐるりと前足を軸にして体ごと回転すると、螺旋を描き刃を旋回させた。
「両利きだったのかお前」
 一人、練習に励むハーレイに声を掛ける人影。
「なんだい、帰ったんじゃなかったのか。エンジ」
 声のした背後を振り返ると、体育館の開放しっぱなしの入口にエンジが立っていた。
「ああ、帰って昼寝してたんだけどよー、なんか千代が帰ってないらしくって。そんで探しに来たってわけ。
 お前なんかしんねーか?」
 ハーレイは、体育館の壁に寄せたカバンからタオルを出して、額の汗を拭きながら
「……知らないね。てっきり二人一緒だと思ってたけど……コトダマは?」
「つながんねー」
「そうか……心配だね。僕も一緒に探すのを手伝うよ」
「お、さっすがハーレイ。もつべきものは友達だね」
「調子がいいなぁ、エンジは」
 ハーレイは短く笑うと肩にカバンを背負うとエンジに近寄った。
 スポーツドリンクの入った水筒を飲み、一呼吸置くと二人でグランドの脇へと出た。
「事故とかじゃなければいいけど」
「どうせどっかで食い意地張ってるだけだと思うんだけどな」
「だったらいいんだけどね。それなら僕たちも交じろうよ。」
 ははは、と笑ってハーレイは会話に乗るが、ドリンクをさらに一口飲むと「でもそれならコトダマは通じるはずだもんね」と真面目な表情に変わった。
「……」
 
 エンジは楽観的ななにかを言い返そうとしたが、言葉を飲み込んで黙る。
「じゃあ、僕は部室側を探すから、エンジは校舎側を探そうよ」
「おう」
 エンジはハーレイのリーダーシップぶりに感心しながら、素直に指示に従って校舎側に向かった。
「あ、ハーレイ」
「なんだい」
「……悪ぃな。頼むわ」
「むず痒いよ」
 ハーレイは笑うと、グランドの奥にある部室側へと小走りで向かった。

 グランドの奥にある長屋のような形をしたコンクリートの部室群。8つほどの部活動の為の物置や更衣室となっている。
 士道学苑は、もちろん士道のための学苑であるが、士道を目指す者の中には卓越した身体センスを持つものも少なくない。なのでオリエンテーションとしての部活動も士道教育の一環として採用されているのだ。
 しかし、学苑の性質が性質だけに部活動は他の学校制度に比べてさほど盛んではなく、8つの部室の内、実に2つの部室が現在使用していない。
 こうなれば悪党の恰好の巣になるのも頷けるだろう。
 そんな悪の巣窟にハーレイが千代を探しにやってきた。
 学苑における部活動について、そこまでの知識がないのにも関わらず一発目にここを探しにくるあたり、彼の洞察力の良さと、運の無さがうかがえる。
 ハーレイは、部室群の端から順に中の様子を窺って行った。
 中を窺うとは言っても締め切っている部室は、耳を当てて音を聞くくらいしか手段がない。一室ごとにノックして回ることも考えたが、既に放課後で空も暗くなり始めた頃。あたりが静かなのもあり、その手段に躊躇していた。
 ちなみに、悪の巣窟はハーレイが尋ねている端から4番目の部室だ。
「……なにも聞こえないな」
 部室のドアに耳を当てて聞くが、中からはなにも聞こえない。ハーレイは2番目の部室の前に移動すると同じようにドアに耳を当てる。
「……ここも、か」
 ハーレイは内心、こんな部室を調べてもいるはずがないと高を括っていた。
 それもそのはず、千代がいないのは心配だが仮に誘拐だったとしても、まさかこんな部室にいるだなんてことは思ってもいないからだ。そもそも同級生が犯人であると誰が想像するだろう。
「さすがにこんなところにはいるわけないか」
 というわけでハーレイ自身の口からもそれは飛び出す。無理はないと言えよう。
『ガチャ』
 ハーレイが3つ目の部室に耳を当てようとした時、隣の部室から小太郎が出てきた。
「……あ」
「てめェ……北川ハーレイ!」
 
 ハーレイの姿に反応した小太郎は、ハーレイに正面を向き睨みを効かせる。
「なんの用だァ、てめェ。見逃して欲しけりゃ、とっとと消えろ!」
「ああ……ごめん。佐々木くん、聞いてもいいかな?」
「お前、俺の話聞いてやがったかァ?」
 不快感をあらわにした表情で見下すように頭を後ろにもたげて圧をかける。
「いや、神楽さんがいないらしいんだけど、どこかで……」
「神楽ァ?」
 小太郎がしらばっくれようとしたその時、太鼓を叩いたような音が小太郎が出てきた部室の奥から鳴った。
「……コトダマの音?」
 その瞬間、小太郎が『チッ』と舌を鳴らしたのをハーレイは見逃さなかった。
「まさか……っ!」
 小太郎を押しのけてハーレイは部室へと押し入る。
 そこにはコトダマの着信を知らせる太鼓の音を鳴り響かせる護煙丸と、その横に横たわる千代の姿だった。
「千代!」
「やァっぱり、気に食わねェ。順番が違ぇーんだ! てめェは炎灯齊の後でいいんだよォ!!」
 小太郎の燕尾閃がハーレイを襲った。
「ちーよちよちよちよちよちーよ、ちーよちよちよちよちよちーよ、ちーよちよちよちよちよちーよ、ちよちよちーよちよー」
 妙なメロディに千代の名を乗せながらエンジは暗くなり始めた苑内を歩いた。
 普段ならば全寮制の学苑内、誰かしらいてもおかしくはないが、全校生徒は入苑式から1週間は帰宅することが許される期間。つまり怖ろしく人の気配がないのだ。
 薄暗い苑舎を陽気な鼻歌で闊歩するエンジの姿を見て、とても真面目に捜索しているようには見えないが、我々は彼についてゆくしかない。エンジはいつものようにガリガリと炎灯齊を引き摺っていなかった。
 というのも、静まり返っている苑内では炎灯齊を引き摺る音はうるさすぎて、すぐに宿直の職員が飛んできそうだったからだ。
「ちーよちよちよちよちよちーよ、ちーよちよちよちよちよちーよ、ちーよちよちよちよちよちーよ、ちよちよちーよちよー」
 ならこの歌はいいのかという疑問は残るが、彼にとっての捜索がこれであると言われたら返す言葉がないのである。
「ちーよちよちよちよちよちーよ、ちーよちよちよ……ん」
 丁度エンジが保健室の前を過ぎようとした時、保健室で物音がした。
「えー……と、バンソウコバンソウコ……と」
「なにやってんだお前」
「いやぁ、うちの親分が女子を容赦なくぼっこぼこに流血させやがったんでさぁ……って、帆村ぁ!?」
 振り返る子分とバッチリ目が合った。
 ――一方、部室。
「なんだ、炎灯齊の野郎も来てやがるのか。そりゃ手間が省けて助かるぜェ」
 うつ伏せで倒れるハーレイの背中に腰を下ろし、小太郎は燕尾閃を肩に乗せて言った。
「お前はまた別の手段で追放してやろうと思ってたんだがァ……丁度良かったわ」
 カカカ、と笑いながら小太郎はハーレイの上で皮肉たっぷりの口調で放った。
「うぅ……くそ……」
 ハーレイはうつ伏せになりながらグランドの砂を握りしめ、悔しさの吐息をつく。
「コトダマで呼び出そうと思ってたんだがァ、ちょいとあのチビ女に不慮の事故があってなァ……予定が狂ったんだわ」
 そういって小太郎は鞘のままの燕尾閃をハーレイの肩に振り下ろす。
「ガ、はぁッ……!」
「それにしても、お前……弱いねェ……あくびが出るわ」
 それを眺める千代はバンダナで猿ぐつわをされているので言葉を発することができない。
「んー! んー!」
 しかしその様子を見る限りでは、どうやら怒っているらしい。
 桜色の頬が耳たぶまで真っ赤になっているのでまず間違いないだろう。
「お前さァ、いっつも帆村エンジと一緒にいるみたいだけどよォ……。
 情けなくねーの? いっつもいっつも強い奴に守ってもらっちゃって、いじめっこに守ってもらって満足でちゅか?
 ハーレイきゅん」
 人の心を全力で挑発するようなねっとりとした笑みを浮かべて、小太郎は倒れているハーレイよりもずっと高い位置から見下ろす。
「あんな怪力しか自慢することがねェチビ士の点数稼ぎにわざわざこんなことにクビ突っ込んじゃってよォ……これが傑作っていうのかァ? ヒャァッハァッハァ」
 自分より弱いものを追い込むのが大好物の小太郎はバンバンと上からハーレイの背中を紋刀で叩く。小太郎を魔王と崇める子分たちもつられて下品に笑う。その度に苦痛に顔を歪め、歯を食いしばるハーレイはただただ黙っていた。
「ふん、ここまで言われてもなにも言い返さねェとは……。よっぽど負け犬根性が染みついてやがんだな。
 髪でも黒く染めてくりゃぁまだかわいげもあるってもんなのによ」
 目を堅くつむり、両手の拳を強く握り、ハーレイはじっと耐えた。外国人の血が混じっているということだけで彼が受けた屈辱は計り知れない。
 そして、帝國ではそんな彼の気持ちを分かろうとする人間は限りなく少なかった。
 これが根付いてしまった愚かな鎖国という文化政策。
 これを失策だと唱えるものもいるが、その声はわずかにも国家政府には届かない。
 マスメディアですらそんな者の話に耳を傾けもしない。
 このハーレイのような人間が生き辛い国に息苦しさを感じているのは、ハーレイだけではなかった。
 鎖国により傷ついたのがハーレイであるのならば、紋刀文化によって傷ついた人間もいる。
 傷の舐め合いだと心無い国民に言われても、助け合わなければならない。痛みを知る者同士。戦わなければならない。
 それが、小太郎目がけて真っ直ぐ飛んでくる紋刀・炎灯齊に現れているようだった。
「うおォッ!!」
 上体を後ろへ逸らしてスレスレで炎灯齊を躱した小太郎は、急にした無理な姿勢のせいで体勢を崩した。
 ガァンッ、という岩を砕くような音を鳴らして部室の壁に突き刺さる炎灯齊。その衝撃でコンクリートで作られた外壁は突き刺さった炎灯齊の周りをマジックでなぞるように崩れ、かなりの広範囲までヒビを走らせていた。
「待たせたなあ、物干し!」
 当然、それを小太郎めがけ投げたのはエンジだった。校舎で鉢合わせた小太郎の子分を前に歩かせ、後ろから背中を蹴って急かしながら小太郎たちの前へと現れた。
「【物干し竿】だァ! 待ってるだけでそっちから来てくれるなんて、ピザ屋かよてめェ」
「なんだそりゃ笑えねぇな。おもしれーのはそのおもちゃみたいな紋刀だけにしやがれ」
 エンジは笑っていた。だが、それはおかして笑っているのではない。
 口元こそ笑ってはいるがその眼つきは殺気だっている。額を見れば少し遠目からでも分かるほどに血管を浮かび上がらせている。
 エンジは激怒していた。
「おもちゃみたいな紋刀ァ……? 念のため聞くけどよォ、そりゃこの【物干し竿】のことかァ?」
「それだよそれ。その物干し。それ以外ないだろうが、お前話の流れ読めねぇのか」
 次第に小太郎の表情が凄まじい敵意に染まってゆく。誰が見てもこの二人の戦闘は避けられないのは明らかだ。
「お前のクソを垂らした汚ぇケツをハーレイからどけろ」
「小太郎さーん……こいつボコボコにしてくださいよー!」
 エンジが語るより早いか、エンジの前を歩いていた子分Cが隙を見て小太郎に駆け寄っていった。
「きたねぇ椅子にきたねぇケツを乗せてなにが悪ィンだ!? おォ」
 走り寄ってきた子分を邪魔だとでも言うように紋刀で振り払う。うう……という呻きを上げ子分の横腹にめり込み、その場に彼はうずくまった。実に痛そうだ。
「ヘラヘラ平気な顔で連れてきやがって。腐っても士道生徒だ、このニセ士野郎に一太刀でも入れたんだろうなァ?!」
「う゛ぅ……ずびばぜん……」
「役に立たねェな、ゴミが」
 うずくまる子分を蹴飛ばし、ようやく小太郎は立った。
「鞘は当てねェでいいよなァ? これは死合じゃねェ、一方的な害虫駆除だ!」
 小太郎は足を肩幅より広く踏み縛り、紋刀の柄に右手をかける。
「おい【物干し】、お前忘れてんじゃねーか。千代はちゃんといるんだろうな」
「【物干し竿】だって言ってんだろうがァ!」
 丸腰のエンジに向かって、突進する。抜刀せず、鞘のままでエンジに紋刀を右脇腹目がけて左へ振る。
 しかしそれを余裕を残して軽く躱し、エンジは後ろに飛び退くと壁に突き刺さったままの炎灯齊の上に乗った。
「千代はどこだって言ってんだろ? バカかお前。さすがおもちゃ使い」
 その一言で表情を更に険しく一変させ、明らかに眼光に殺意を宿した。
「……ふん。いいじゃねぇか、これで俺がブチギレてんのとおあいこくらいか?」
 相変わらず笑みを絶やさないものの、小太郎に呼応するようにエンジも殺意に満ちた眼光で小太郎を睨んだ。
「【物干し竿】をおもちゃって言ったなァ……2度もよォ……もう後戻りできねェぞ。帆村エンジィ……!!」
「エンジ!」
 苦痛に顔を歪めながら先ほどまで倒れていたハーレイが立ち上がり叫ぶが、エンジはハーレイをちらりとも見ることはなかった。
「お前離れてろ! 巻き込まれんぞ!」
「……!」
 そう、エンジはハーレイを見なかったのではなく、小太郎から目を離すことが出来なかったのだ。小太郎がいつ飛び掛かって来てもおかしくないほどの闘気を放っていたからである。
「あのチビの女が気になるなら自力で確かめろよ。そこの外国人と同じい~い顔してるけど勘弁しろよ」
 小太郎もエンジだけを睨み、片方の口角だけを上げて挑発するように笑った。
「てめぇ……もしかして千代になんかしたんじゃねーだろうな」
「だから自分で確かめてみろって言ってんだろ、できるもんならなァッ!」
 エンジはゆっくりと炎灯齊から下りるとガリガリと音を立てて炎灯齊を引き抜いた。
 そして、横に一回、縦に一回と埃を振り払うように炎灯齊を振ると、いつものように片手一本で構えた。
「いい根性してんじゃねぇか、この俺を前にして片手持ちとは」
「悪ィな、これがおれのスタイルなんだよ。お前こそおもちゃにそんな大層な構えしやがって、いい性格してんな」
 ピリリッと静電気が指先を焦がすような音張り詰めた空気に走った。
 それは物体から鳴ったものではなく、空気から自然に発生した電撃と思わせるには十分なものだった。
 極限までは張り詰めた場は何人たりとも立ち入れない聖域と変容する。強烈な殺気と敵意のぶつかり合いで、周りの空気の質が変わったのだ。
「3度目だ、帆村ァ。お前、もう死ね」
 小太郎の目の奥で何かが起こった。決意の眼差しは禁じられたある行為へと彼の手を誘う。
「エンジ!」
 その空気にたまらず叫ぶハーレイ。
「離れてろって言ってんだ! 早くしろ!」
 エンジにもその覚悟は伝わり、数秒後には命のやり取りが始まることを直感で確信した。その為、ハーレイがこの場に居ることの危険性を危惧したのだ。
 小太郎はゆっくりと紋刀・燕尾閃の柄を握る。
 既にその眼光は刃よりも鋭くエンジという絶対敵を認め、その命を奪うことに全神経を集中させている。そして、その言葉を噛みしめるように紋句を詠うのだ。
『全てがひれ伏す』

 ガヂャリ
 金属系の開錠音。そして1秒を待たずに苑内アナウンスが彼らのいるグラウンドにも響いた。
『全校生徒のみなさん。ただいま壱年風組 生徒番号16番が抜刀しました。違反抜刀の為、抜刀した生徒の近くにいる生徒は、速やかに距離を取り近くの教師に報告してください。
 抜刀した生徒は危険です。至急離れて、教師に報告してください。
 抜刀した生徒は速やかに納刀すること。繰り返します、全校生徒のみなさん……』
 轟く抜刀警戒アナウンス。それを背に流しながらエンジを睨み続ける小太郎がいた。
「言っておくが、遊びはなしだからな。すぐに殺す。でないと、アラームで他の連中が来ちまうからなァ……」
 シュルシュルと刀身を走らせ、燕尾閃を抜いた。
「これは死合じゃねぇ、士を騙るニセ者を駆逐する一方的な殺戮だ。
 お前を地獄に送ったのはこの佐々木小太郎だ。地獄で閻魔に自慢しやがれ」
 小太郎が語り終えるが早いか、その姿がエンジの目の前から消える。顎から下の風が動いたのに気付き反射的に半身を回して横軸へと移動した。
 
 エンジがその動作の直後、間髪入れずに風を斬る音よりも早く銀色の刃が縦に走った。
(速ぇ……!)
 
 そしてすぐに第二の太刀が来ることが予想された。だがその立ちがどこから来るのか小太郎の動きの速さから予測が出来ない。
「なら……これか!」
 正面に炎灯齊を盾にした。と同時にギンッという音と振動が炎灯齊のあちら側からエンジを襲った。
「ぐっ!」
 しかし、比較的乾いた音だったのが表しているようにその斬撃はまだ軽いほうだった。
 その為、余韻に縛られることなくエンジはすぐに次の行動に移ることができた。
「ぅおらっ!」
 ブォンと風を鳴らして炎灯齊をその場で一回転させ、強制的に小太郎と距離を離し、自分の間合いを守ることに徹するエンジだったが、初めての真剣との戦いに言い知れぬ緊張が隠せないでいた。
「け、鬱陶しい奴だぜ」
 額に一筋の汗を流し、燕尾閃を肩に担ぐように構え、左手で地を抑えて小太郎はエンジの戦法に対する直な感想を詠う。
 
 緊張が全身を走っているのは小太郎も同じ様子だった。
 そう、この死合はお互いにとっての初めての殺し合い。
 初めての命の奪い合いなのだ。
「オラ、千代を返しやがれ」
「け、何度言わせ……」
 巨大な炎灯齊が影を作り小太郎の全身を包んだかと思えば、その影の形どうりに炎灯齊が襲った。
 ドォンと、刀には似つかわしくない轟音と砂煙に小太郎は自ら距離をとり、視界が晴れる場へと飛び退いた。
 炎灯齊が起こした衝撃と砂煙でエンジの姿が確認できずに、周囲の気配に集中しながら小太郎は耳を澄ませた。
 頭上に気配を察知し、反射的に上空を見上げると高く飛んだエンジが今にも炎灯齊を投げつけそうな体勢に入っている。
「嘘だろォ!? うォイ!」
 その光景にさすがに声を漏らす小太郎は高く飛んだエンジには、到底及ばないまでも後方に高く飛び退いた。
 またも轟音を上げてたった今まで小太郎がいた地に炎灯齊が突き刺さる。
「紋刀投げるかよ普通! どんな戦い方だァ!?」
 初めての真剣勝負に、初めて見る戦法。小太郎を戸惑わせるには十分すぎる条件がそろっていた。
 
 しかし、だからといって小太郎の戦意が喪失することなど決してなかった。エンジの戦法に対する対処策を戦いの中で模索する。いくつもの策が浮かんでは消え、次の攻撃が小太郎を襲い、そしてまた小太郎の速い太刀は同じようにエンジに選択を迫る。
 紋刀の形状から見ても、小太郎の一方的な勝利になるかと思われたが、いざ始まってみれば二人の力量は互角のようにも見えた。
 そういった一進一退の攻防が続く。
 しかし、そうこうしている間に教師がこの違反死合を止めにやってくる。
 小太郎はそれまでにはこの勝負を決めたかった。
 それはもちろん小太郎の勝利で、だ。
 燕尾閃は長尺の業物。形状は他の紋刀と比べて急な弧を描いている。持ち主である小太郎はこの刀で戦う術を熟知していた。

「……はっ! ようやく頭が冷えてきたぜェ、俺としたことが初めての殺(や)り合いに本調子じゃなかったらしい……!」
 小太郎は刃を逆に構えてエンジと間を詰める。
 そのスピードは瞬きほどの時間しか要しなかったが、エンジが身をかわすには十分な余裕があった。
「っとと、よく言うぜ! 動きが悪くなってんじゃねぇのか!」
 そういって炎灯齊を軸に大きく体を一回転させて躱す。
 距離を離された小太郎は半月のような形になっている刃の背を釣り針の先をひっかけるように炎灯齊にかけ、くるんと横に小回りすると一瞬で間を再び詰める。
「なっ!」
 予想外の動きに一瞬エンジの体捌きが遅れ、一閃を振る燕尾閃の切っ先がエンジの左胸から肩にかけ制服とエンジの皮膚の皮一枚を斬った。
「オラァ余所見してんなよ!」
 先に冷静さを取り戻した小太郎は厄介だった。
 いくら頑張っても身振りが大きくなってしまう炎灯齊を持つエンジには不利であると例え有段者であっても思うだろう。
「ちぃっ! 仕方ねぇな……!」
「なんだぁ? なんか隠し技でもあんのかァ!? あるんなら出し惜しみしてンじゃねェぞ! さっさと出しとかねぇと……死ぬぜ?」
 小太郎の2連撃、エンジは避けるがまた同じように刃をひっかけ間を詰められ、左手首から肘にかけて服と皮を斬られた。
 傷口は浅いが斬られた胸と腕からは流血している。
 エンジは出来るだけ小太郎と距離を置くと炎灯齊を両手で持ち、構えた。
「ようやく両手かよ! だが悪いが待ってる時間はねェ! 次で決めさせてもらうぜ!」
 追撃しようと距離を詰める小太郎を目の前にエンジは両目をつむった。
「なっ……!? てめェふざけ……」
「刃通力、解放!」
 “刃通力”という単語を聞いて思わず小太郎は追撃しようと踏み込んだ右足を止めた。
 見た目ではなにも変わらないが、明らかになにかエンジの中で変わったことをその卓越したセンスで小太郎は感じ取ったのだ。
「いくぜ佐々木小太郎」
 小太郎が距離を詰めるのを躊躇したのとは逆にエンジはその一歩を大きく踏み込んだ。
 そのスピードは小太郎ほどではないにせよ、先ほどまでとは格段に上がっている。
「な、にィ!!」
 
 炎灯齊の一振りを燕尾閃で辛うじて防御するが、その衝撃で5メートルほど小太郎の体ごと吹き飛ばした。
「なんだ?! なにが起きたっ!」
 エンジのスピードが上がったのではなかった。そしてエンジの力が強くなったわけでもない。
 それはここまで剣を交えたからこそ小太郎が一番よく分かっている。では、エンジの身にどんな変化があったのか。小太郎の行き着いたそれは実にシンプルなものだった。
「炎灯齊の重さが変わったのかァ」
「ビンゴ」
 ただでさえ軽々と扱っていた炎灯齊だったが、その重さがさらに軽くなったとあれば脅威度が単純に増す。人が持つ視感覚というものは、その情報に翻弄されるものだ。いくら頭脳で分かっていても、目で見た情報でついその情報を誤ってしまう。
 小太郎がいくら“あれはでかいけど軽い”と分かっていても、予測する攻撃動作はどうしても遅く思ってしまう。その状態で戦うとどうなるか。
 “実際よりも攻撃動作が速く感じてしまう”のだ。
 しかも、自分の知らない【刃通力】という能力で明らかにエンジは変化した。得体の知れないものに小太郎は無意識下に恐怖し始めていたのだ。
「ぐ……」
 だが、教師たちが駆けつければ今後エンジと小太郎はマークされる。二度と死合が出来ないように苑内では扱われるだろう。
 つまり、エンジを苑から追い出すのにはこの機会しかないのだ。
 そうして、小太郎は一生涯で唯一と言っていい過ちを犯す。
決着を焦り、選択を誤ったのだ。その過ちとは……
「チビ女を出せェ!」
 2人の真剣死合にすっかり圧倒され、出るタイミングを完全に見失っていた子分2人が千代を連れて部室の奥から現れた。
「へ、へい……」
「んー!」
 猿ぐつわをされた千代はエンジに向かって言葉にならない叫びを上げる。
「無事か千代……」
 エンジの目に映った千代は額から血を流していた。
「お前……千代になにした?」
「悪ィなァ帆村ァ!! 俺も今回だけは手段選んでらんねェんだわ! 刃を抜けねェ士を士と認めたとあっちゃァ燕塾の名に傷がつく!
 だがそんなもんはおまけだァ、俺がお前と北川を許したらなによりも大剣豪佐々木小太郎の名が泣くんだよ!
 それがどれだけ卑怯で卑劣な手段だろうとなァ、俺は俺の士道の為にここでお前の息の根を止めなきゃならねェーんだ!!」
「……」
 エンジは傷だらけのハーレイと、頭から血を流す千代を見た。
「千代……ハーレイ……」
「お前は強かったぜ! だけどなァ、お前の強さはあくまで格闘技なんだ!
 斬れねェ刀なんて木刀やバットと一緒、お遊びなんだよ!
 お前のその大層なおもちゃじゃァ誰も守れねェ!」
 小太郎はゆっくりとエンジににじり寄る。
「分かってんだろうなァ……お前、ちょっとでもそのデカブツを動かしてみろ。
 北川ハーレイとチビ女がどんな目に合うか、わっかんねーぞ」
 焦りは人の判断を狂わせる。明らかにこの時の小太郎は焦りに食われたと言っていいだろう。だが、小太郎が焦りに狂えば狂うほどエンジには別の感情が溢れる。
 その感情とは、無力感。
 自分の無力に体が蝕まれてゆく。誰も守れない自分。自分だけが強くても守れないもの。涙こそ出ないものの、エンジの中で無力感が全身を支配しようとしていた。
「ぶはっ!」
 その時だった。千代がされていた猿ぐつわが外れたのだ。つかまっている間、千代はずっと猿ぐつわの結び目を擦り続けていた。それがこのタイミングで報われたのだ。
「えんとーさいさま!」
「千代!」
「なんというお顔をされておられるのですか! 千代は情けのうございます!
 貴方様は三代目炎灯齊なのですよ!? その炎灯齊には誰の魂が入っているのですか!
 それに千代は腐っても士道を志す士でございます! 自分の身が危うかろうとも、誰に守ってもらおうなどと考えたこともございません! それはハーレイ様も同じでございます。それでも千代たちをお守りされようと戯言をお考えならば、敢えて申しましょう!」
 自分の置かれている立場をも鑑みず、気丈に言葉をしたためる千代はただエンジを真っ直ぐに見つめた。
「大した家臣を持ったなァ。勿体ねェわ。大丈夫だ、士道をできねェようにするだけだ命は勘弁してやらァ……」
 小太郎は更に間を詰めると燕尾閃を高く構えた。
「腕一本置いていけェェ!」
 俯いたままのエンジ。脇には地面に突き刺さったままの炎灯齊。
 そして、千代が声の限り叫ぶ。
「えんとーさいさま助けてぇ! 千代をお守りください!!!」

 頭を上げ振りかぶる小太郎を睨みつけるエンジ。
 炎灯齊の柄を両手で握ると、さきほどまでの無力感が嘘のように闘志を漲らせた。
 その目には大きな決意と覚悟を宿していた。
「ああ、良く言った千代。任せとけ、お前は俺が……」
 構わずに燕尾閃を振り下ろす体勢に入る小太郎。
「無駄だァ! 動くと本当に死ぬぜェエエエ!!!!」
『絶対に守る!!』

 

『全校生徒のみなさん。ただいま壱年火組 生徒番号21番が抜刀しました。違反抜刀の為、抜刀した生徒の近くにいる生徒は、速やかに距離を取り近くの教師に報告してください。
 抜刀した生徒は危険です。至急離れて、教師に報告してください。
 抜刀した生徒は速やかに納刀すること。繰り返します、全校生徒のみなさん……』

 細く長い刀身。
 見る者を魅了する真っ赤に光る赤銀色の刃。
 その姿は、鞘に収まっている状態からは誰も想像の出来ない姿だった。鞘に収まっている姿が出刃包丁ならば、抜刀した姿はさながら柳包丁。刃が走った軌道には少し遅れて炎の螺旋が追いかけた。
 その紋刀の銘は『炎灯齊』という。
 十年以上もその刃を抜かれなかった伝承十二本刀・申・炎灯齊である。
 腹から右アバラを斜めに切り裂かれた傷口から血を炎を吹き出し、小太郎はその場で崩れた。
「な……にィ……話が、違……」
 その場にいた誰もがその瞬間なにが起こったのか理解できていなかった。
 しかし、場の中で誰が一番その状態を理解できていなかったかというと、それはエンジ本人であった。
 振りぬいたはずの炎灯齊はなんの重み感じず、握りを滑らせてしまったのかと一瞬誤解したほどだ。
「炎灯齊が抜けた……」
「エンジ……」
『お前には絶対に口に出来ない言葉だ』
  エンジの頭の中で祖父の言葉がよぎった。
 そして、エンジは赤い刃の炎灯齊を眺めて独り言のように呟いた。
「絶対に……守る……?」

【士道ノ四に続く】
#えんぶれむっ

いいなと思ったら応援しよう!