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えんぶれむっ! 士道ノ弐 抜刀拒否!

 

イラスト:島村鰐

さて、――ここは日本帝國。
 皆々様が知ったるかの日本国と似て非なる国。
 
 一つ、この国では廃刀令が敷かれず、現代まで文化として生き残った。
 一つ、この国の刀には、それぞれに紋章が施された日本刀の進化形、紋刀がある。
 一つ、それを用いた武士を現代では【士(さむらい)】という。
 一つ、士同士の闘いを【士道】といい、相撲と並ぶ帝國の国技となっている。

 さて、この【士道】であるが、なにも真剣を用いての闘いではない。
 あくまでスポーツとしての競技であり、紋刀を所有する士が選手になる条件ではあるが、競技で使うのは紋刀を模した刃の無い斬れない刀、【戯刀(ぎとう)】であること。
 これを用いて勝ち負けを決めるこのスポーツ士道を国民は【仕合】と呼ぶ。

 では、紋刀とはなにか?
 なにに使うのか?

 真剣を鞘に納める紋刀は、所有者によって紋も違えば紋句もそれぞれだ。
 人を死に至らしめることの出来るその刀剣は、当然ながら扱いに気を使わなければならない。
 だが、同時に紋刀を扱うのにはそれ相応の技術と知識が必要でもある。

 その条件を満たし、認められたものに配布されるのが、
 【紋刀所持証】
 【紋刀登録証】
 【紋句登録証】
 【抜刀資格証】
 【紋刀帯刀許可証】

 であり、このどれか一つでも欠ければ所持することはかなわない。
 (但し、継紋刀を継いだが士道に入らないものに関しては所持証のみを持つことはできる。)
 これらを取得するために必須とされるのが訓練実績と成績である。

 もうお分かりだろう。
 紋刀を持つために必要となるのが、『士道学苑』の卒業資格なのだ。

 そして、紋刀を持つものだけに許された決闘システム【死合】。
 紋刀を持つ者同士が、鞘を当てることで決闘の意思をシステムに通電。
 紋刀の紋章に組み込まれたGPSやあらゆる最新鋭システムにより、死合意思が近隣拠点に通達、死合の立ち合い資格を持つ周辺の紋刀所持者に連絡が行き、双方が同意で立会人同席の元、抜刀しての斬り合いが出来る。
 【死合】とは、己が起こりを賭けたもの也。命を賭してまで守らねばならない者同志の為のシステムである。
 そう、この【死合】こそが侍の文化を現代にもっとも色濃く反映したシステムなのだ。

 それでは、学苑の外を少し覗いてみよう。

 ガキン

「YO、オメー。今、鞘あてたよな?」
「あー当てたよ!」

 早速のさや当ての現場に遭遇してしまった。

 ここは大東京市。ある都会の一風景である。

 さて、さきほど鞘当てをおこなった若者はどうなったのであろうか。
「イエース!」
「ちょぃーっす!」
 一触即発だと思われたが、二人は急にハイタッチをして握手をした。ここで疑問をお持ちだろう。
 なぜ死合が始まらず、むしろ友好的になっているのか?
 これは、彼らが【戯刀】所持者だからである。【戯刀】は、紋刀に比べると比較的簡単に帯刀することが出来る。
「うぃ~、ちょ! おめ~この“GITOO”、CHOかっこいいじゃん!」
「あ、見つかっちゃった? そうなんだよ『TOHO神姫』の新作でさー。バイトの給料はたいて奮発しちゃったってわけ~」
「マジで~! CHOシブイじゃん! 俺の『NERVOUS』もそろそろ買い替え時かYO」
 あからさまに知能指数の低そうな二人なのはさて置くが、戯刀は特に訓練を必要とせず、3日ほどの講習のみで許可証を取得できる為、若者を中心にファッションの一部として扱われている。
 ガキン
「い~い音でんじゃ~ん」

 というわけで、戯刀を持つ彼らにとって、【鞘当て】は挨拶の一種なのである。

「よぉ~し! それでは横太刀から上段突きを30回×5セット!」
 さらに場所を変えてみよう。今度はある士道道場である。
「はじめ!」
 師範なのか、稽古の先頭に立つ初老の男性。手には戯刀を持っている。
「はっ! はっ! はっはっ!」
 門弟たちが一糸乱れない動きで太刀の素振りを繰り返し、道場にて汗を流している。 
 ……よくよく見てみれば、彼らの持つ刀もまた戯刀であった。
「さあ、もっと気合い入れてやらんと士道学苑には入れんぞ! 立派な士になりたくないのか!?」
「なりたいです!」
「ならばもっと気合いを入れて太刀を振れぇい!」
「はい!!」

 そもそも戯刀の存在意義は、紋刀を持たない……もしくは持つことの出来ない国民の為の法でもある。だがそれは平和志向の高くなった世論を反映させたものであった。実際は士道学苑に通うためのツールとしての役割が大きい。
 士道には紋刀を扱うプロ士道と、戯刀で競技をするアマチュア士道がある。
 紋刀を持つには、このアマチュア士道の経験が必須であり、経験が3年に満たないものには学苑の入苑資格すら与えられないのだ。

 ファッションとしての戯刀、アマ競技としての戯刀、用途はそれぞれだが、ある意味で紋刀よりも使用する幅は広いともいえる。
 お分かりいただけただろうか。
 この国は、刀を所持することは国が許可しているが、それは無差別に人斬りを推進するものではなく、あくまで安全の上に士道精神……士魂を持って生きてほしいというものであるということを。

―――

「その為の鎖国。我が国の誇らしい士道文化を流出させないための、やむを得ない政策なのである!」
「分かったか! お前ら!」
「はい!」
 なので当然、学苑の授業で扱うのも紋刀ではなく戯刀というわけだ。いちいち授業で真剣である紋刀を扱っていては、学ぶ側としても非常に危険であり、命がいくつあっても足りない。生徒にはそれぞれ戯刀が持たされ、抜刀や紋刀の扱いの訓練を行っていた。
「まず、紋句を詠う! 訓練では『仁義抜刀』という紋句を全生徒共通して使用すること! いいな!」
「はい!」

「それじゃ、はじめろ!」
 うむ。よく見ればこの偉そうに檄を飛ばす教師は、あの時の角刈り……角田教師ではないか。

『仁義抜刀!』

 もちろん、生徒達が扱っているのは紋刀ではないのでロックは解除されない。
 ……が、解除した体でまず訓練を行うのだ。

「そうだ、抜刀の勢いを殺さずに構えに入れ! まずは片手前突きの構え!」
「はい!」

 そんな中で、抜刀にまごつく生徒の影があった。

「ちょ……なにやってるんだよエンジ!」
 ハーレイがエンジに小声で注意の声をかける。そう、抜刀練習にまごつく影……それは本作の主人公である帆村エンジであった。
「う、うるせえな!」
 あたふたと刀身を鞘に納めようとするが、上手く鞘に入らない。
 今度は抜刀しようとするが、握り方がおかしいのか前突きの構えへとキレイに以降できない。
「エンジって、僕なんかより士道長いんだろ? こんな初期動作なんで出来ないんだよ!」
 動作を繰り返しながら小声でハーレイがそんなエンジに声をかける。
「……抜刀なんかしたことねぇから、わっかんねーんだよ」
 気まずそうにエンジは答えた。
 
 その回答を聞いてハーレイは妙に納得したのか、一瞬目を見開く。
「……あぁ、なるほど……。完全無欠だと思ってたけど、そういうわけじゃないんだね……」
「う、うっせーよ! 要は真剣勝負で勝てばいいんだろ!? こんな基礎的なもんは俺には……」
「必要ないか~~、お? 帆村」

 エンジの頭上が暗くなる。角田教師の影だった。

「お……おや角田ティーチャー?」
「い~~~~い度胸だねぇ~~~~帆村ぁ~~~?」
 にったりと笑いながらエンジを見下ろす角田教師。
 どうやら先日の佐々木小太郎とのひと悶着を根に持っているようだ。
「ぃよし、基礎訓練を必要としない帆村とやりあいたい奴らはいるかーー?」
 角田教師は生徒に注目させるように手を挙げて、大きな声で言った。
「え~帆村と~?」
「あいつムチャクチャな戦法だからなー」
「絶対けがするからイヤだ」
 様々な方向から声が聞こえ、挙手するのを躊躇する生徒たちを角田教師が片方の眉を下げて見渡している。

「……エンジ?」
 いつもならばここで「てめーらかかってこいやー」とでもいいそうなエンジがおとなしくしているのに気付き、ハーレイは声を掛けた。
「……」
 冷や汗をかくエンジ。それを見て確信したように角田教師はにんまりと笑った。
「いいかぁお前ら! 確かに帆村はベラボーに強い! だがそれはなぁ、あのバカでかい紋刀があってのことだ!
 だが今、お前らが持つのは戯刀! 形状も違えば重さも違う。
 もっと言えば、帆村は抜刀経験がないときたもんだ! さぁ、それでもお前らはこいつにビビるのか!?」

「そ、そんな……先生! それはいくらなんでもヒドいんじゃ」
 ハーレイの声に振り返り、角田教師は優しい笑顔で言う。
「北川……。これは先生なりの愛情なんだ。これから先、いくら炎灯齊を継いでいくとしても、標準形状の戯刀も扱えないようじゃ、士としてはダメじゃないかな?
 これは先生なりの愛なんだ。大事なことだから2回言ったよ」
 それはとてもいい顔だった。
「あ、愛……」
 なんだか上手く言いくるめられたようで釈然としないハーレイは、再度エンジを見る。
「……」
 相変わらずエンジは閉口したままだ。
「そういわれればそうか……あの紋刀さえなけりゃただの人以下ってことか?」
「さっきの基礎練の時も動きおかしかったよな」
「あながち角刈りのいうことが正しいのかも」

「さあ! 遠慮なく闘え帆村! 危なくなったら先生が止めてやるからな!」
 生徒達がエンジに敵意の眼差しを向け、じりじりと歩み寄ってくる。
「せ、先生!」
 にじりよってくる生徒達の足を止めたのはハーレイの一声であった。
「なんだ北川」
 怪訝な顔でハーレイに向き、角田教師が返事をする。一方のハーレイはというと少し思いつめた表情をしていた。
「これは乱戦ですか」
「……そうだな、形でいうならそれに近い」
「だったら……エンジにつくってのもありですよね」
 角田教師が何か言う隙を与えずハーレイはエンジの横に並んだ。

「ハ、ハーレイ」
「言っておくけど、僕は士道の腕にはあまり自信がないんだ。だからどこまで出来るかわからないけど……、友達と一緒に闘うっていうのはワクワクするね」
「言うじゃねーか」
 角田教師が腕を前に突き出し、振り上げる。
「はじめぇ!」
「うぉおおおおおおお!」
 雪崩のように向かってくる生徒達。
「おおっ! まるで乱れ太鼓のようだな」
 角田教師はその光景に満足げであった。
「いくよエンジ!」
「いくぞハーレイ!」

 ……

 …………

 ………………15分後。

「なあんだ、めちゃくちゃ弱いじゃんか」

「こんなにも歯応えないもん?」

「ビビって損したわ、俺。っつかある意味ビビったわ」
 体育館を後にする生徒達はそれぞれぼやいた。そのどれに聞き耳を立ててもエンジに対する失望感を表す内容ばかりだ。
 そうして、次々と去ってゆく生徒達で次第に体育館の様子がはっきりと見えてきた。
「帆村、北川、大丈夫か」
 二人並んで大の字に倒れるエンジとハーレイを角田教師が覗き込む。
「……うっす、大丈夫っす」
「こっちも……大丈夫です」
「そ、そうか……すまんな。ちょっと俺の判断が甘かったようだ」
 てっきり二人の様子を見て清々した表情になるかと予想したが、予想外の展開に角田教師はバツが悪そうな顔をしている。

「保健室連れて行ってやろうか?」
 角田教師のことをよくあるムカつくタイプの教師と思っていたが、どうやら生徒思いの普通の教師だったようだ。心配そうな表情がその人の良い性格を物語っているではないか。
「大丈夫っす。俺らだけで行けるんで」
 頬を腫らしてエンジがもごもごと口を動かして言った。
「……ほら、普通ああいう展開ってよ、なんかこう……もっと、いい戦いすると思うじゃないか」
 言い訳がましく角田教師は自らがけしかけたことについて語る。
 だが……まあ彼が言いたいことも分かる。
「いえ、別に僕はなんとも思ってませんから」
「俺は根に持つっすけど」
「う」
 エンジの釘を刺す一言に角田教師は胸を痛めた。
「とにかく、僕たちは自分でなんとかするんで、先生は戻ってください。心配はいりません」
「わ、わかった。無理するなよ」
 そう言って角田教師は居心地が悪そうにそそくさと体育館を後にした。

「ひっでぇ顔だなハーレイ」
「エンジこそ、よくそれで伝承使いだなんて吹いてるよね」
「お前、すっげぇ弱かったぞ。思ってたよりもずっと」
「よく言うよ。キミなんて開始10秒で戯刀飛ばされてたじゃないか。目を疑ったよ」
 ハーレイがその時の衝撃的な光景を思い返し、痛む頬を緩めた。
「くく……」
「ふふ……」
「はっはっはっはっ!」
「あははははは!」
 二人はそのまま転げながら笑った。痛むはずの体を盛大に転がし、二人とも腹を抱えて、
「なっさけねー! よえー!」
「ほんっと、少しでもキミに憧れた僕の純真な心を返してくれるかな!」
 愉快そうに涙が出るほどに笑った。
 身体はボロボロ、傷だらけ。エンジに至っては大きなたんこぶと、左目には青あざができた。ハーレイは、顔こそ綺麗だが、体中あざや擦り傷だらけだ。

「……じゃあ、やるか」
 ひとしきり笑い転げた後、エンジはパチンと両ももを叩いた。
「……? なにをだい?」
 その言葉が何を意味しているのか分からないハーレイから絆創膏を受け取りエンジは頬に貼る。
「やられたらやり返すんだよ! ったりめぇだろ」
 エンジが先に立ち上がり、ハーレイに手を差し伸べた。
 盛大に敗北した直後とは思えない、にんまりと何か企んでいるようなお馴染みの笑みを浮かべた。
「やり返すなんて……よくないよ」
 ハーレイもいつもの様に自信なさげな顔で返す。返す、が……
「やり返したことがねぇだけだろ。俺が教えてやんよ、やり返し方ってやつをな」
 エンジはあっさりそれを却下すると伸ばした手をもう一度グイ、と差し出した。
「ほら、早くつかまれ」
「まったく、キミってやつは……」
 ハーレイはため息の一つ後に伸ばした手を力強く掴んだ。
「僕を悪者にする気なんだね」
「ああ、大悪党にしてやるよ。ハーレイ!」
 立ち上がったハーレイはもう一度エンジと笑った。

 乱戦から数時間が過ぎた。教室はがやがやといつも通りの喧騒で温度が上がっている。
 ガリガリガリガリガリガリ……
「お、炎灯齊様のおかえりだぜ」
「仕返しとかしないよな?」
「大丈夫だって、授業の一環だし、先生の指示だったんだし。本人たちも了承済みだったろ? あれで仕返しなんてされたら、それこそ狂ってるって」
「だよな」
 ガララ、と大きな音を立ててエンジが教室に戻ってきた。
 顔はバンソウコとガーゼだらけだ。同じような姿のハーレイが遅れて教室に入る。
「……」
 教室は静まり返っている。エンジとハーレイに皆、目が離せないでいる。
「どうしたんだよ、なんか言えよ。気分いいんだろ? 俺らをボコボコに出来て」
「ははは……まいったねエンジ。ボコボコだったもんね」
 はっはっはっ、と乾いた笑いを撒く二人。

「そ、そうだな。まさか炎灯齊様ともあろうお方が伝承刀がなければあんなにダメダメだなんて思ってもみなかったぜ」
 一人の生徒がエンジの誘いに乗って語る。
「あんなに早くダウンするとか、ある意味すげーよな」
 また一人調子に乗る。
「あたしみたいな新紋刀志望の女流士に、伝承使いをやっつけることできるなんて光栄だったわ」
「そうかそうかーはははー」
 エンジは棒読み調で笑う。そのびくともしない感じに生徒達は気持ち悪さを覚えた。
 どこか異様な空気感が漂う教室は何故か一瞬、静寂に包まれる。
『ガチャリ』
 そして唐突に響いた施錠音。生徒達は一斉に音の主へと首を振った。
 そこには教室の片方のドアの前でニッコリと笑うハーレイがいた。
 誰もが「いまの音はなんだ?」と思った。
 何人かの勘のいい生徒が、片方のドアで微笑むハーレイを見て、もう片方のドアに目を移した。
 
 

 教室には二つしかドアがない。後は窓だ。残念ながらここは2階。実質、出入口はこの二つのドアしかない。その二つしかないドアが二人の男によって占領されている。
 何人かの勘のいい生徒の内、さらに勘のいい生徒数人の顔が青ざめてゆく。
「お、おい……帆村……なにするつもりだ……」
「ん、おいハーレイ。なにするつもりだって言ってる奴いるけど」
「あー、そうなの?」
 ハーレイは、腰に差した戯刀を抜くとニッコリ笑った。いつもハーレイをバカにしていた生徒達は、その表情に思わず息をのむ。ゆっくりとドアの前で構えるハーレイ。
「すまないね、ここは死守させてもらうよ」
「ハーレイ、言ってやれ!」
 うすうす状況が掴めてきた生徒と、なにが起こっているかまるで分っていない生徒。
 様々な気持ちの渦が占拠する教室、その空気を割るようにハーレイは一言、大きな声でその言葉を放つ。

「仕返しだ!」
「お前ら、生きて帰れると思うなよ!」
 エンジは炎灯齊をぐるんっ、と一回転させると構えた。
「しょ、正気かよ! 授業だろありゃあ!」
 動転した生徒の一人が叫ぶ。
「士に正気を問うたぁ腐ってんな! 正気な人間が真剣で斬り合えるか!」
「死合う覚悟ないなら今からでも入苑取り消すんだね! ……ただし」
 エンジが目の前の生徒数人を一太刀にて薙ぎ払う。その光景に、女生徒数人が悲鳴を上げた。
「俺たちを突破してからにするんだな!」
 エンジのその一言で教室内はパニックになった。

 意を決めた数人の生徒が戯刀を振りかざしてエンジに襲い掛かる。
「てめぇら、そういやいじめてくれったっけなぁ、お礼しとかねーと……な!」
 巨大な炎灯齊に成す術もなく吹き飛ばされる生徒。その影響で、机やカバンが散乱する。
 もう片方のドアに逃げようとする生徒をハーレイが迎え撃つ。
「悪いね! ここは死守するって言っただろう!」
 ハーレイは苦戦しつつも、応戦する。
「なんだよこいつ、さっきより強ぇぞ!」
 ハーレイの豹変ぶりに戸惑う生徒。
「当然だ。僕は今最高に楽しんでるからね!」
 教室は大乱闘の様相を呈した。
 この混乱の渦にたった二人、笑っている男。
 エンジとハーレイ、二人で掴んだ初の勝利であった。

 町にどっしりと佇む寺があった。
 その寺は築300年を裕に超えており、その町で知らぬものはいない。
 過去の戦争時に負った傷にも耐え、威厳ある風格は来る者に言い知れぬ威圧感と、そして底知れぬ安心感を与えた。
 古く傷ついた柱、幾度も補修を繰り返した瓦屋根。それらは奥に居座る神像の跪き、道を通す。 
 その神像の名は焔慈炎像(ほむらじえんぞう)といった。
 伝えによればそれは、炎を司る戦神であり、全ての敵を一振りの業火によって焼き払ったという。炎が舞う空襲に耐え、尚も100年あまりその場に勇厳に立ちそびえるこの寺は、300年も昔にある僧が【炎殲院】と名付けた。
 そして80年も前に初めて精錬された十二本の刀を託され、現在の三代目でそれは100年目を迎えるであろう。
その刀の名を【伝承十二本刀・申(さる)・炎灯齊】といった。
 それを継ぐ者の名もまた【炎灯齊】と言った。
 つまりこの炎殲院の居間においていびきをかいて眠るこの少年が三代目ということだ。

「坊! 起きなさい!」
 そしてその彼に投げかけれらる怒声にも近い男の声。
「坊! 坊!」
「焼肉……牛丼……肉じゃが……肉肉肉」
「またわかりやすい夢を見ておるな……このガキンチョは」
 一呼吸つくと、男の右手は拳を力いっぱいに結んだ。
「肉……肉じゅうはち……むにゃ」
「起きなさい! 坊!」
『ゴギンッ』
「……ッッてェェエエエエ!!!」
 突然の痛みと衝撃に飛び起きるのは、三代目炎灯齊・帆村エンジ。
 さきほど学苑から帰宅し、そのまま昼寝をしていたのだ。

「なに……すんだよ、爺!」
 真っ赤に腫らした額を両手で押さえ、涙目にながらエンジはゲンコツ制裁を下したの主に叫んだ。
「じゃかましいですぞ、坊! 学苑から戻られてすぐに眠られるとはなにごとですかな?! おぉ?」
 爺と呼ばれた男を見ると、真っ白い髪の毛を坊主にし、頭の毛とは対照的に長く整えたこれまた白髪の髭を蓄えた、槐色(えんじいろ)の袈裟(けさ)を着た年配の男性だった。
「いっつもいっつもうっせーな! 疲れてんだからちょっとくらい眠っても……」
 準備はいいだろうか。……せーの、
 『ゴギン』
「ッッッッッてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええええ」
 再び額を抑えて転げまわる。
「大げさですぞ坊! 埃が舞うので畳の上で転がるのは止めてくれますかな」

「いてぇ~……! 爺、今の音聞いたかよ!? 『ゴギン』だぞ『ゴギン』!!
 ゲンコツでそんな音聞いたことあるかよ!!」
「それはそれは、爺、初めての体験ですな。学友達に自慢してもよいですぞ」
「ほんっとに親子揃ってそっくりだな!」
「照れますぞ」
 さて、ここでエンジが言う【親子】というワードの意味を説明せねばなるまい。
 この年配の男性の名は【神楽 煙宗司(かぐら そうじ)】。
 お分かりになる方もおられるだろう。
 この【神楽】の姓と、発音しない【煙】の字。
 そう、千代の父であり炎殲院の現住職でもある神楽家の当主である。
「……して、坊。千代はどこに行ったのですかな」
「千代ぉ? さぁ、しらねーよ」
せーの
『ゴギンッ!』
「あっきゃああああ!! なんで殴んだなんで!」
「知らないとはどういうことですかな!? うら若きわしのカワイイ娘を知らぬとは!」

「なんだよ! なんで俺があいつと行き帰りしなきゃなんねぇんだよ! 家臣かしんねーけど、一緒に住んでんだから別に問題ないだろうが!」
 涙目で精いっぱい抗うエンジ。
 どうやら“爺”は彼の天敵でもあるらしい。
「よくありませんぞ、坊! 家臣とはいえ、若く美しい少女である我が娘! いつなにがあるか分からないこの世の中において、置いて帰るとは……おや、爺は今上手いこといいましたな」
 胡坐をかいて頭をさすりながらエンジは爺を見上げると恨めしそうに目を釣り上げて言った。
「だったらコトダマすりゃいいじゃねぇか。持ってんだろ護煙丸」
 護煙丸とは、千代が持つ神楽家の継紋刀の銘であり、コトダマとは紋刀の紋に組み込まれた通話ツールの名称である。分かりやすく例えるなら携帯電話が紋刀に内蔵されていると思っていただければよい。
 この世界には携帯電話という概念はなく、戯刀・紋刀に内蔵されているのだ。固定電話はあるので、電話からコトダマに発信することが出来、その逆も然りだ。

「当然、護煙丸は持っているはずだが何度かけても出ないのですじゃ。爺、心配」

「どっかでたこ焼きでも食ってんだろ? ……心配しすぎだって」

 そういいつつもエンジは時計に目をやる。
 (確かに……もう帰ってないとおかしいよな)
「ともかく、爺は心配なのです。とっとと探しに行ってくだされ!」
「ええ~」
「ええじゃない! 早く行く!」
 爺は鬼の形相でエンジに捜索を促し、じゃらじゃらと数珠を鳴らす。
「ちゃんと理解していますかな、坊! 入苑者は入苑式よりひと月は準備期間として普段通り自宅に帰宅し、通苑しますがそれを超えたらそこからは全苑生徒は寮生活になるのですぞ!?
 そんな限られた自宅で過ごせる期間に、あの子が帰らないわけがない」

 エンジは面倒臭そうに膝に掌を乗せ、ゆっくりと立ち上がると不本意そうな溜息を突き、座敷内に漂わせる。
 ガッチャン、と炎灯齊を担ぐと渋々といった様子で爺の前から去っていった。
「……まったく、守らなければならないのは炎灯齊ではなく千代なんですぞ……」
 去ってゆくエンジの背中を見送りながら爺はぼやくように独り言を言った時、じゃら、とまた数珠が鳴った。

 ――一方、ここは学苑内のとある部室。
 分かりやすく現在は使われていない部室で、悪党のアジトにするにはもってこいの物件である。
 さて、それでは悪党のアジトの中に入り、誰が一体悪人なのか様子を窺ってみよう。
「けけけ、こいつ本当に小学生みたいでやんすな!」
「きゃきゃきゃ、嬲り甲斐がありそうでゾクゾクするでゲスよ!」
 部室内に分かりやすい悪党の声がこだまする。分かりやすい展開で非常にありがたい。
 そして、その話し声を追ってみると、紐で縛られた千代が眠っていた。
「これで炎灯齊もバッチリあの世逝きでやんすな!」
「炎灯齊をやっちまった後は、このガキを好きにしてもいいでゲスよな~!」
 悪党の姿を確認してみると、あごがやや発達した子分Aとガリガリで目をキョロキョロさせている子分B。
 どこかで見たことのある顔ではあるが、この後の展開において重要なキャラになることはまず無い顔立ちである。
「あのよォ……無理にキャラ作らねェでいいんだぜお前ら」
 子分ABの後ろで体育マットに跳び箱にもたれかかっている小太郎が二人に呆れたように言った。やはりキャラだったか……。

 現段階で悪役として登場するのは、小太郎以外にないと思った方も多いだろう。ご名答である。
「いや、雰囲気が出ると思いまして……げへへ」
「もういいっちゅうねん!」
 頼んでもないのに続ける漫才に小太郎は、
「……はァ」
 大きくため息をついた。
 邪魔なエンジとハーレイを排除するためとはいえ、本意でない作戦を憂いているのだ。
「っつうか小太郎さん、最初ノリノリだったのになんで急にノリ気じゃないみたいな空気だしてんすか!」
 それを見通したのか子分Aが困ったように言った。
「しばられた小学生を見てると急に罪悪感が沸いてきたんだよ! 悪ィか!」
 小太郎が逆ギレ風味に言うと、その言葉につられて二人がもう一度眠っている千代を見る。
「んまぁ……確かに……」

「せめてイイ女だったら……いや、普通の女でもいい。こいつの外見は俺たちの卑怯心を揺さぶる……」
 なにを言っているのだこの男は。
 
「ん……」

 その時、微かに声を出し、千代が意識を戻した。
 状況が理解出来ずに半目であたりをきょろきょろと見渡す。
 視界に小太郎らを捉えると、一度にっこりと笑った。
「よ、よォ……」
 そして体の自由が聞かないことに気付き、自分の体を見た。
 紐で縛られた自分を見て、千代は少し固まった。
「あの……燕塾八代目……」
「お、おう」
「これ、もしかして私めは攫われたのでございますか?」
「ま、まァそうだな」
「そうですかぁ……」
 にっこり(千代)
 にっこり(小太郎、子分AB)

「まぁああああああああああああ!!!」
 素晴らしかな千代の絶叫(川柳である)
「おおゥい! 口押さえろ口!」
 小太郎の命令に慌てて千代の口封じにゆく子分AB。
「へ、へい!」
「まぁあああああああ……むごっ、もごご!」
 叫ぶ千代の口を押える子分ABの横で、千代の護煙丸が受信を知らせる光を点滅させていた。

―――

「……っかしいな、マジであのチビでねぇぞ……」
 ガリガリと炎灯齊を引き摺りながらエンジは、今日の授業でついたバンソウコを撫でた。

【士道ノ三 へと続く】

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