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『ペトリコール』第十一話

■11

 教室の窓際、一番端の奥。
 通常の机の列よりも大きくはみだし、ひと目でクラスメートに避けられているとわかる席に花菜は座っていた。
 藤本がなにを聞いても花菜は「ここがいいから」と言って譲らない。そうするのがもっとも波風が立たないと経験則で知っていた。
 クスクスと押し殺した笑いが漏れて聞こえる。
 前に森谷が花菜をのけものにするなと一喝したことがあった。だが結局のところなにも変わらなかった。それも知っている。
 クラスでの花菜に対してのいじめが表面化しているかいないかだけの違いだった。決まって花菜に向けられるのは差別的なまなざしと、遠くからの嘲笑、あからさまな仲間外れ。どこに行っても、友達などできるはずがない。
 机には『毒ガス女しね』と彫刻刀で彫られていた。
 そんな扱いに花菜は慣れていた。だが、慣れているのと痛くないとは違う。我慢に慣れているだけで痛みに慣れているわけではないのだ。目に見えなくとも花菜の心は傷ついていた。

 ぼちゃん

 その音に気付いたのは花菜だけだった。
 周りを見回すがクラスメートは誰ひとりその音に反応していない。他には誰も聞こえていない。
 不思議に思いつつ、小テストの空欄を埋めてゆく。
「じゃあ後ろの人から集めてねー」
 プリントを前の児童に回そうとするが、席が離れていて届かない。仕方なく立って持って行こうとすると、「渡辺、授業中に立つなよ!」と男子の声が飛んだ。
「渡辺さん、座ったままでええから」
 藤本がそう言って各列から集めたプリントを受け取る。最後に藤本がここまで回収しにやってきた。
「授業中すみません。藤本先生」
 他の教師が藤本を呼ぶ。
「残りの二〇分は自習にします。くれぐれも騒いだりせんように。ちょっとでも騒ぎ声聞こえたら飛んでくるからね」
 教室に「はーい」と返事の合唱があがる。
 ぴしゃり、と教室のドアが閉まり藤本が去ったことを確認すると、児童たちは声を押し殺しながら、遊びはじめる。

 ぼちゃん、ぼちゃん。

 もう一度左右に頭を振り、その姿を探した。そしてふと窓の外に目をやる。
 花菜が見るのを待っていたかのように、水滴が窓ガラスにぽつぽつと落ち始めた。
「雨……」
 窓ガラスの水滴はすぐに無数の斑点を作り、あっという間に外は灰色の空に変わった。
「わあー雨やぁ!」
「ええー、めっちゃ最悪やん! 雨の日って真っすぐ帰られへんし、誰か迎えにくんの待たなあかんから嫌やねん」
「そんなん雨に文句ばっか言うてたら『あおむし』くるで」
 誰かのその一言に教室中がどっと笑いに包まれた。なにが面白いのかがわからない。
『た~えちゃ~ん、た~えちゃ~ん』
 どこからともなく漂ってきた声に、教室中が静まり返った。
『かわいいねー……わぁ~たしのたぁ~えちゃあ~……ん……隠れてないで……でておいでぇ~……』
 クラス中の児童がとなりや前の席の児童と顔を見合わせ、相手が言っていないことを互いに確認し合っている。
 ふと気配を感じて窓の外から見える運動場に目をやると、中心部にできた大きな水溜まりの上に、『たえちゃん』がじっとこちらを見つめながら佇んでいた。
『タンタン、トンカラリンシャン、テテテのテ♪』
「あ、きたぁ」
 嬉しくなって思わず声を上げてしまった。慌てて口を押えるが、教室は静まり返ったままだ。たえちゃんの歌を聴いて誰もが凍り付いているようだった。
 無理もない。それははっきりとスピーカーから流れた。
 教室中の児童が「今のはなんの放送だ」「誰のいたずらだ」と互いが互いをけん制しあっている。
 なんだか楽しくなって、花菜は歌いたい気分になった。
「守るも攻めるも黒鉄のー 浮かべる城ぞ頼みなるー 浮かべるその城日の本のー皇国の四方を守るべしー真鉄のその艦日の本にー仇なす国を攻めよかし」
「お前、やめろや!」
 男子のひとりが立ち上がるとすかさず両脇の男子も立ち上がった。上官を立てる陸軍将校のようだ。
 連中には構わず、中央付近の席に座る女子に向かって指を差した。
「な、なんなん?」
 指差された女子はキョロキョロと周りを見回した。
「う、うしろ……」
 別の女子がわななきながら指摘し、教室は騒然となった。
 そこには彼女と同じくらいの背丈の、青い頭で手足のない黒い芋虫が佇んでいたのだ。
「わああああっっ!」
 女子の悲鳴が教室中に響き渡り、たちまち教室中パニックとなった。
 児童たちの凄まじい悲鳴に窓ガラスがビリビリと震えている。
『たえちゃん、たえちゃん、あれぇ~? どこに落っことしたのかなぁ……頭』
 たえちゃんに背後に立たれた女子は、腕のない黒焦げた胴体にまとわりつかれ、雨の降る窓の外へ連れ去られた。
「お母さん! 助けてお母さん!」
「先生ぇ! 先生ぇ早く!」
 泣き叫び絶叫が飛び交う教室。次々と児童が窓の外へ連れ攫れてゆく。
 児童達は必死に教室の外へでようとするが、教室の出口の一切が閉め切られて開かない。教師が駆けつけてくる様子もなかった。
 誰もいなくなった教室にはたえちゃんだけと自分だけ残った。
「これでゆっくり遊べるね」
 話しかけると、べちゃっと前のめりに倒れ込み、もぞもぞと蠢いた。
 黒い塊は芋虫のようにすこしずつ前に進む。その姿をじっと見つめた。
 時折覗くまばらに白い布から、黒いのは体の色ではなく煤で汚れているのだとわかった。
 たえちゃんは得体の知れない生き物ではなく、『人間』だ。
「たえちゃんはどうして人間なのにそんな体をしているの」
 腕の根元、足は太ももの途中から先がなかった。手足は真っ黒な炭状になっていた。
 それは――だるま状態の大人の女だった。
『たえちゃん、どこ』

 梨恵とアンジーが学校に駆けつけた頃、校内は騒然としていた。
 保護者たちが詰めかけ、子供を返せ、子供はどこにやったと騒いでいる。
 それを数人の教師が必死でなだめながら、今捜しているから大丈夫だと説明していた。
「藤本先生!」
 藤本の姿を見つけ、叫んだ。
「に、西川さん……」
 目が合った藤本は苦虫を噛み潰したような顔をした。まるで『くるなよ』とでも言いたげな、不快感が露わになった表情だ。とても教師の顔とは思えない。
 だがそんな藤本の顔ですらかわいく思える、強い批難のまなざしが集中する。
「え……?」
 こちらを振り返った保護者達は全員、傘を持った老人だった。
「うちの子供どこやったんや!」
「あんたのせいやぞ!」
「これやからよそ者は嫌やねん!」
 これまで藤本を批難していた老人たちが一斉に責めたて、その迫力を前にたじろぐ。
「あかん、梨恵ちゃん! ここにおったらまずい!」
「けどアンジーさん、花菜が」
「ここにおったかて花菜ちゃんの居場所なんかわからへんって! わかってたらこないに人集まってへんやろ!」
「だけど……!」
「子供を返せアホ、ボケナス!」
「あおむしを呼んでけつかれよって!」
 鳴り止まない罵倒と怒号の嵐。ここにいてはただで済みそうにない。
 じりじりと詰め寄る老人たちを背にして走った。追われることを覚悟していたが誰も追わなかった。
「みんなお年寄りだったんですけど、児童の親なんですか」
「この町で若い奴なんて見たことないわ。久しぶりにきたけど相変わらず不気味やわ」
「若い人がいない町なんて信じられない。さみだれ住宅とたまたま私が見るのがお年寄りばっかりだって……」
「老人と子供だけやて。そんなんほぼ戦時中やな」
「それでアンジーさん、どこへ……」
 単純に老人達から逃げるのに走っただけだと思ったが、校内からでる気配がない。逃げる、というよりは老人たちを撒いただけだ。
「花菜ちゃんはあおむしに連れ去られた。どこにやと思う」
「どこにって……。まさかアンジーさん知ってるんですか!」
「梨恵ちゃんなぁ、質問に質問で返したら話終わらんやん! 一度でもちゃんと答えてもらわんとこっちもトークとしてやなぁ」
「いいから教えてください!」
 まわりくどいと一喝すると、アンジーはなんとも言えない表情を浮かべつつ、頭を掻いた。
「どこにおるかは知らん。それを知ってたら歩はとっくに戻ってきてるはずや」
「それじゃ――」
 問い詰めかけたのを制止し、アンジーは続ける。
「まあ落ち着き。どこにおるかどうかっちゅうのは問題やなくて、どうやって子供を取り戻すんかっちゅう話や。わからんことは本人に訊けばええ」
「本人って、だから花菜は」
「着いたで、ここや」
 言っていることがいまいち解せず、さらに言い募ろうとした時、立ち止まった。
「ここ、プールですよ」
「よじ登って中入るで」
 話している時間がもったいないとばかりにアンジーは柵に飛びついた。
「アンジーさん!」
「この町に住んでたら必然的に子供はこの学校に行くことなる。当然、私もどこになにあるかくらいは知っとるっちゅうわけ」
「いや、だから意味がわかりませんよ! 説明してください」
「したるからとりあえず中入るで!」
 そう言って二メートルほどある柵をよじ登り、その上から手を差し伸べた。
 言いたいことはあるがひとまず大人しく従い、アンジーの手を借りてよじ登った。
「今は雨も止んどるし、なんや言うたかてここがいっちゃん都合ええ」
 柵を乗り越えて奥へすすむと二五メートルのプールが広がった。
 プールサイドに並んで立ち、アンジーはここにきた理由を語りはじめた。
「この学校、プールの授業はないねん。夏場にだって一度だってあらへん。もっと言うとここは絶対に入ったらあかん不可侵聖域ちゅうわけ」
 アンジーの視線を追うと、板で封印された入口があった。板には大きく『禁止』と書かれてある。
「せやのに、えらい綺麗やな」
「確かに……」
 プールの水はきれいだった。
 まもなく夏休みに入る時期。学校のプールが綺麗なのは当然だ。……普通の小学校ならば。だがこの町は水場を嫌う。それゆえ学校にプールはあっても、授業で使うことはない。つまり、年中通して無用の長物なのだ。それなのにプールの水は透き通っている。
 さらにプールサイドには錆びた鉄筒がいくつも転がっている。よく見ればプールの底にもいくつも沈んでいた。
「そもそもこの町の存在そのものが怪しいんや。人も、ものも、なにひとつ確かなものなんてあらへん。ただひとつ、わかってるんはこの町におったら子供が消えるっちゅうことだけ」
 それはわかるがプールにきた説明になっていない。アンジーが何を言いたいのか見えてこなかった。
「梨恵ちゃん、あの歌覚えてる?」
「あの歌って……?」
「『軍艦マーチ』」
 正気を疑った。大人は町の外でも口ずさんではいけないというのに、町の中で歌わずともタイトルを口にしたのだ。
「なに考えてるんですかアンジーさん!」
「子供があいつんところにおるんやったら、こっちから呼んだるんよ」
 そうか。だからプール……子供が集まる小学校の、使われていないプール。ここであおむしを呼んだなら、やってくるのは確実だ。だが――
「そんなの無茶ですよ! そんなことしたらアンジーさんも……」
 あおむしが現れたらなにかわからないが大きな怪我をする。大輔や舞たちの二の舞だ。忌避するならともかく、わざわざ呼びだすだなんて狂気の沙汰だ。
 だがアンジーは「大丈夫や」と力強く言い切った。
「実は私はな、一度あおむしに会うてんねん」
「……え?」
「ええか。梨恵ちゃん、あおむしはな命まで取らへん。あいつは、子供を攫って、それが自分のかどうか確かめるために連れていくねん。それが大人やった場合、連れ去る対象があらへんやろ? せやからな、子供を作る器官……子宮を奪っていきよる。男の場合も変わらへんで、陰茎むしりとっていきよんねん」
 全身の毛が逆立つ感覚。体中の血が騒いでいる。
 脳裏をよぎるひとつの仮説。
 アンジーはあおむしに持って行かれたのではないか。
「梨恵ちゃんの想像は合うてるで。この趣味は地のもんやけどな。嫁もおらんなって、隠す必要なくなったから」
 アンジーは笑った。
 だが梨恵は言葉を失ったままだった。なぜならそれは、大輔と舞になにがあったのかも如実に物語っていたからだった。
 舞の子供好きを思うと胸が焼かれるように苦しい。
「私は子種を奪われて、町から追んだされた。それはたぶん、私がもう『用済み』やからやねん」
「そんな……そんな……!」
「でもやっとこの町と繋がることができた。梨恵ちゃんのおかげな! 歩を奪い返すチャンスをもろたってことや! そのためやったなんでもするで! それに私にはもう奪われるもんはないからな、勝機ありやで」
「じゃあ、あの歌……って」
「せや! ここで歌うて、あおむしを呼ぶんや!」
 頭がおかしくなりそうだった。確かにそれは、自分だけでは絶対に辿り着けなかったひとつの到達点。
 だがそれがどれだけ危険なことか。確かに『本人に訊く』ことには間違いない。
 アンジーのまなざしはまっすぐこちらに向けられている。
『一緒にくるならあんたも覚悟しいや』という意思確認だ。それを決断するもしないも、自分次第――
「私ね、妹が苦手だったんです。子供の頃、私がちゃんと相手してあげなかったせいで妹に大けがさせちゃったことがあって。今でも真麻の腕の傷をみると思い出すんです。だからできるだけ、妹とは距離を置いてきた。真麻が結婚して、花菜を産んで、それでやっとあの時の罪から解放されたと思ったんですよね。だって真麻はもう私の妹、というより花菜のお母さんになったんですから。それで私も忘れられるって――。アンジーさん、花菜ってね、子供の頃の真麻さんにそっくりなんです。声も顔も性格も。そんな花菜がひとりで私のところに来て、ふたりで生活することになるなんて。私が真麻に怪我をさせたのって、あの子が八歳の時……。今の花菜と同じ歳ごろです。やっぱり、私は逃げられないんだなぁって……。だから今度はちゃんと、見てあげなきゃ」
「そおか。花菜ちゃんには梨恵ちゃんしかおらんもんな」
「違いますよ。あの子にはたくさんの味方がいる。真麻や、これから出会う友達とか」
「なんやねん、ええお母さんやんか!」
「おばさんですよ。レンタルお母さん」
 アンジーは盛大に笑った。それに釣られてこちらも笑う。
 そしてひとしきり笑った後で、水の張ったプールに向き合った。
「妹の真麻はなんでもできて、私はなにをやってもダメだった。ずっと真麻にコンプレックスがあって……。でも、あの子が被災したとき、ちょっと気持ち良かったんです。やっとひどい目に遭ってくれた、ざまあみろって。いつしか真麻に怪我させたことも棚に上げて。でも、花菜を見てたら私って、本当にバカだなぁって。恥ずかしいです」
「せやな。そら恥ずいことや。けどまぁ、それがわかったんやったらええんちゃう。あの地震は酷いもんやったなぁ。せやけど、あっちもあっちで何百万人も死んどる戦争の忘れ形見や。ただじゃ済まんで」
「はい」
 ひと呼吸置き、ふたりは一緒に息を吸った。そして、

「タンタン、トンカラリンシャン、テテテのテ♪
 守るも攻めるも黒鉄の
 浮かべる城ぞ頼みなる
 浮かべるその城日の本の
 皇国の四方を守るべし
 真鉄のその艦日の本に
 仇なす国を攻めよかし」

 歌詞は憶えていなかったが、それをフォローするようにアンジーが歌った。梨恵はアンジーについていきながら、わからないところはメロディを口ずさんだ。
「アンジーさん! 見てください!」
 軍艦マーチを一曲歌い終えるころ、異変は訪れた。
 雨の中、プールの中央にだけ土砂降りの雨が水面を叩くように揺れている。
 透き通っていた水は、泥のように灰色に濁り、やがてどす黒く変色してゆく。
「きよったな、あおむし!」
 額に冷たい汗を伝わせ、さらに声を張り上げてアンジーは軍艦マーチを歌い続ける。
 それに呼応するように、プールの中心が隆起してゆく。
「……ひっ」
 それはあおむしの頭頂部分だった。水面からめくれあがるようにせりあがるそれは、思っているよりも巨大だった。。
「反則……やろ、いくらなんでも」
 水面から丸々顔をだしたあおむしは、プールの幅いっぱいの巨大な姿を見せた。プールの深さを無視した巨体を起こし、影が梨恵とアンジーを覆い隠す。
 だが巨大だからこそ細部までよく見える。あおむしの真っ黒な顔は煤で汚れているのではない。片目だけを残し顔面が真っ黒こげになっていた。鼻や耳も焼け落ちている。
『た~えちゃ~ん……かるたあるよぉ……昔話してあげよっかぁア?』
「水の張った面積に比例した大きさで現れるっちゅうことか? んなあほな」
 直後、ビタビタビタビタ、と素足で地を駆け回るような音がふたりの周囲を囲んだ。
 その音に驚いて見回すと、プールサイドが真っ黒な手形や足跡で埋め尽くされている。
 その恐ろしい光景に足がすくみそうになりつつも、一歩踏みだしあおむしに向かって叫んだ。
「お願い! 花菜を返して! 私は……私はどうなってもいいから!」
 ガクガクと足が震え、歯もガチガチと鳴った。自分でもよく声がでたものだと感心する。恐怖と爆発しそうに撥ねる動悸で倒れそうになりながら、それでも懸命にあおむしを睨みつけた。
『たえちゃぁ~……ん、それは泥水……飲め……ないよぉ……』
 熱風で喉が焼けてしまったのか、ガサガサの酷い声であおむしは首だけを回してたえちゃんを捜している。その姿は切なくも痛ましく、哀しかった。
 その声に思わず想像してしまった。
 もしも、花菜がこのまま戻らなければ真麻はこんな風になってしまうのか。
 歩がいなくなった時、アンジーや妻はこんな風だったのか。
 涙が溢れた。
 事情はわからない。手に入れた情報からなんとなく推察するしかない。だが目の前にいる恐ろしい怪物は、悲しいほどに人間だ。人間が、人間らしく、我が子を愛したからこそ、こんなにも悲しい存在になってしまった。……それだけは間違いない。
 誰しも悲しい怪物になってしまうかもしれない。時代などは関係ない。この世に悲しみがある限り、誰もがあおむしになる可能性があるのだ。
 あおむしを目の前にして、恐怖が次第に同情に変わってゆく。これは真麻かもしれない。
 必死で子を捜す母親。寺井が言っていた例の女性がもしも、あおむしだとしたら。
 子を守るために必死で戦火を走り抜けた母親が、首から上のない我が子を見た時にどう思ったのか。
 もしも、あの時、花菜が真麻の目の前で津波に流されたら。
「捜す……捜すから! 私も一緒にたえちゃんを捜すよ! お願い、手伝わせて!」
 アンジーはにやりと口角を上げ、梨恵に続く。
「私も行く! あんたの大事な娘、捜したるから……歩を返せ!」
 あおむしは睨みつけるだけだった。そして、あおむしを睨み返した。
 黒いプールの水の中央が渦を巻き、ふたりを誘っていた。
 ここに飛び込め、ということだと認識する。
 アンジーと顔を見合わせ、うなずき合うとふたりで渦に向けて飛び込んだ。


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