輓近の其 #02

実家に戻ってきて3日目。

刻々と変わっていく街の様子を把握するのには不充分で、何かとルールが多いこの家の仕組みを思い出すのには十二分。
24、5まで一緒に暮らしていたなんて信じがたい。それとも2人になってから余計に2人のルールが増えたんだろうか。何か動けば一言添えられる、いまのわたしの性格に起因する事象が多すぎる。
この2人を客観的に見続けることでしか、わたしはここで正気でいられない気がする。

この3日間連続公演・悲喜劇『おやこ』の娘役を演じるにあたり、この家に辿り着くまでの阪急電車の中で必死の役作りをしたわけだが、その甲斐あってか今度の公演も何一つ抜かりなく乗り切ることができたと思う。

朝も晩も関係なく鳴き続けるエントランスの芝生のコオロギ。
わたし(達)の自室として使っていた部屋のベランダは引き戸が軋んで開けづらかった。

埃だらけのスリッパを軽くはたいてつま先だけで履く。
これまた埃だらけの手すりに指先だけで触れてバランスをとり見下ろせば、頭頂部の白髪が目立つ母が出てきて、ふわっとこちらを見上げる。マスク越しにでも笑っているのがよくわかる。待つのが嫌だからと午前診の終了間際の整骨院に飛び込むらしい。どのみち結果は変わらない気がしたけど咎めるのをやめた。

ではまた来月〜

このなんの確約もない口約束、本当になんの確約もないことを知っているのに、大丈夫だと思ってしまうのはなんなんだろう。明日にでも誰かがいなくなる可能性はあると言うのに。

そろそろ家をでようか、昼過ぎに妹と街で会う。
おはよう、とラインのスタンプが来たので、おはようとスタンプで返したが、返事もなければ既読にもならない。わたしの予定では、このあと二度寝三度寝を繰り返して、13時の待ち合わせに間に合わない、寝起きで電車の向きを間違える、などを踏まえて30分の遅刻をする。となっている。

隣の小部屋で朝からパソコンソフトの将棋に興じている父親は、日中のほとんどをそれで過ごしているらしい。
これではボケてしまうのも時間の問題だなと思う。
とにかくプライドが高くて人に頼れないこの人がボケてしまった時、わたしはそれを受け入れられない気がしている。きっとボケていることもわからず、何度も諭すうちに腹を立てて昔のように拳を振りかざすのだろうな。それすらも逃れられない時の流れによって勢力を弱めてしまっていて、肉体的に女であるわたしにいとも簡単に受け止められてショックを受けるのだろうな。
どう転んでも男であり父であるというプライドを粉砕する未来しか見えない。



遠い昔に思いを馳せつつ、
流した涙で炊いた高野豆腐

理想を溶かしたお味噌汁

粉々のプライドを白ごはんにかけて、
3人で並んで食べる夢。


止まったゼンマイに油を差して、ギリギリと巻き直すのが、年内の仕事かもな。

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