キューバ旅行記(5)~おじいちゃんにお金を払い過ぎた後、美術館で革命の真実を焼き付ける~
ハバナクラブを飲み終えたのは十一時頃で、しかも美術館からすっかり離れていた。
今日は日曜日で十四時までしかやってない。明日は休み。明後日はあまり時間が無い。
実はさっきから歩きながら「美術館に行きたい」と何度も行ってたのに「ノーノー、付いてくるんだ」と言われ続け、少しずつ苛立ちも募ってきていた。
だから小奇麗な通りを離れた後、戻る方向へおじいちゃんが歩き出した時は安堵した。やっと話を聞いてくれるか、と。
おじいちゃんが黒い小さな財布を取り出し、ゲバラの書かれた人民ピソをくれる。さっきもおごってもらい、今も何も言わなければ両替も求められないだろう。
(『地球の歩き方』には見分け方が面倒で、紛らわしい市民向け人民ペソと観光客向けクックの両替詐欺に注意するよう注意書きがあった)
二つの通貨は価値が違う。これだけガイドもしてくれていて、何も出さないのはマズいな。思い切って財布を取り出し、「せっかくだしいくらか払うよ」とおじいちゃんに提案する。
人間感謝の気持ちも、正当な対価を払おうとする姿勢も大事だ。しかし一瞬だけでも、前のめりな気持ちにブレーキをかけ、対価の払い過ぎを疑うのも大事だ。
結局「もう少しでいい、もう少しだけ払ってくれ」と言われている間に、払い過ぎてしまったのだ。言葉が通じないから、向こうからしたら両替のつもりだったのか、ガイド料その他のつもりだったのか、増してや「騙し」のつもりだったのかも正確には分からない。
暑い暑い言いながら歩くおじいちゃん。歩くペースは全く落ちない。カデカ(両替所)が混んでいるのが見える。やがて二階建ての建物に入り、階段を登って野外席へ。モヒートを飲み、サルー!サルー!と何度も乾杯して、ライブを楽しみ魚料理や豆ごはんを食べ、レストランの前でおじいちゃんと別れた。
今振り返れば、どう考えても勢いでおじいちゃんにお金を渡し過ぎたが、彼がいなければ味気ない旅になっていたのも事実だ。朝の「ハマキ」の若者もおじいちゃんも、より庶民の生活の場に引き寄せて、「案内」しようとする。
そこは観光地よりも「革命」に近い空間なのであって、一つの矛盾なのだ。特に暑いと言いながらタフにしたたかにガイドを続けたおじいちゃんは、革命の成果である医療(健康)と教育(知性)の恩恵をフルに使い、観光客から儲けた訳だ。
フィデルはそんなの想定していなかった、と思っているかもしれないが。
時計を見たら三時前。美術館閉館まで一時間ちょっとしかない。公園で道を聞き、速足で美術館へ向かう。割とすぐに着いた。国立美術館。(キューバンアート館)
荷物を預けるのに何故か金がかかる。(が預けねばならないみたいだ)もちろんチケットを買うのにもお金はかかる。白を基調としたハイセンスなパンフレットを渡される。日の当たる広場を抜け、緩い坂を登り、順番に見ていく。漫画のようなチェ・ゲバラの絵。フィデルの顔がいくつも描かれた絵。精巧さは無く、どこか絵本のようで、逆に演説で手を振り上げるフィデルの表情に勢いを与えている。
精巧だと却って共産国にありがちな個人崇拝の絵になってしまう。(本物の)パイプ椅子が並べられ、その先に白黒の聴衆と演説者不在のマイクが描かれている作品。
壁いっぱいにいくつもの漫画風の絵が重ねられ、赤と黄を基調に多様かつ独特の世界観を見せる絵。
嵐の日の、南国の森の絵。角が生えたファシストが角の生えた聴衆に演説する絵。工場に何故か大量のマリオがいる絵……
広い空間にいくつものブース。四階か五階もある。全てをじっくり見れた訳ではないが、キューバ芸術の底知れなさは分かった。太い根(ルーツ)からいくつもの根に分かれ、その根同士がまた集まり太くなり、留まるところを知らず伸びていく。
予測不可能にのびる根っこを、興奮しながら掘り下げていく。ブースや階ごとに年代やジャンルの統一性は無くバラバラだが、それでも上に行くにつれて輪郭が掴めていき、書類に署名する巨大なフィデルの写真が出たところで、一つ、キューバンアートの世界が締まった感じがする。
個性豊かだが無軌道ではなく、革命が描かれているが教条的ではない。正直、この後行った革命博物館(美術館のすぐ近くにある)よりも革命を実感するには良かった。考えるより速く、精神に直接革命が触れてくる、貴重な経験ができるのだ。
ちなみにフラッシュを焚かなければ基本的に撮影可能だ。
美術館を出た後は巨大なスペイン風建築の中にある革命博物館へ行き、サクッと回る。キューバ独立の英雄ホセ・マルティの存在が重視されていると感じる。
米国がキューバに流している反共産キューバ放送「ラジオ・マルティ」を「キューバへのサイコロジカル・ウォー」と表現しているのが目に引いた。
米国は軍事や経済だけでなく、心理戦まで使い、キューバを滅ぼそうとしている。
革命博物館からは、広い庭のようなところに出ることができる。その「庭」こそがグランマ号の展示スペースなのだ。銃を持ち歩く兵士たちに緊張しながらも何枚か写真を撮った。
革命博物館を見終わり、出入り口の段差に腰かける。熱さと刺さるような日差しとカラカラの喉。一度ホテルに帰り、水分補給と休憩をしてから、夕方のお出掛け場所を決めようと思った。(続く)