202X。独裁国家日本。~もっとも生きることを望んでいた友の死①~
日沈み、地下出(いず)る国の反体制機関紙『スキゾちゃんぽん』第五号
※本機関紙を手に入れたラッキーなあなたへ。末尾にあるQRコードを読み込めば、次号以降の配布予定箇所がわかります。しかし! 弾圧回避のため大概場所が変わります。
・生きることを訴えた言葉は無駄だったのか。
学校の玄関の前。テスト前。遠くを走る電車の音。人気の無い午後四時。手鏡をかざして喋る。ちなみに、私の名前は亜美。
「生きてるだけで丸儲けって、よくあなたは言ってたけど、私にはピンと来ないな」
「絵空事だと思ってるんでしょ。この青空を飛ぶように」
左手で上を差しグルグル指を回す。
「そりゃそうだよ。しんどいこともたくさんあるじゃん。勉強、バイト、人間関係、そして……」
指を今度は下に向け、クイックイッと動かす。タップ。
「ほら、あるようでない影に亜美は怯えてるんだよ。亜美だけじゃない。みんなも、いつも怯えてる」
「しょうがないじゃん」
「しょうがなくないよ」
「葵だって本当は、言葉で遊んでるだけなんだよ。前向きなこと言ってれば、これの顔色も伺えるしね」
再び下に向けて指を動かす。
「違うよ。影は自分自身の影だけで十分。亜美。生きてるだけで丸儲けっていうのはね。一番現実的な考え方なんだよ」
「は?」
「例えば亜美。亜美が凄く悪い成績取って、両親とも喧嘩して、学校の友達ともギスギスして、ってなったら、どんな顔になる?」
手鏡の向こうに、目を細め、悲しげな女の子が映る。
「そうだよね。自分なんて駄目だって、なるよね。勉強できて、成績も良くて、親や友達とも上手くいって、そして国営認証アプリのスコアも高くないと自分自身を評価できない。苦しいね。しかも、そこまでやってやっと自分を肯定できるから、まともな行動するまでにいつまでもウジウジするだろうし、何か難しいことにブチあたったら、すぐにヘコんで立ち直れなそう」
「葵は生きやすそうでいいね」
「生きてるだけで私自身を受け入れてるから」
「そっか。じゃあ、葵。私を全てギュッと受け入れてよ。そしたら、その温もりを私自身のものにしていくから」
「分かった」
「何一人で話してるの?」
由紀に呼び止められ、手鏡相手の独り言が中断する。
「葵と、話してた」
「冗談やめてよ」
由紀が詰め寄ってくる。
間近な由紀の顔から、一瞬目を逸らす。
赤いコーンと、黒、黄色、黒、黄色、立ち入り禁止。
三日間行方不明になって、一昨日、飛び降りた、葵の場所。(続く)