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時間割作成、時間割変更
私はかつて、中高の教員でした。教員にならないとあまり知らない教員の仕事として、「時間割作成」と「時間割変更」があります。それについて、少し書きたいと思います。
月曜の1時間目は国語。2時間目は数学。3時間目は体育。4時間目は理科。このような「時間割」というものを、多くの皆さんは経験なさったはずです。担任の先生が、クラスに掲示していたと思います。しかし、あれ、どういうふうに出来ていたと思いますか?あれは、壮大な「詰め将棋」の世界でした。たくさんあるクラスと、たくさんいる教員の都合によって決められていました。そして大学のように「つぎの時間は空き時間なので図書館で勉強。そのつぎの時間はある授業に出る」というふうにはいかず、どの時間も生徒にとってはびっちり埋まっていなければならないものでした。それを年度の終わりから年度の頭にかけて作るのですが、これは大変な作業でした。
まず、配当と言われる、どの教員がどのクラスを担当するか、というのが決まったら、さっそく準備します。(微妙に決まっていない教員がいます。そういうギリギリで雇わねばならない非常勤講師探しは上層部の人間のすることで、私などの知るところではありません。)どういう順番にコマを入れていくかと言いますと、まず、芸術と体育です。とくに体育は条件が厳しいです。グラウンドは2つしかなく、プールは1つしかなく、柔道場も1つしかありません。保健の授業は各クラスで学びますが、それ以外は、グラウンドやプールで行っているのです。当たり前ですが、プールが1つしかないのに、同時に2つの水泳の授業が行われてはいけません。さらに、「2クラス合同で2人の教師が教える水泳の授業」とか、「2つのクラスをそれぞれテニスとバレーボールの2つにわけて、2人の教師が教える」という授業もあります。それらはすべて同時に動かねばなりません。芸術はそこまでではないものの、やはりとても厳しいです。音楽室は2つしかなく、美術室も2つしかありません。同時に3つの美術の授業があってはなりません。また、クラス分けも、高校1年であれば、芸術選択でクラス分けもできますが、高3くらいになりますと、理科や社会の選択でクラス分けをするのが必然になりますので、芸術の選択はバラバラとなり、やはり、いくつものクラスから、音楽、美術、書道にわけて、「再編成」して授業を行うことになりますので、やはり時間割編成の面からみて厳しくなります。また、芸術は、専任の教師よりも、非常勤の講師によって成立している面がありますので、その意味でも、非常勤講師の先生の勤務時間のしばりもあります。したがって、芸術と体育は厳しいので、配当が決まったら、すぐに体育科と芸術科は、独自の時間割案を持ってきます。それでも体育科はときどき矛盾のある時間割案を出してきます。この年度末の時期は、部活の大会の重なる時期でもあり、体育科の先生がたは、そちらでも忙しいのです。そして、芸術科もなるべく先に入れたがりますが(先に入れたもの勝ち)、芸術科のほうがまだ融通が効きます。とにかく芸術と体育にかんしては、いったん入れたものを(どれほど動かしたくなっても)基本的には動かしてはならないというおきてがありました。それでも動かす人は、よほどもののわかったベテランと言えます。
(生徒の、移動につぐ移動を気にする場合もありました。体育のつぎが美術だと、グラウンドから10分の休憩時間で着替えて美術室に行かねばならないというきつさも考慮するということです。ここまで考慮するのは難しい面もありますが。)
つぎに厳しいのが、非常勤講師です。非常勤講師の先生のことを考えると、なるべく遅く学校へ来て、なるべく早く去れるのがよい。ということで、無駄のない時間割にするように心がけます。2時間目から5時間目までびっちり授業が入っていて、それ以外の時間は拘束されないようにするのです。専任の教師は、ときどき空き時間があって休憩できたほうがよかったり、1日にたくさんの授業があるのはきついということになりますが、非常勤講師は逆です。また、非常勤講師は、働ける曜日や時間に限りがあります。他校と掛け持ちしている非常勤講師もいます。その制約のなか、時間割を組まねばなりませんので、「非常勤講師は厳しい」ということになります。これは、単独の授業であれば、同じ時間内で行くクラスをチェンジすることは容易ですので、「非常勤講師はまったく動かしてはならない」ということにはなりません。ただし、週に4回ある授業であれば、その先生には、週に4回は来ていただくことになります(同じ授業は1日のなかで2回はないという前提で)。それで、持ち時間や週に来る回数で、私学共済に加入できるかの条件が変わってきたりもします。また、「ぴったり先生」というのがいたりします。「持ち時間」と「勤務可能時間」がぴったり同じ先生です。これは厳しいです。時間割作成上は、せめて持ち時間の1.5倍の勤務可能時間があることがふさわしいとされていました。しかし、どうしてもそれ以上の時間を空けることのできない非常勤講師の先生もおられます。こうなると、ほんとうに「ぴったり先生」およびそれに近い先生は、優先的に入れないと、あとからでは入らないということがあります。この非常勤講師というのも、優先的に入れねばならないコマでありました。
また、「社会選択」「理科選択」というものもありました。高校2年以上で発生します。理科でいえば、たとえば化学が必修だったとして、40人クラスに、25人の物理選択者と15人の生物選択者がいたとします。そういうクラスが2クラスあったとして、それは、合同で、「物理25人の授業が2つ」と「生物30人(15人+15人)の授業が1つ」に分割されたうえで合同になるのです。これをよく「2から3」と言っていました。2クラスが3クラスになるのです。これは、その2クラスの生徒全員と、担当する教員3人が、すべて同時に動くことになります。教室もひとつ余計に必要になります。選択教室というものを使うことになりますが、この選択教室の同時使用条件も考慮せねばなりません。しかも、理科や社会は、週に何回もあります。これらは非常に厳しいです。優先的に入れねばなりません。しかも、そのたとえば3人の教師のうち1人が非常勤講師であったりすることもあります。そうなるともっと厳しくなります。とにかく、選択社会、選択理科は、優先的に入れる必要があります。
その他、その手の合同授業は優先的に入れる必要があります。英語のネイティブ教師によるティームティーチングとか、国語の探究学習とかがあります。
そして、最後に専任の単独のコマを入れて終わりになります。これで気をつけねばならないのは、週に5回ある授業です。月から土ですが、その6日間で、ほぼ毎日、授業を入れねばならなくなりますので、これも優先的に入れないと入らなくなります。
これで春休みのほとんどの時間が費やされて、ようやく時間割ができます。このほか、考慮せねばならないことを少し書きますね。勤務不能時間です。明らかに勤務不能なのは、たとえば中学の担任を持っていて、高校の授業も持っていて、高校では7時間目があるものの、中学では6時間目までしかなく、6時間目が終わったら担任は「終礼(帰りの会)」をせねばならないため、その教員の7時間目は勤務不可の時間です。そのような、物理的な勤務不可能時間がありました。朝の登校指導をする教員は、1時間目の授業はできない、などもその勤務不可能時間でした。「勤務不能時間」とは言いませんが、各種の「会議」の時間も、授業のできない時間でした。教務部会、進路指導部会、生活指導部会、生徒会顧問団会議、図書部会、入試広報部会、各教科会、その他もろもろです。上に就く教員ほど、出席する会議は多いのでした。授業よりも会議のほうが多い教員もいたものです(教頭など)。そのほか、勤務不可能時間を希望してくる教員がいました。多かったのは、土曜日に授業ができないという教員です。土曜日に部活の引率がひんぱんに入るので、土曜に授業を入れないでほしい、という希望です。しかし、これはなかなか厳しいです。土曜日に授業のできる教員はあまり多くなかったため、土曜日には授業がたくさん入ってしまうのです。しかし、先ほど少し書きました通り、専任の教員には「昼休みをはさまない4時間連続授業はきつい」とか「1日に5時間以上の授業はきつい」とかいう条件もありました。これは個人差が大きいとは思いますが、実際にはこれは考慮されていました。「ある曜日の朝に行われる小テストの採点をその午前中にせねばならないので、午前中に、2時間以上の空き時間が必要」という条件もありました。(そのためには、どの曜日になんの教科の小テストが行われるかの学年での決定が先に決まる必要がありました。)「あるクラスの週に3時間ある授業のすべてが午後にある」というのも考慮すべき事態でした。午後は眠くなる時間であり、「すべて午後」というのは、その授業担当者から苦情がくるレヴェルでした。しかし、時間割とは詰め将棋ですから、かんたんに「はい午前にしましょう」というわけにはいきません(そもそも誰かは午後に授業をせねばなりません)。そのようなわけで、時間割作成というものは、困難を極める詰め将棋で、そして、多くは、個人的希望を皆さん述べているので、人間の感情による調整もたくさんあったのです。この記事で、そういうのもたくさん盛り込もうか、そういう場合に私が受けた数々の理不尽な仕打ちについても書こうかと思いましたが、今回は書かないことにしました。他の学校で、どのように時間割編成をしているのか、知りたいとは思いましたが、私が勤務していた学校では、およそこんな感じでした。
つぎに、「時間割変更」について述べます。これは、1年間の時間割が決まったのち、日常的に起きる、こまごまとした時間割の変更です。
まず、物理的に変更しなければならないような例を挙げます。たとえば、中学1年の宿泊行事の引率をする教員が、他の学年の授業も持っていたとすると、当然、その合宿のあいだは、授業ができないため、それらの授業を、その合宿の前かあとに「変更」して、授業が「減る」ことを防ぐ方法です。同様なケースとして、高校の芸術鑑賞の日に中学の授業を持っている高校の教員、あるいは、高校のマラソン大会の日に中学で授業を持っている高校の教員、などです。もちろん、担任であれば、その行事のほうを優先せねばならないため、中学のほうの授業は、別の日に動かしてもらうことになります。これは、中学の時間割変更担当の教員が気を利かせて先回りするケースもあり、動かしてもらう本人が申し出ねばならないケースもあります(前者のようなケースは「気が利く」と言われ、ポイントが上がるような職場でした。そういう職場ではやっていけないわけです)。私は両方の経験があり、高校のマラソン大会のとき、担任業務もないし、役割はすべて外してもらって、学校に残ったときがありました。高校の職員室にぽつんとひとり座って、1、2回ある中学の授業をするために学校にいたのです(職員室つきの事務職員のかたが、生徒の欠席連絡をマラソン大会の会場に伝える作業をこなしている中)。テスト前に「足りない授業をください」「余った授業をあげます」というのは、時間割変更とは無関係に、当事者の先生のあいだで普通に行われていました。もっとよくありうる本格的な時間割変更は、なんらかの事情で、学校を休まねばならないときでした。その多くは、部活の引率でしたが、もちろん、家庭の事情で休む場合もあり、さきにわかっている欠席であるなら、自分の授業がつぶれないために、他の教員にも迷惑をかけないために、時間割変更をしてもらうのです。もちろん、予告なく入る欠席もあります。体調不良をはじめとするものは、予告して休めるものではありません。そういう場合は、教員がいきなりいなくなるので、代わりに誰か空いている教員が、監督に行きました。事前にわかっている場合は、プリントなどの課題を用意する教員もいました。しかし、事前にはわからないケースでは、ただ生徒に自習をさせるよりありませんでした。とにかく、前からわかっている休みは、あらかじめ時間割変更をして、休む日に授業をなくしてから、他人にも自分にも迷惑をかけずに休むものでした。
私が教員を辞めたのちの話なので、よくわかりませんが、「有休を5日は取れ」というルールができたことがありました。これは非常勤講師にとっては極めて理不尽なルールでした。なぜなら、上述のことと同様に、非常勤講師が休もうとして時間割変更をし、その日の授業をなくすると「出勤の必要なし」ということになって、「休み」にはならないからです。非常勤講師が有休を取るためには、わざわざ授業のある日に、わざわざ自分の授業をつぶして、他人にも迷惑をかけるだけでなく、自分も授業をつぶして損をする(進められるはずの授業を自らつぶすわけですから)という、はなはだ理不尽なことをしないと「有休を取った」ことにならないのでした。定期テストの午後とかに有休を取っている非常勤講師の先生などいたものです(定期テストの日は午前で学校が終わり、午後はないから)。
それから「研究授業」というものもしばしば時間割変更を伴い(その教科の先生全員がそろう時間というと、教科会の時間であることがほとんどであるため、教科会の時間に授業を動かす)、また、授業参観なども、担任の授業が見られるように時間割変更をしたものです。
このスキルは、なかなか役に立たないものです。ソフトでやろうとした時期もありましたが、だいたいソフトが考えるよりも人間が考えたほうがよい時間割になりますし、だいたい、先ほども書きました通り、時間割というものは、詰め将棋の要素以上に、人間の希望で決まっているところがあるので、ソフトにはそぐわないのではないかと思われるからです。時間割で、担当者別のところを入力すると、自動的にクラス別の時間割が作られるというマクロもありました。あれは皆さんありがたがって使っていましたが、いまの私なら、もっと高性能なマクロが作れると思います。もう職場を辞めることが決まっていますが、あいつらよりよほど高性能な時間割マクロを、障害者福祉の就労移行支援事業所で、つくってやろうと思っているこのごろです。