#2 い:居酒屋
暖簾をくぐる。待ち合わせ、5分前。問題ない。
「すみません、20時から2名で予約してる佐藤です」「あ、佐藤さんですね〜。こちらです」
「ありがとうございます。」
店員さんに言われた方向へ向かう。すると待ち合わせ相手はもうすでに先に着いていた。
「あら、もう先に着いてたのね。」
「いつも君を待たせてらんないでしょ」
「そんなのなんのカッコつけにもならないからお互い様でいきましょう。」
「とかいって、いつも遠慮するのは君じゃないか。」
「そんなことない。」そう言って席についてはメニューを頼んだ。お酒はハイボール。彼はジントニック。
「第一、私はいつもぼーっとしてて鈍臭いのよ。いつも迷惑かけてしまってるのだから、なるべく事前に準備できることはしておきたいの。」
「何も考えてなさそうな顔で強い眼差しを持っている。だからこそ君で、だからこそ君がいいんだよ。」
「ありがとう。私はいつも情けないけどね。」
「自分を思う時、真面目に根気にでしかいれなかった自分がいつも悔しいの」
「私は私でいれたかな」ついつい、彼の前だと弱い私がもれだす。
「君は十分に素直だよ。君は君の気持ちを持ってるよ。だから信じるものを信じるんだ。諦めたくないものを諦めないんだ」
「うん。そうだよね。多分。自分は自分であったと、信じたい。でもどうしても懐疑なものが現れるの。すごく悔しい。」
「もう十分だよ。ずっと、ずっとその悔しさに向き合って闘ってきたのに。君はもうその悔しさを抱える必要ないんだよ。もう十二分に闘った。だから、バカやってほしいんだ。わがままが聞きたいんだ。君ほど優しい人はいないからね。お願いだから、潰さないでほしいんだ。僕にとっても大切な花だから。」
「ごめんなさい。素直になるわ、バカやるわ、バカになって、バカになって、どこまでも自分でいるわ。」
「そういえばハイボール。知ってる?これ、あなたがよく飲んでたから、私が初めて手に取ったお酒。初めはだいぶキツくて苦くも感じたんだけど、何よりいつも見ていた同じものを飲めたことが嬉しかったのよね。」
「そうだったね。ほんと君はいつも無茶するんだから。女の子のおすすめを教えたじゃないか。」そういって彼は笑いながらずっとどこかもわからないところを見つめていた。いつも彼は明日の方向を見ている。そんな無本邦さが羨ましくて私はちょっとムッとしてしまった。
「女だ男だいう分け方好きじゃないのよね!私はそうある前に人間だわ!人間としてのおすすめを出しなさいよ!」
「ハイボール。」そう一瞬の間もなく答えた彼。
悔しい。結局羨ましくてちょっとムカつくことがあっても、君が紡ぐ一つ一つの言葉に負ける。
「それに、ジントニック。」
「ジントニック?なんで??」私は尋ねた。
「覚えてない?ジントニックってバー毎に味の違いが出やすくてそこのバーテンダーの腕が試される、って、君が教えてくれてから何だかハマってしまって。」
「…ずるい。」思わず口に出してしまった。
いつもいつも彼の弱いところは1ミリも見えない。
「ずるいって。そんなに興味そそる物言いする君の方がずるいでしょ。」そうやって彼は無邪気そうに微笑んだ。
グラスに氷が当たる音が響く。
「なんで僕がこんなに君に言葉を捧ぐかわかる?君はずるいんだよ。逃げようとするんだ。姿をくらまそうとするんだ。「私には何もない」といって、勝手に僕の目の前から消え去ろうとするんだ。そんなことされたら、僕の半分が消えてしまうじゃないか…そんなの、許せないんだよ。」
こんなに殺気迫る彼は初めて見た。これほどにもない「私には価値がある」という文句だろう。
お酒がなくなった。これは酔ってるほてりだろうか。
「はっきり言わないと君には伝わらないからいうよ?君は僕にとって美しさの塊なんだ。美しさそのものなんだ。君がなんと言おうと関係ない。お願いだから僕を信じるなら君は美しいということも信じてくれ。」
「わかった。刻む。私は君を信じる。私は美しいと信じる。過去の私が何度私を醜いと決めつけてきても、私は君を信じるから私は美しいと信じるわ。」
「ありがとう。」
そうして居酒屋をあとにした。
それから2年。
私たちの立場は逆転していた。
それでも私たちは私たちのままで、新たなのれんをあげようとしていた。
「誓いのキスをーー。」
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