自分で食事をつくって食べること
自炊が好きです。
趣味はなんですか?と聞かれると、そう答えています。「料理」ではなく「自炊」。私はこの二つを似て非なるものと捉えています。日本国語大辞典によると、こう。
「料理」と「自炊」の本質は別の部分にあります。辞書にも書かれている通り、「料理」は口に合うように加工すること、つまり美味しく食べられるようにすることがゴールであるのに対して、「自炊」は自分でつくって食べること、その生活そのものが目的なのです。
自炊を始めたばかりの人が挫折してしまう原因の一つに、「料理」家のレシピを見て、えっこんなに頑張るの…?となってしまう、というのがある思います。「料理」と「自炊」は目指すゴールが違い、得られる喜びが違う。その違いに気づかないまま、“調理する”という共通点のみによって同列に語られるから、期待値ギャップが発生するのです。
それにしても辞書に書かれた「自炊」の意味よ。
なんて美しい響きなのか…。私は「自炊」が好きです。私なりの「自炊」の好きなところをお伝えします。
世界と自分の調和をとる
自炊の最もおもしろい部分は、進行形であり完成がないところです。
「料理」は、ある種ウォーターフォール的なプロジェクトと捉えられがちだと思います。材料を買い揃えて、分量を図り、手順通りに作業を行なって、完成させる。これは一般的にレシピがそのようなフォーマットで書かれているからで、毎日の食事においても一食ごとを「完成」と捉えることはできるかもしれません。
しかし私は「自炊」をもっと継続的でフレキシブルな、アドリブ性の高い活動と捉えています。
いま冷蔵庫にあるものに、何の素材を買い足したら何ができるのか?昨日の残りのおかずに合う献立は何か?今日もうめちゃくちゃ眠いけど何だったら作れる?超寒いからあったかいもの食べたいんだけど?
貯蔵食材、気温、胃の調子、お財布事情、旬の野菜、特売のお肉、今日の気分、明日の予定、あすけんの女による栄養素の推薦…… さまざまな要素をのりこなして、その時々のハーモニーを楽しむ。これはもはや世界と私のセッションなわけですよ。毎日変わるリズムに自分なりのニュアンスをこめてアドリブかましていく。これがハマると最高に楽しい。失敗してもいいの、食べるの自分だから。
これこそが自炊の醍醐味であり、わたしが「つくおき」よりも、アドリブ性の高いその日その時の「自炊」を愛している一番の理由です。
ふつうに一番おいしい
これは自炊を10年やった今やっと言えることかもしれませんが、「自炊」は一番おいしいです。
いえ、決して10年やったら料理上手になったとかではありません。かつて私も、自分の作ったごはんを食べながら(これ一生食べるのは…キツイな…)と思い悩んだことがありました。
思えばその頃のわたしは、正解を知らない味を目指していた。つまりレシピに書かれたものをそのまま作ってみるものの、それが合っているかわからなかったんです。当然です、食べたことないレシピ作ってるんだから。
転機が訪れたのは料理研究家 有元葉子さんの本を読んだことでした。そのレシピ…と呼んでいいのか、とにかく料理の指南書には
と書かれていました。
美味しいと思うくらいまで塩をかける!!!!!衝撃的でした。それまでの私はといえば、レシピを完全再現さえできれば美味しくなる、美味しくないのは何か間違えているからだ、と思っていたんです。
でも違う。人にはそれぞれの味覚があって、それぞれ美味しいと思う塩加減がある。まして季節で味の変わる素材、火加減による味の浸透率もろもろ、それらに対応している、いつでも美味しい万能のレシピなんてないのです。
「自炊」の味の正解は自分で決めていい。それを知ってからというもの、自分の正解を探す方法をコツコツ練習し、今では自分が作ったごはんが一番おいしいと思っています。だって自分が一番好きな味してるもん。
明日の自分を動かす
自立を感じる瞬間は人によって様々だと思います。学校を卒業した時。初任給をもらった時。一人暮らしを始めた時。中でも「自炊」によって得られる自己肯定感は、独特のものだと感じています。ちゃんと生活ができている、という肯定感以上のもの。
私は「自炊」をすると、自分を生かしている、という感覚になります。この船を漕いでいるのは間違いなく私です!というか。この船のオール誰にも任せてません!というか。
自分でつくって、自分で食べる。食べたものがエネルギーになって、明日の自分を生かす。私はもしかしたら「自炊」で仕事よりも達成感を得ているかもしれないです。お金はあくまで交換券だけど、食事は栄養で、直でそのまま明日の自分を動かすから。どんなに簡素なものでも自炊をすると、少し自分を肯定できる気がするのです。
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「自炊」の好きなところを自分なりに考えてみましたが…。好きなものを人に勧めるのって難しい。全然共感してもらえる気がしないです。全世界の「自炊」ラバーの方が「自炊」のどんなところを愛しているのか気になってきました。
ともあれ今日も淡々と、「自分で食事をつくって食べること。また、そのようにしてする生活。」を続けていこうと思います。