ミュージシャンのためのリズム教科書 リズムの不思議を紐解く新理論〈2ベクトル理論〉
はじめに
「リズムってのはスゴいもんだ!」
ローリングストーンズのギタリスト、キース・リチャーズの言葉である。名ドラマー、スティーヴ・ジョーダンとの対談の中で、世界中のファンを最高のリフで踊らせ続ける彼は、こう続ける。
「俺はドラマーを”見ない”、”そこ”にいるのは分かっているからね。とにかくビートをよこせばいいんだ、考える必要なんか無いのさ」
・・・なんて偉そうなんだ! ドラムを始めたばかりの、当時10代だった私は思ったわけだが(笑)、同時に何か凄く大切なことを言っているように思えた。それが何かを知りたくて、考えに考えた。考える必要なんか無いと言われたことを、真剣に悩んだ。
それから研究を重ねて10年、私は遂に辿り着いた。「リズムの不思議」を紐解く方法、そして彼の言葉に隠された真実に・・・。
ミュージシャンなら誰しも通る道であろう。リズムキープに悩んだり、世界のトッププレーヤーやトップオーケストラ、黒人独特のリズム感などに憧れ、真似をしてみたり。しかし同じ曲を同じように演奏しているはずなのに、聴き比べると何かが違う。あの「イイ感じ」な演奏にならない。その違いが分からず、やってもやっても上手くいかず、「彼らは天才だから」「流れている血が違うから」と諦めてしまう。
本書は、今まで「グルーヴ感」や「ノリ」いう言葉で曖昧にされてきたリズムの不思議を、〈2ベクトル理論〉という独自の理論によって、誰でも簡単に理解し、体得できるよう解説していく本である。
私は音楽専門学校で、ドラム専攻とバンドアンサンブルの講師をしているのだが、先日教え子からこんなお願いがあった。
「先生の理論をいつでも復習できるように、本を書いてほしい!」
こんなことを言われてしまっては書くしかない。教え子たちのように、真剣に音楽と向き合っているあなたが本書を読み、音楽の面白さを再発見してもらえたら幸いである。
※noteで無料公開するにあたり、解説動画を一新した。ドラム向けの動画になってはいるが、身体の使い方等はどの楽器にもそのまま流用できるので、ぜひご覧いただきたい。
第1章 リズムの捉え方〈2ベクトル理論〉
1−1 リズム感の違い=身体の動かし方の違い
私がリズムについて深く考えるようになったのは、10代の頃に出会ったソウルミュージックがきっかけだ。モータウンビートに心奪われ、あのリズム感、勝手に身体が動いてしまうあの気持ち良さを再現したい! と強く思ったものだ。
しかし同じように演奏してみても、全く違うものになってしまう。とてもシンプルなパターンで比べてみても、明らかに何かが違う。曲に合わせて演奏しても、一緒に演奏している感覚にならず、置いていかれる感じさえある。どっしりとした安定感がありながらスピード感もある、あの「イイ感じ」な演奏にならないのだ。私と同じように、黒人独特のリズム感に憧れを抱き、再現を試みた人も多いであろう。
何が違うのか・・・単純に下手なだけ? テクニックが身につけば再現できるのか? いや、それならば再現している人は大勢いるはずだが・・・。
周りの人に相談してみても、「日本人はリズム感が悪いから」「流れている血が違うから」「そもそも骨格が違う」など、根本的に無理だという意見がほとんどだった。
・・・本当にそうだろうか?
人種が違えば、確かに身体の作りは違う。筋肉の付き方、関節の可動域、骨格も確かに違う。しかし人種が違うからといって、関節が真逆に曲がったり、指が1本多かったりはしない。皆同じ「人間」であって、基本的な構造は変わらないのだ。
ソウルにハマっていた頃、70〜80年代ロックもよく聴いていた。お気に入りはTOTOのドラマー、ジェフ・ポーカロ。彼のドラムからはソウルの影響が垣間見えた。彼は白人だが、私は彼の演奏から、黒人独特のリズム感に近いものを感じていたのである。
やはり人種による違いは無いのでは? この疑問を解消すべく、演奏を比較、検証することにした。
当時は自分の耳が正確か不安だったので、より良い検証方法を考えてみた。その結果、同じ曲の演奏を、人種別に比較するのが良いと判断した。この方法なら違いも把握しやすい。セッション曲や、多くカバーされている曲を、1つずつ検証していった。数多くのミュージシャンを聴き比べていくと、白人か黒人か分からない演奏もある。顔写真を見て驚くことも多かった。中には、日本人のようなリズム感で演奏している黒人だっているのだ。
検証の結果・・・リズム感は生まれた環境が多少影響はするものの、人種や血統で決まるものではない! という結論に達した。
では何が違うのか? 私はもっと根本的なところから考えてみることにした。
・・・音とは何か?
音とは空気の振動であり、物体と物体が接触したときに生じる物理的な結果だ。ということは、音が出るまでの過程、物体と物体が接触するまでの過程が同じであれば、同じ音が出るということになる。ならばその過程を世界のトッププレーヤーと同じにできれば、誰でも再現は可能であると言える。演奏を再現できないということは、音が出るまでの過程、つまり身体の動かし方に違いがあるということに、私は気がついた。
では身体をどう動かしたら良いのだろうか? そのヒントは目の前にあったのだ。
1−2 リズムの鍵は日常生活にある
リズム感の違いは人種や血統によるものではなく、身体の動かし方にある。ではどう動かせば良いだろうか?
そこであのキース・リチャーズの言葉がヒントになった。「考える必要なんか無いのさ」
世界中のファンを最高のリフで踊らせ続ける彼は、考えなくても気持ちの良いリズムを刻むことができる。無意識でできているというわけだ。我々はそれができないとするなら、こういう結論になる。
彼と我々では、日常生活レベルで身体の動かし方が違う!
人は立ったり座ったり、歩いたり走ったりを、無意識に行うことができる。「立とう」「歩こう」と、その都度考えながら行動しているわけではない。考える前に行動していることも多いだろう。その無意識で行っている普段の生活から、違いが出ているのだ。
では日常生活の中で、リズムに最も影響のあるものはどれだろうか? 誰もが普段、リズムを刻むように行っているものだ
・・・そう、それは「歩行」である。
人は意識せずとも、一定の速度で歩くことができる。普段から無意識にリズムキープをしているのだ。自然に歩いているように演奏できれば、リズムキープはできる。これは音楽教育の現場では、当たり前のように言われることでもある。
その「歩き方」に大きな違いがあり、リズム感に影響を及ぼしているのではないか?
そう思った私は、早速検証を始めた。腕の振り方、足の運び方、カウントをするタイミング・・・歩くだけでも比較できる要素は多い。そもそも全員同じ方が不思議だと言える。
検証の結果・・・推測の通り、歩き方が決定的に違うからこそ、リズム感に差が生まれることが分かったのだ! つまり世界のトッププレーヤーたちは、リズムキープの仕方が根本的に違うのだ。歩き方を変えれば、表現されるリズムもまた変わっていくのである。
私はこのリズムキープの違いを、誰でも簡単に見分けられるよう、理論化しようと思い立った。そして完成したのが〈2ベクトル理論〉である。研究を始めてから10年が経過していたが、その分強固な理論に仕上がった。次項からその2ベクトル理論について、詳しく解説していこう。
・・・だがその前に、まずは今のあなたの歩き方で、しっかりリズムキープができるようになろう。その方が2ベクトル理論も理解しやすくなる。
自然に歩くように演奏するには、実際に歩いてみるのが良い。歩きながら1、2、3、4、とカウントをしたり、フレーズを歌ったりしてみる。クリック(メトロノーム)を使いながら行うとさらに効果的だ。リズムを身体で取ろうとせず、自然に歩いている状態をキープしよう。
リズムキープが苦手な人は、演奏をするときに、「演奏をするために身につけた」リズムの取り方をしてしまう。一生懸命、首や足を小刻みに動かしている人をよく見かけるが、それは無駄に力も入るし逆効果だ。もっと自然に、歩いているときと同じイメージでリズムを取り、演奏しよう。
この練習は、楽器を持って何時間もクリック練習するより遥かに効果的だ。カウントもフレーズも、声に出して歌うと身体に入りやすい。散歩しながらリズムキープ、気分転換にもなるし、テンポを上げれば運動不足も解消できて、一石二鳥である。
1−3 2ベクトル理論とは?
では2ベクトル理論を解説していこう。ベクトルとは、方向と大きさを表すものである。ベクトルは矢印で表され、矢の向きがベクトルの方向、矢の長さがベクトルの大きさを表す。
まずリズムは、「⬇」のベクトルと「⬆」のベクトル、たったの2種類で表すことが出来る。この2つのうち、各々がどちらのベクトルでリズムを捉えているかを見分け、使っていないベクトルを体得し、最終的に使い分ける方法をまとめたものが、2ベクトル理論である。
2ベクトル理論では、矢の向きは力のかかる方向、矢の長さは力の大きさと定義している。力の大きさは、身体を動かす速度が上がれば必然的に大きくなる(同じテンポで同じフレーズを演奏したときに速度差が生じる)。つまり身体を動かす速度=ベクトルの長さ、ということでもある。
ベクトルの方向、長さを把握することで、今まで説明できなかったリズムの不思議は、すべて解決する。もうグルーヴ感やノリという曖昧な言葉に惑わされることもない。2ベクトル理論を使って、歩き方の違いから、まずはベクトルの方向を検証してみよう。
あなたがどのように歩いているか、どのようにリズムを捉えているか確認する方法を紹介する。その方法は・・・「よっこいしょ診断」だ。このよっこいしょ診断、名前はかわいいが、2ベクトル理論の重要な鍵である。
やり方は至って簡単だ。歩きながら「よっこいしょ、どっこいしょ」と言うだけ。足音を4分音符として、8分音符で「よっこいしょ」と言おう(「こい」が裏拍になる)。すると「よっこいしょ」と自然に言える人と、言えない人(リズムが崩れたり、言い辛くて不自然な言い方になる)に分かれる。
「よっこいしょ」と言える人
一般的な歩き方。日本人のほとんどがこの歩き方で、「振り下ろしから着地」でリズムを取っている。ベクトルは「⬇」に向いている、つまり上から下に力がかかる。前に出した足が、着地をするごとにカウントをする。前に出した足を下ろして1、下ろして2と、上から下に向かってリズムを取る。着地がゴール地点のイメージ。
上から下に、押すようにリズムを取るので、2ベクトル理論ではこれを「⬇押し」のリズムと呼ぶ。
「よっこいしょ」と言えない人
「着地から振り上げ」でリズムを取る人たち。ベクトルは「⬆」に向いている、つまり下から上に力がかかる。前に出した足の着地でカウントをするのは同じだが、ここがスタート地点。カウントをする着地は意識せず、後ろにある足の振り上げを意識する。振り上げと同時にカウントをするイメージ。1振り上げ、2振り上げと、下から上に向かってリズムを取っている。
下から上に、引くようにリズムを取るので、これを「⬆引き」のリズムと呼ぶ。
「⬇押し」のリズムと「⬆引き」のリズム、この違いが演奏に決定的な違いを生む。所謂日本人らしいリズム感は、押しのリズムで演奏されている。逆に黒人らしいと言われるリズム感は、引きのリズムで演奏されているのだ。
歩き姿を見比べても、何の違いも無いように見える。しかしそこには確実に違いがあり、演奏における全ての動作、リズムに影響を与えているのだ。
1−4 アンサンブルのキモは「音価」
歩き方によるリズムの違いを確認できたら、次はあなたの演奏がどうなっているか確認してみよう。演奏を録音して、それに合わせて「よっこいしょ、どっこいしょ」と言ってみる。ほとんどの場合、歩き方と同じベクトルで演奏していることに気づくはずだ(稀に歩き方と演奏が別物になっている人がいるが、楽器を教わった環境などが影響している。師匠が「引き」であれば、演奏だけ引きになりもするし、その逆もある。)
同じように、お気に入りの曲が「⬇押し」のリズムか「⬆引き」のリズムか判別できる。よっこいしょ診断を色々な曲で試してみよう。
バンドメンバーの中で、押し引きに違いがあることも多い。その場合は少し判断が難しい。特にボーカルが押しのリズムの場合、バンド全体が押しのリズムに聞こえやすくなる。ボーカルの影響力は絶大なのだ。楽器ごとに分けて聴くようにすると良い。
例えばビートルズは、ベースのポール・マッカートニーだけ押しのリズム。ベースに対しては「よっこいしょ」と言えるが、他の楽器に対しては言えない。ベースが重く聞こえるのはこれのせいだ。
ローリングストーンズは、ボーカルのミック・ジャガーだけ押しのリズム。イントロは全員がばっちり合っているが、ボーカルが入ると少しドタバタした感じに聞こえてくる。
バンドのキャラクターはこうして出来上がる。「⬇押し」「⬆引き」の違いが分かれば、本人の再現も可能になるのだ。
ちなみに機械的な打ち込みの曲は、引きのリズムで捉えることができる。つまりジャストビートは、引きのリズムでないと再現できないのだ。ちなみに自然界の動物たちも、私が確認したものは全て引きのリズムであった。引きのリズムは正確なリズムであり、より自然なリズムであるとも言える。
何故ジャストビートは、押しのリズムでは捉えられないのか? それは音価(音の長さ)に差が出るからだ。押しのリズムのように着地をゴール地点にしてしまうと、そこで流れが止まってしまう。次の拍の準備に「間」ができてしまうのだ。この間のせいで次の拍が遅れがちになる。これを解消しようと、ほとんどの人が裏拍にメモリを付ける。振り下ろして1、振り上げてand(裏拍)、振り下ろして2、振り上げてand(裏拍)、という具合に。こうするとテンポの安定感は増すが、間は解消されず、音価は途端に短くなる。
このことから、押しのリズムはクリックに合わせても適切な音価にはならず、窮屈なテンポ感で演奏していることになる。
逆に引きのリズムは着地がスタート地点なので、流れは止まらない。着地から身体が動き始めるので、間は存在せず、次の拍も遅れにくい。1振り上げ、そのまま止まることなく2振り上げと、裏拍にメモリも存在しない。つまり振り上げで音価を計りながら演奏できるので、音価が短くなりにくいのだ。
引きのリズムは、感覚的にはペンの試し書きに近い。下から上に向かって、動きは止まることなく楕円のようなイメージで突き進んでいく。
押しと引き、この音価の違いがスピード感の差になる。最近はドラムだけ打ち込みで、他の楽器を生演奏にしている曲はとても多いが、打ち込みは引きのリズム、他の楽器は押しのリズムで、ドラムだけ浮いてしまっているものがほとんどだ。打ち込みのスピード感に負け、拍頭が遅れてしまい、マスキング効果によって聞こえ辛くなってしまう。音が抜けなくて困っている人の多くは、リズムが原因だということをここではっきり言っておきたい。まずは「⬇押し」「⬆引き」、ベクトルの向きを合わせないと始まらないのだ。(ドラムだけ引きのリズムでも、ドラムが「人間」であれば、ドラムが音価を合わせにいけば成立する。)
もちろん引きのリズムで演奏しても、ジャストビートに寄せるのは簡単なことではない。音価を最大まで長く取る必要があるからだ。
では音価を長く取るにはどうするか? それはベクトルの長さを伸ばしていけば良い。ベクトルの長さは力の大きさ、つまり引く力を大きくすれば良いのだが、引く力を大きくするには、身体を動かす速度を上げることが必要不可欠となる。しかし演奏するフォーム次第で、身体を動かせる最大速度は決まってしまう。すると音価を計る感覚に差ができてしまい、音価の長さにも差が出てくる。
つまり同じベクトルの向きでも、音価の個人差はベクトルの長さ=フォームで決まるのだ。
音価に個人差があれば、各々のテンポ感も当然変わる。結果的に全員が少しずつ違うテンポで演奏していることになる。ただ、引きのリズムならば自分の、そして相手の音価が見えやすくなっている。慣れてくれば相手の音価がどれ程か、瞬時に計ることが可能だ。
最初にテンポ出しをした人の音価を計り、それに自分の音価が揃うテンポを瞬時に見つける・・・これこそがアンサンブルのキモなのである。前ノリ、後ノリという言葉があるが、あれもベクトルの向きや長さの差でそう聞こえているだけで、実際に乗る位置をズラして再現できるものではないのだ。
キース・リチャーズのあの言葉・・・。
「俺はドラマーを”見ない”、”そこ”にいるのは分かっているからね。とにかくビートをよこせばいいんだ、考える必要なんか無いのさ」
この言葉の本当の意味はこうだ。
「俺はドラマーのベクトル、音価は聴けばすぐ分かる。ちゃんと足並み揃えてやるから、考えずにビートを刻めばいいんだ」
1−5 日本人はリズム音痴ではない
私の検証結果では、日本人ミュージシャンのほとんどが「⬇押し」のリズムで演奏している。「⬆引き」のリズムで演奏している人は、私の教え子を除けば、おそらく30人もいないだろう。これのせいで「日本人はリズム感が悪い」と言われてきたが、実はそうではない。日本の伝統的な音楽や芸術に、引きのリズムで取るという概念が無いだけなのだ。
雅楽や能楽、歌舞伎など、日本の伝統芸能は「間」を大切にする。規則的な一定のビートのものは少なく、常に動的なものではない。静的なもの、静から動への緩急が重要になる。押しのリズムで得られる着地したときの安心感や、そこから生まれる間を最大限に利用しているのである。
伝統芸能に触れていない一般の人も、祭囃子や民謡によって自然と押しのリズムを体得している。ソーラン節等で「よっこいしょ」した経験者も多いだろう。つまり日本人は、押しのリズムのスペシャリストなのだ。
では海外の音楽はどうかというと、その多くは引きのリズムが基本になっている。ロック、ポップスを始め、ジャズやラテン、クラシックに至るまで、引きのリズムで演奏される。「パルス」と呼ばれる、心臓の鼓動のように止まることのないリズムが基本だ。休符が続いても、パルスは止まらずテンポは維持される。
これらのジャンルを押しのリズムで演奏してしまうと、元々の魅力は表現できない。間ができてしまい、パルスが失われるからだ。これのせいで日本人はリズム感が悪いと言われてしまう。
逆もしかりで、日本の伝統芸能を表現するためには、押しのリズムが必要不可欠だ。例えば打ち込みで祭囃子を作ってみても、あの間を再現することはできない。どちらが優れているとか、どちらが正しいとかいうものではなく、ジャンルによって使い分けることが重要なのだ。
もう一度言おう。リズム感は生まれた環境が多少影響はするものの、人種や血統で決まるものではない!
誰でも「⬆引き」のリズムを体得して、「⬇押し」のリズムと使い分けることが可能である。第2章でその方法を伝授しよう。
第2章 「⬆引き」のリズムを体得する
2−1 リズムを「⬆引き」で取る方法
日本人は「⬇押し」のリズムのスペシャリスト。なので「⬆引き」のリズムを体得すれば、使い分けが可能になる。リズムを引きで取るには、「振り下ろしから着地」ではなく、「着地から振り上げ」でリズムを取らなければならない。歩き方を変えれば良いが、足の振り上げを意識しろと言われても、なかなか難しいだろう。
ではどうするか? 歩く前の段階、前に進むという段階の前を調整すれば良い。
まずはその場で足踏みをしてみよう。1、2、3、4、とカウントをしながら行う。足音とカウントをしっかり合わせよう。リズムキープができたら、よっこいしょ診断をしてみる。「よっこいしょ、どっこいしょ」と言えれば押しのリズム、振り下ろしから着地でリズムを取っている証拠だ。これを引きのリズムにするため、あなたが小学生だった頃を思い出してほしい。
小学校では集団行動指導の一環として、運動会や、地域によっては鼓笛隊などで、「行進」をさせられる機会が多い(最近はそうでもないようだが)。行進はももをしっかり上げて、腕を大きく振って行う。
当時の行進を思い出して、ももをしっかり上げ、腕を大きく振って足踏みをしよう。このとき「足の着地は気にせず、ももを振り上げると同時に、1、2、3、4、とカウント」をする。ここが大事なポイントだ。着地と同時にカウントはしているのだが、それは無視するくらいの気持ちで、ももの振り上げでリズムを取るのだ。腕も振り下ろすのではなく、振り上げるようにする。上に向かうイメージを持とう。
つまり引きのリズムは、音を出している足(着地の足)と反対の足でリズムを取っている。音ではなく、音が出てから次の音を出すまでの過程でリズムを取っているのだ。カウントに合わせて、足踏みを右足から始めた場合の譜面、写真を確認してほしい。
音符の上が、カウントとリズムを取っている足(R=右足、L=左足)。音符の下が、実際に音を出している足だ。
「⬇押し」のリズム
「⬆引き」のリズム
このようになる。この関係性は非常に重要だ。ベクトルの違いをしっかり確認して、同じように足踏みできていればOKだ。
足音のせいでリズムを着地で捉えがちだが、大切なのは過程、音価だ。足の振り上げで音価を計り、その長さをキープしていく。点ではなく、線でリズムを捉えるイメージだ。
試しにそのままよっこいしょ診断をしてみよう。かなり言い辛くなっているはずだ。自分ができているかよく分からない場合は、足音を録音して、それに合わせて診断すると良い。慣れてきたら、振り上げは意識したまま、もも上げを小さくしていこう。あとはそのまま前に進むだけ。歩きながらよっこいしょ診断をして、言えなければ成功だ。
これを基本にして、楽器を持っても引きのリズムで取れるようにする。演奏する動きに当てはめていくのだ。
2−2 ポジションとストローク
「⬆引き」のリズムで歩けるようになったら、それを楽器の演奏に生かそう。
全ての楽器で考えなければいけないのは、実際は演奏中に歩けないということ。直立不動であったり、座っていたり、パフォーマンスをしながら演奏したり。歩きながら演奏できるのは、鼓笛隊ぐらいなものである。その鼓笛隊も、歩いているときは引きのリズム、立ち止まると押しのリズムと、ベクトルが変わってしまっては観客も聴き辛い。
ミュージシャンは、どんな状況でも同じようにリズムを取り、演奏できなければならない。
まずは座った状態で引きのリズムを取れるようにする。これを打破するには、やはり足踏みが有効だ。座ったまま、行進をするようにもも上げをし、腕を大きく振って足踏みしよう。カウントをしながら行い、ももや腕の振り上げを意識する。慣れてきたら腕を振るのをやめて、カウントに合わせて手拍子をする。足踏みはそのままだ。引きのリズムで取れていれば、手は叩いた瞬間に離れていく。まるでやけどをしたときのようなイメージだ。
次は足踏みを止め、そのまま手拍子をキープする。これを録音して、よっこいしょ診断をしてみよう。引きのリズムになっていることを確認したら、手の動き方、身体の動き方をしっかり覚えよう。これを演奏する動きに当てはめていくのだ。
まずは各楽器に、ポジションを設定する(右利きと仮定)。ポジションとは、この後説明する各種ストロークを体得するために、手がどこにいれば良いのかを示すものだ。吹奏楽器のような指先だけを動かす楽器は、ポジションを設定する必要が無いので次項に進もう。
ポジションが3つの楽器
ギターやベースは、右手を自然に構えた位置を「レディポジション」、振り上げた位置を「ハイポジション」、逆に振り下ろした位置を「ローポジション」とする。ベースは指弾きの人が多いが、引きのリズム体得はピック弾きの方が簡単なので、まずはピックで弾くことをオススメしたい。引きのリズムで演奏できたら、同じイメージで指弾きすればOK。バイオリンやチェロなども3つ。右手を自然に構えた位置をレディポジション、下げ弓を行うための位置をハイポジション、上げ弓を行うための位置をローポジションとする。
ポジションが2つの楽器
鍵盤楽器や打楽器のように、振り下ろした位置が打面になってしまう楽器は、レディポジションはローポジションと同じ位置になる。高く振り上げた位置をハイポジション、打面近くで構えた位置をローポジションとする。
ポジションが定まったら、次は各種ストロークを覚えよう。
「フルストローク」ハイポジションから始動し、発音後はハイポジションに戻る(ギターで言うところのフルストロークは、コードを弾く際に弦を全て鳴らすという意味であり、ここで説明しているフルストロークとは別物なので注意)
「ダウンストローク」ハイポジションから始動し、発音後はローポジションに留まる
「アップストローク」ローポジションから始動し、発音後はハイポジションに留まる
この中でもフルストロークは非常に重要だ。次項では、フルストロークを使って引きのリズムを体得していく。
2−3 フルストロークの重要性を知る
ここからは、身体の動きが「縦」の楽器、「横」の楽器、「その他」の楽器に分けて解説していく。
身体の動きが縦の楽器
演奏の際、地面に対して垂直方向に腕が動く楽器。これらの楽器は、足踏みと同じタイミングで手や腕が動けば大丈夫だ。しかし、いつも足踏みできるわけではない。そこで前項の「⬆引き」で取る手拍子を、ももを叩いて縦の動きにする。これは座ってやると良いだろう。やけどのイメージを忘れずに、しかし力は入れないよう気をつける。
次に楽器を構え、もも叩きと同じ動きで4分音符を刻む。アクセントを入れず、全ての音符が一定になるように、必ずフルストロークで行う。「弾いた瞬間に引く」を徹底すること。慣れてきたら8分音符でもやってみる。テンポはゆっくりで構わない。これを録音して、よっこいしょ診断で引きのリズムになっているか確認しよう。
身体の動きが横の楽器
演奏の際、地面に対して水平方向に腕が動く楽器。前項の引きで取る手拍子が横の動きなので、同じように腕を動かせば良い。アクセントを入れず、全ての音符が一定になるように、4分音符を刻む。必ずフルストロークで行う。チェロやコントラバスなどは、ローポジションから始動し、発音後はローポジションに戻る「逆フルストローク」でも良い。その方が手拍子の動きに近い。やけどをしたときのイメージだが、力は入れないよう気をつける。「弾いた瞬間に引く」を徹底すること。慣れてきたら、次は8分音符でもやってみる。テンポはゆっくりで構わない。これを録音して、よっこいしょ診断で引きのリズムになっているか確認しよう。
その他の楽器
吹奏楽器の多くがこれに該当する。演奏の際に身体の動きが小さく、フォームによる影響も小さい。基本的に引きのリズムで足踏み、手拍子ができれば、そのまま引きのリズムで演奏できるだろう。4分音符や8分音符の簡単なフレーズを録音し、よっこいしょ診断で確認をしよう。
さて、ここまでの解説であなたは疑問を持ったかもしれない。フルストロークは足踏みや手拍子とリンクしているから、引きのリズムになる。しかしダウンストロークはどうだろうか? どの楽器も演奏表現の都合上、必ずダウンストロークが使われる。つまりはピックや弓、スティックなどが着地した先で、止まらなければいけない瞬間が必ずある。ギターのオルタネイト奏法や、バイオリンなどの弓の上げ下げ、ドラムのダウンアップ奏法(どの奏法も、ダウンストロークとアップストロークを交互に行う奏法)など、引こうにも引けないときはどのように演奏するのか? 引きのリズムにはなるのか? という疑問だ。
・・・実はこれ、気にしなくて良いのだ!
引きのリズムでフルストロークができていれば、他のストロークもちゃんと引きのリズムで演奏できるようになっているので、ご安心を。要は引きで取ったときの音価が大事なのであり、その音価を表現する基本が身についていれば、あとは身体が勝手に調整してくれる。フルストロークさえ体得してしまえば、引きのリズムで普通に演奏することが可能なのである。
私が引きのリズムに気づく前、ドラム演奏において一番疑問だったのがフルストロークであった。何故ならフルストロークを押しのリズムで捉えると、動作は1モーションのはずなのに、リズムは2モーションに分かれてしまうからだ。押しのリズムで取ると、裏拍にメモリを作ってしまう。ハイポジションに戻るタイミングを、裏拍に当てようとするのだ。これではダウンストロークとアップストロークが滑らかに繋がっただけだ。動作もリズムも1モーションで行えなければ、フルストロークとは言えないのである。
つまり引きのリズムの習得とは、どの楽器においても「フルストローク」「ダウンストローク」「アップストローク」の差を明確にすること、と言えるのである。
2−4 BPM120は思っているよりずっと速い
「⬆引き」のリズムで演奏ができるようになると、演奏中にある変化が起こる。今まで余裕で演奏していたテンポが、すごく速く感じるのだ。これは今までより音価を長く取れるようになった証拠だ。窮屈だったテンポ感が解消され、適正な音価に近づいている。
しかしジャストビートに寄せるには、ベクトルの向きだけでなく長さを考えなければならない。長さ=身体を動かす速度。より長いベクトルを形成するには、身体の使い方を学び、フォームを最適化していくしかない。
私の教え子達の話をしよう。もちろん皆引きのリズムを体得していて、少しずつベクトルを長くする練習をしている。ベクトルの長さを体感するため、私がハイハットで8分音符を提示し、その音価に合わせて演奏する練習を行ったところ、BPM100で「速く感じる」と言っていた。120では「すごく速い!」と驚いていた。普段彼らは、自身のテンポ感で170でも問題無く演奏しているのにだ(ちなみにローリングストーンズの面々は、BPM135程の曲を「めちゃくちゃ速い曲だ」と紹介している)。
引きのリズムで音価を適正に取ると、次の音符までの準備時間がすごく短くなる。リズムキープをするには、その準備時間で次の音符に間に合うように、身体を動かさねばならない。楽器演奏は、要素の半分がスポーツなのだ。スポーツが苦手な人はここでつまずきやすい。
だが安心してほしい。スポーツが苦手だという人は、「自分に合った」身体の動かし方を知らないだけだ。身体の使い方には向き不向きがあり、向いている使い方さえ分かれば、必ず身体は速く動く。人それぞれ、その人に合ったフォームがあり、それを見つけることが楽器上達の近道である。
2−5 手数系テクニシャン≒「⬇押し」のリズム
昨今はテクニック至上主義、とにかく速いテンポで手数を詰め込めることが、素晴らしいとされるように感じる。動画サイトでプロアマ問わず、様々なジャンルの演奏が観られる時代。スーパーテクニックを披露し合っている姿は、やはり派手でかっこいい。
しかし手数系テクニシャンのほとんどが、「⬇押し」のリズムで演奏している。だからこそスーパーテクニックを演奏できるとも言えるのだが・・・。
押しのリズムは音価が短くなるので、同じテンポで演奏しているときは「⬆引き」のリズムより余裕が生まれる。身体が速く動かなくても、手数を詰め込むことが可能だ。これはメリットのように聞こえるが、音価が適正ではないため、テンポを上げていくと何を演奏しているのか分からなくなってしまう。複雑なテクニックを駆使しているから分からないのではなく、音符が詰まって何音符を弾いているのか判別できないのである。
どんなに派手なことをやっても伝わらないのでは意味が無いし、「よっこいしょ、どっこいしょ」と聞こえてしまうのでは非常にもったいない。押しのリズムは本来「間」を作るためのものなので、速いテンポの曲には向かないのだ。
しかし引きのリズムで速いテンポを演奏するのも、音価を長く取るため大変だ。だがジャストビートを目指していけば、勝手に速い曲も演奏できるようになる。それはどちらも、身体の動きを最適化していくことに変わりないからだ。
ちなみに前章で説明した、音価を計る感覚を「タイム感」と呼ぶ。タイムとは拍子のことであり、1拍や1小節がどれくらいの長さかを把握する感覚だ。身体が速く動けばタイム感は良くなり、同時にテクニックも身に付く。タイム感とテクニックは、突き詰めれば同じベクトルなのだ。
第3章では身体の使い方を解説していく。より楽なフォームを体得して、タイム感とテクニックを両立した演奏を実現してもらいたい。
第3章 身体の使い方
3−1 常識を疑え!
身体の使い方次第でベクトルは長くなり、ジャストビートに近づく。よりストレスの無い、自然に動けるフォームを見つけることが必要だ。例えばF1マシンで、公道を法定速度で走っているかのような、そんな余裕を持って演奏できれば、ジャストビートに迫れていることだろう。
「力を抜け」と言われたことは誰しもあるだろう。私もよく言われたが、抜けと言われてもどうしたら良いのか分からなかった。速く動かそうとすると力が入り、力を抜くと動かない。しかしそれは当たり前のことなのだ。身体をどう使えばどう動くのか、人体の仕組みを知らなければ動くものも動かない。
ではどのように身体を使ったら良いのか? それを知るために大事なこと、それは・・・
常識を疑え!
今の時代は情報量が多すぎて、正解が何だか分からないという話をよく聞く。だからこそ、良くも悪くも著名な方の意見や、より大衆的な情報が正しいと信じてしまいがちだ。誰もが支持しているから常識なのだと。だがその情報が「自分にとって正解」なのかは、しっかりと精査していかなければ見定められない。人は同じ話を多方面から聞くと、嘘でも本当のことだと思い込んでしまう習性がある。情報を仕入れたら、納得いくまで研究してもらいたい。
私はあらゆる方法論を試し、身体の使い方において正解は1つではないことを確信した。人によって重心、軸の作り方は異なるのだ。なのにこれが正しいフォームだと、皆が1つの同じフォームを会得しようとすれば、レベルに差が出るのは当たり前だ。あなたの身体に合う、あなたにとっての正解を見つけなければならない。
ちなみに私のドラム演奏のフォームは、とても非常識だ。背中は丸まり、骨盤は寝ていて、肘が身体の前に来てしまう。足は複雑で、太ももは内旋し、膝先は外旋させるため、靴の内側の縁でペダルを踏む。自分で見ても姿勢が悪いと思うが、私にとってはこれが、今一番素早く動けるフォームなのだ。元々こんな変なフォームだったわけではない。ごく普通の、背筋が伸びた綺麗なフォームで演奏していた。しかし思うように演奏できず、当時はかなり悩んでいた。「フォームはお手本通り綺麗だし、間違ってはいないはずなのに・・・」と。
その後「⬆引き」のリズムに気づき、テンポの速い曲に全く対応できなくなったとき、私に常識的なフォームは合わないとようやく悟った。それから身体の仕組みを研究し、ベクトルを長くするために限界までスティックスピードを上げようとした結果、このフォームに辿り着いたのである。
例えば私と同じ重心、軸の作り方をしている人に、背筋を伸ばして演奏しなさいと教えてしまえば、その人のパフォーマンスはそこで頭打ちになってしまう。講師をしている方には、特に気をつけてもらいたいポイントである。
次項から身体の使い方を解説していくが、どの楽器にも応用できるよう、簡単なものだけに絞った。そしていくつか選択肢を用意してある。その中で最も動きやすい方法を選んでもらいたい。何度も言うが、個人差があるからだ。
ちょっとしたことで演奏は劇的に変わる。それを体感してもらおう。
3−2 足の裏は全身のスイッチ
身体はどこから動かすものなのか? と問われれば、多くの人が身体の中心部、例えば胴体や骨盤周りだと答えるだろう。もしくはスポーツ経験者なら、下半身と答えるかもしれない。それらは果たして正しいのだろうか? ここでも根本的なところから考えてみよう。
「人間」とはどのような生き物なのか?
人間は二足歩行であり、両足でまっすぐ立ち生活をしている。重力の影響を受けているため、飛び跳ねることはできるが、鳥のように地面から逃れることはできない。休息以外の活動時間は、必ず足の裏が地面に接している。
つまり、人間が活動するにあたって一番重要な箇所は、「足の裏」なのである。身体の使い方は、まず足の裏から考えなくてはならない。立って演奏しても座って演奏しても、足は必ず地面に接している。しかし演奏中に足の裏がどうなっているか、気にしている人はほとんどいないだろう。その足の裏を気にすることで、パフォーマンスはガラリと変わるのだ。
少し古武術の話をしよう。古武術には剣術、柔術など色々あるが、基本的には相手を確実に仕留めるために、身体の仕組みを徹底的に調べ上げ、無駄のない型(フォーム)を作り上げている。
流派によって違いは様々ではあるが、古武術において必ず出てくるのが「足裏抜き」という技法である。そう、古武術には足の裏を有効に使う技法があるのだ。足裏抜きと聞くと、力を抜けば良さそうな気もするが、今まで気にしていなかったのであれば、力は抜けていたであろう。足裏の力を抜くという意味ではないのだ。
ではどうするか? そのヒントは剣豪、宮本武蔵が教えてくれた。
宮本武蔵は二刀流、刀を2振構えて戦うスタイルだ。日本刀はものすごく重く、それを2振扱うのだから、軸がしっかりしていなければまともに戦えない。その二刀流を極めた彼は、著書「五輪書」にて、足裏の使い方についてこう語っている。
「足はつま先を軽く浮かせて、かかとを強く踏むこと」
つま先を浮かせ、かかとを強く踏むことで軸が安定し、身体をスムーズに動かせる。諸説あるが、足の裏を使って全身の力を抜くので「足裏抜き」、と私は解釈している。
ではやってみよう。つま先を浮かせるというのは、親指を立てれば良い。人間は親指を立てようとすると、他の指も連動して立つようになっている。動画を見てもらえば分かるだろう。そのまま足の裏全体で地面を捉えれば、自然とかかとにも体重が乗る。足を動かすときも、足の裏全体を意識して動く。
たったこれだけのことだが、効果は抜群だ。試しにつま先を浮かせた状態で、誰かに身体を揺すってもらおう。身体がブレにくくなっているはずだ。これは立ち座りどちらでも有効だ。私もバスドラムを踏むときは、必ず足裏抜きで踏んでいる。踏みにくそうに思うかもしれないが、この方が明らかに速く踏めるのだ。
軸が安定することで、身体はより速く動けるようになる。足の裏は、まさに全身を活性化させるスイッチと言えよう。
3−3 骨盤は寝かせても良い
次は腰、骨盤をどうするか決めよう。基本的に良い姿勢と言われるのは、骨盤を立たせている状態だ。どんな楽器でも、骨盤を立たせ、背筋が伸びていれば綺麗には見える。しかしそのせいで身体が動かなくなってしまっては意味が無い。より身体に合う方法を選びたいところだ。
骨盤は立てるか寝かせるか、どちらが動きやすいかを選ぶ。これは立てたときと寝かせたとき、どちらの方が柔軟性を保てるかで判断すると良い。
椅子に座り、骨盤を立てた状態で、後ろを見るように身体を捻る。身体が止まるところまで捻り、後ろの景色がどこまで見えたか確認しよう。お尻の位置が動かないように、手でももを支えると良いだろう。
次に骨盤を寝かせた状態で同じことをする。すると身体が捻りやすい、回りやすい方がどちらか分かるはずだ。後ろの景色が見えやすい方だ。私は寝かせた方が楽に回る。
捻りやすいということは、柔軟性が保たれている証拠であり、筋肉に余計な力が入らなくなっている。力が抜ければ体力消費も減り、瞬発力も上がる。
ここで気をつけてほしいのは、猫背かどうかが判断基準ではないことだ。骨盤が寝れば自然に猫背になるが、骨盤が立っていても前傾姿勢なら猫背のように見えてしまう。必ず骨盤で判断してもらいたい。
3−4 太ももの内旋と外旋
最後に足全体を見ていこう。内股、がに股とあるように、足はもも上げのような縦方向の動きだけでなく、横方向に回転することができる。内側に回る動きを「内旋」、外側に回る動きを「外旋」と言い、この回転運動によって自在に動くことができる。
試しに太ももを掴んで左右に捻ってみよう。思いの外捻れることに驚くはずだ。この内旋(太もも、股を閉じる)と外旋(太もも、股を開く)、どちらかの状態で固定すると、これまた軸が安定し素早く動けるようになる。どちらかというのは、ここに向き不向きが存在するからだ。
ではどちらが向いているか確認してみよう。まずは足を広げて立ち、軽く腰を落とす。ゴルフのアドレスと同じように構える。そのまま太ももを内旋させて固定し、ゴルフのスイングをするように身体を捻る。このとき身体がどこまで捻れるか、柔軟性を確認してほしい。
次は太ももを外旋させて試してみる。すると柔軟性に明らかな差があるはずだ。捻りやすく、柔軟性が高い方が、あなたに向いている方法だ。柔軟性が高いということは、それだけ筋肉に余計な力が入っておらず、よりリラックスして演奏できる。
私は内旋の方が向いているので、外旋では腰も腕も回らず、軸がブレてしまう。両方とも限界まで捻ると、内旋の方が明らかに柔軟性を保てている。
さあこれを楽器演奏に生かしていこう。座って演奏する人は、内旋または外旋させて座るだけでOKだ。立って演奏する人は見栄えを気にしなければならないので、鏡を見ながら格好がつくところを探してもらいたい。
内旋させれば足裏の外側、外旋させれば足裏の内側が地面から浮いてしまうが、それで構わない。これは足裏抜きを併用したときも同様だ。
実はこの内旋と外旋は、上腕にもそのまま適用される。つまり太ももが内旋なら、上腕も内旋になる。さらに人によっては(私がそうだが)太ももは内旋、ひざ下は外旋と、回転方向が逆になっている人もいる。その人は上腕と前腕は同じように逆になる。要は足の回転方向が分かれば、腕の回転方向も分かり、その回転方向に沿って楽器を演奏できれば、より長いベクトルを形成できるのだ。
しかしここまで来ると各楽器ごとに研究しなければならないので、今回はこの辺りでご勘弁頂きたい。より詳しく知りたい場合は、廣戸聡一氏の提唱する〈4スタンス理論〉をおすすめしたい。4スタンス理論とは、人は4つのタイプに分類され、そのタイプにあった動き方を覚えることで、より良いパフォーマンスを引き出す理論である。回転運動や、身体の柔軟性を保つ方法が事細かに記されているので、ぜひ参考にしてもらいたい。
第4章 リズムトレーニング
4−1 クリックから逃げてはいけない
ミュージシャンなら避けては通れないクリック。ジャストビートを教えてくれ、タイトなリズムを刻む助けになってくれるものだが・・・苦手意識がある人も多いだろう。
これは日本だけでなく海外もだが、私はクリックの存在が「⬇押し」のリズムの蔓延に繋がったのではないか、と考えている。クリックは絶対に正確だと分かっているため、そこにリズムを「着地」させようとして、徐々に押しのリズムになるのではないか・・・と。実際に海外では80年代以降、クリックを使うのが当たり前になってからは、押しのリズムで演奏するミュージシャンが徐々に増え始め、今では大多数になってしまった(機械式のメトロノーム自体は19世紀からあるので、因果関係はもう少し検証が必要であるが)。
だからといってクリックから逃げてはいけない!
レコーディングでは必ず使うものであるし、最近のライブでは、打ち込み音源に合わせて演奏することも多い。その場合はクリックが必ず鳴っている。演奏の場を広げるためにも、合わせられるようになろう。
2ベクトル理論によってリズムの不思議が紐解かれた今、常にリズムを「⬆引き」で取ると意識していれば、クリックに合わせても押しのリズムになることは無い。さらに引きのリズムは音価を計れるため、16分音符などの細かい音符も捉えやすくなっているはずだ。苦手意識はここで捨ててしまおう。
ここからは、私がレッスンで実際に教えている、クリックを使ったリズムトレーニング法を紹介していく。プロミュージシャンからすれば特に目新しいものは無いと思うので、さらっと読み流していただいて構わない。しかし引きのリズムを体得したなら、クリックも今までと全く違う聞こえ方になっているはずだ。改めて訓練し直すことをおすすめしたい。
引きのリズムでクリックの音価を理解できたとき、あなたはジャストビートを捉えることが出来るであろう。
4−2 クリックを裏拍で取る
レコーディングやライブの現場では、クリックを表拍で取るのが普通だ。しかし練習では、裏拍で取る練習をしっかりやっておいた方が良い。
なぜ裏拍で取るのか? それは自分で表拍の位置をここだ! と提示し、なおかつその位置がズレないようテンポキープしていくこと、これが演奏においてとても大事なことだからである。
表拍の位置を提示したとき、クリックが勝手に裏拍で鳴っているように演奏するのが理想だ。絶対にズレないスーパーパーカッショニストと一緒に演奏しているイメージ、と言えば分かりやすいだろうか。例えばスカやレゲエのように、ギターの裏打ちがずっと入っている曲では、クリックを裏拍で取れなければ良い演奏はできないだろう。必ずできるようにしたい。
裏拍の取り方も簡単な方法があるので紹介しよう。まずはクリックを4分音符で鳴らし表拍で取り、8分音符で4文字の好きな言葉を当てはめる。私はよく駅名を使うので、ここでは「しながわ」(品川)にしてみる。クリックと同じ位置で手拍子をして、「しながわ」と言いながらリズムキープしよう。
◯がクリックの鳴る位置、アクセントが手拍子の位置だ。
次はどこかで3文字の言葉を当てはめる。ここでは「しぶや」(渋谷)にしてみる。
「しながわしながわしぶやしながわしながわ・・・」という具合だ。太字のところで手拍子をしよう。
譜面にするとこうなる。「しぶや」の後、手拍子を表拍としたとき、クリックが裏拍に来ているのを確認してもらいたい。
これでクリックが裏拍で取れるようになる。簡単に言えば、変拍子を作ることで表拍の位置をズラした、というわけだ。
慣れてしまえば、クリックが鳴った瞬間に裏拍で取れる。まずはその域まで持っていこう。
4−3 クリックを3連符の裏拍で取る
次は3連符の裏拍で取る方法だ。3連符の裏拍とは、3連符の3つめの音符を指す。クリックが3連符の3つめに来るようにリズムを取るのだ。ブルース、ジャズ等はこれができなければ良いリズムは刻めない。確実にモノにしよう。
まずはクリックを4分音符で鳴らし表拍で取り、8分音符の3連符に言葉を当てはめる。クリックと同じ位置で手拍子し、リズムをキープしよう。
◯がクリックの鳴る位置、アクセントが手拍子の位置だ。
慣れてきたら、今度は4文字の言葉をどこかに当てはめる。
「しぶやしぶやしぶやしながわしぶやしぶや・・・」という具合だ。太字が手拍子の位置だ。
譜面にするとこうなる。「しながわ」の後、クリックの鳴る位置が、手拍子を表拍としたときに3連符の3つめに来ているのを確認してもらいたい。
これが3連符の裏拍の取り方だ。これも慣れてしまえば自然と裏拍で取れるようになる。何度も繰り返して覚えよう。
最近はシャッフルの曲が少ないため、3連符が苦手な人は多い。苦手な人にひとつおすすめしたいのが、クリックを聴きながらスキップをすることだ。
R=右足 L=左足
ご覧の通り、スキップはシャッフルなのだ。スキップがしっかりできれば、シャッフルは問題無くできる。譜面ではクリックを3連符の裏拍で取るようにしているが、最初は表拍でも構わない。慣れてきたら、裏拍にチャレンジしよう。
ちなみにスキップは、自然と「⬆引き」のリズムになる動作だ。スキップと同じイメージで演奏できれば、祭囃子のように「よっこいしょ」となることもない。逆に祭囃子の場合は、「⬇押し」のリズムで取らなくてはその良さを発揮できない。お祭りや盆踊りに参加するときは、「よっこいしょ」とリズムを取ろう。
4−4 クリックを付点音符で取る
最後はクリックを付点音符で取る方法だ。これができるようになると、8ビートや16ビートの曲で役に立つ。
付点音符で取るということは、誰かがずっとシンコペーションしているようなもの。これができれば、例えばギターがカッティングでずっとシンコペーションしているときに、それを利用してリズムのハマり具合を確認できるようになる。
では付点4分音符で取る方法を解説しよう。まず3連符をリズムキープだ。クリックは表拍で取ろう。次はその3連符を、2文字の言葉に入れ替える。ここでは「みた」(三田)にしてみる。頭の文字「み」で手拍子をしていこう。譜面を見れば分かりやすいだろう。
◯がクリックの鳴る位置、アクセントが手拍子の位置だ。
2小節目は、手拍子だけ見れば2拍3連(2拍の中に3連符を1つ入れる)になっている。ここまでできたら、2小節目を繰り返し、手拍子の位置でカウントをしていく。
するとクリックがこのように聞こえてくる。
これがクリックを付点4分音符で取る方法だ。続いて付点8分音符で取る方法を解説する。
同じように3連符をリズムキープする。クリックは表拍だ。次はその3連符を、4文字の言葉に入れ替える。譜面を見てみよう。
2小節目は、手拍子だけ見れば4拍3連(4拍の中に3連符を1つ入れる)になっている。そして2小節目を繰り返し、手拍子の位置でカウントをしていく。
するとクリックがこのように聞こえてくる。
これがクリックを付点8分音符で取る方法だ。どちらも慣れるまで時間がかかるので、クリックで細かい音符を鳴らして行うと良い。その場合、表拍以外は音量を小さくしよう。
おわりに
ここまで読み進めてくれたあなたに、最後のアドバイスをしたい。演奏するときに、リズムキープに自信を持てず、どうしても片足を動かしてリズムを取りたいときの話だ。この場合、腕の動きが「⬆引き」のリズム、足の動きが「⬇押し」のリズムと、上下で違うベクトルにならないように注意してもらいたい。教え子達も、慣れるまでは気を抜くたびにこの状態に陥ってしまい、タイム感を掴めなくなることがあった。
リズムは、まず歩き方から始まることを忘れないでほしい。
まず足踏みでリズムを引きに戻す。次に足踏みと同じ動きになるように、片足を動かしリズムを取る。これをよっこいしょ診断で確認してから、演奏を再開しよう。
本書に書かれたことを全て会得すれば、リズムの「ポケット」が見えてくる。誰がどういうタイム感で演奏していて、自分が「どこにいるべき」か、その場所が明確に分かるようになるのだ。あとはそのポケットに、リズムを入れ続ける集中力と技術を身につけていけば、あなたは素晴らしいミュージシャンになれるであろう。
最後まで読んでくれたあなたに、最大限の感謝を送りたい。今後のあなたの活躍を、心から願っている!
持冨 旬
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