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ARIA The ANIMATION 7 話 に見出す脚本家・吉田玲子の仕事観

TV アニメシリーズ『ARIA The ANIMATION』は、観光案内をするゴンドラ漕ぎ「ウンディーネ」が活躍するネオ・ヴェネツィアという架空の都市を舞台とした物語である。一人前のウンディーネを目指す主人公・水無灯里の目線から見たネオ・ヴェネツィアの日常が描かれている。
本作のシリーズ構成は監督の佐藤順一が兼任しているが、半数以上の回で吉田玲子が脚本を担当している。今回取り上げる 7 話「その 素敵なお仕事を…」も、吉田玲子が脚本を執筆した回である。
7 話ではプロのウンディーネの仕事が取り上げられているが、この描写は吉田玲子にとってのプロの脚本家の仕事に重ねられていると私は受け取った。

7 話のあらすじ

灯里たち見習いウンディーネ 3 人は、先輩ウンディーネである晃さんによる実地指導を受けることになった。
しかし何をするにも時間がかかりすぎる灯里は、晃さんとの待ち合わせに遅刻してしまい、早速叱られてしまう。

午前中は、お客様を乗せた晃さんのゴンドラに見習い 3 人が同乗し、晃さんの仕事ぶりを見学することになった。
ゴンドラには、ネオ・ヴェネツィアにハネムーンに来たカップルが乗ってきた。細やかな心配りで行き届いた接客を見せる晃さん。しかしカップルの男性は旅行ガイドブックばかり見ており、周りの景色を見ようとしない。それを見かねた晃さんはガイドブックを取り上げる。
「お客様。少しはご自分の目でネオ・ヴェネツィアを楽しまれてはいかがですか。」

二人の出会いを聞く晃さん。カップルの女性から、馴れ初めが語られる:
路面電車で、男性は始発駅から乗るので座れるのだが、いつも誰かに席を譲っていた。それを見て良い人だと思ったのがきっかけなのだと言う。
それを聞いた晃さんは寄り道をして、ガイドブックには載っていない小さなマリア像を紹介する。
「ネオ・ヴェネツィアには、目立たないけど素敵なもの、心洗われるものが沢山あるんですよ。旦那様と似ているかも知れませんね。」

女性は晃さんの接客に感激し、カップルは午後も引き続き晃さんたちウンディーネの訓練に乗客役として付き合うことになる。


午後になり、見習い 3 人の実地訓練が始まる。
まずは灯里がゴンドラを漕ぐが、漕ぐのが極端に遅く、晃さんに叱られる。他 2 人もそれぞれ別のことを叱られる。
カップルの男性はガイドブック越しにそんな訓練を観察する。

夕方になり、潮が満ちて水位が上がり、橋の下が通れなくなる場所が増えてきた。今日の訓練の締め括りとして、見習い 3 人は満潮の中、晃さんをゴンドラで家に送り届けることになる。しかしあちこちが行き止まりになっており、ゴンドラは立ち往生してしまう。
3 人に一切助言をせず、厳しく叱る晃さん。カップルの男性は、ガイドブックを脇に置き、そんな晃さんを非難する。方法を教えてやっても良いだろうと。しかし晃さんは口出し無用と一喝する。

苦難の末、 3 人は抜け道を見つける。晃さんに叱られたゆっくりすぎる灯里の漕ぎが、障害物だらけの抜け道を漕ぐ際に活きた。そして 3 人はなんとか脱出に成功することができた。

3 人を労い、ご馳走を奢る晃さん。
カップルの女性は呟く。
「晃さんってほんと厳しい先輩なのね。お客さんにはあんなに優しいのに。」
しかし男性はこれを否定する。
「違うよ。厳しいのは、後輩たちのことを、本当に心配しているからだと思うんだ。」

カップルの男性は、晃さんの厳しさの中に、目立たないけれど素敵な、暖かい気持ちを見つけた。
そして男性はガイドブックを手放した。自らの目で目立たないけれど素敵なものを見つけることのできた男性にとって、もうガイドブックは必要が無くなったからだ。

ウンディーネの仕事と、脚本家の仕事

前述の通り、このエピソードで描かれたウンディーネの仕事は、吉田玲子にとっての脚本家の仕事と重ねて見ることができると私は感じた。

細やかな心配り

晃さんは細やかな心配りで行き届いた接客を見せていたが、この回の脚本自体も細やかな心配りが行き届いたものとなっている。
例えば、カップルの男性がウンディーネの雑誌「月刊ウンディーネ」を読んでいることが明らかになった場面がある。見習い 3 人は男性の持ち物である「月刊ウンディーネ」を手に取り、表紙について言及するのだが、この後に続くセリフが見事である。

カップルの男性「ぼくの鞄から…?」
藍華(見習いの一人)「あ、すみません。鞄から落ちていたものですから。」

行き届いた接客をするはずのウンディーネが、客の荷物を勝手に漁るとは考えにくい。視聴者が話の展開に対してこのような違和感を覚えないように、脚本が先回りして視聴者の違和感を解消しているのだ。そうすることで視聴者は話の展開をすんなりと受け入れ、話の内容に集中することができる。
この場面の良さはそれだけではない。鞄から雑誌が落ちてしまっていた理由の説明が、事前に仕込まれていたのである。
カップルがゴンドラに乗り込んだ直後、アリア社長(ネコのキャラクター)が男性の鞄から「月刊ウンディーネ」を落としてしまう描写がなされていたのだ。その上、この描写がカップルの女性による「月刊ウンディーネに載ってた!」というセリフに重ねられているという手の込みようである。
こうした仕込みは、展開の自然さを生むばかりではなく、ちょっとした伏線回収による面白さも生むことになる。

吉田玲子は、自身の師匠である脚本家・小山高生による「シナリオライターはサービス業でもある」という教えを紹介している。
(出典:吉田玲子が『ガルパン』の脚本家に指名された理由|Real Sound|リアルサウンド 映画部。孫引きですみません)

この教えの通り、常にお客様(=視聴者)をもてなすことを意識して、展開の説得力やキャラクターの心の動きを丁寧に作っていくことが、脚本家の最も基本的な、そして最も大切な仕事であろう。

目立たないものに光を当てる

吉田玲子は、目立たないものに光を当てるような脚本を書きたいと、様々なインタビューの場でしばしば語っている。

(脚本家としての強みを問われて)
自分の傾向として、ヒーローよりも、隅っこにいる人を書くのが好きだなぁというのは自覚していますね。

「見えない空気を描く」アニメ脚本家・吉田玲子の原点となった作品とは?【インタビュー】2ページ目 | アニメ!アニメ!

(脚本家としての今後の展望を問われて)
誰かに光を当てるような、誰かの背中を押すような作品をこの先も作れたらいいなぁ、と思います。

「見えない空気を描く」アニメ脚本家・吉田玲子の原点となった作品とは?【インタビュー】2ページ目 | アニメ!アニメ!

お客様に目立たないけれど素敵なものを紹介した晃さんの姿勢は、まさしく吉田玲子のこの姿勢を反映したものではないだろうか。そしてお客様(=視聴者)である私は、自らの目で目立たないけれど素敵なものを見つけられるようになりたいと切に思う。

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