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埴生の宿は これ遠く。
途中で、降ろしてもらう。
それでも、一番近い幹線道路の角は通り過ぎて、だいぶ進んだ五差路のようなところで、お礼を言いつつ降ろしてもらう。
夫へ私が冷たい態度を取っているのを知っている、どちらかというとあっち寄りの人達(女性3人連れ)なので、何となく気まずいながらも、そこは爽やかに挨拶して、別れる。
どうやら地元の山との距離感から察するに、一寸遠くまで来すぎてしまったようだ。
結構な距離を歩きながら、大学構内の外回廊の一階に潜る。吹き抜けのある二階の方を見上げると、そこにあると確かに記憶していた購買のような小売店の店員さんが、のぼりをいじっているから、「ああ開いているんだな、よし二階への通路も使える」と思う。
開けたところへ出ると、そこには裏の湖があった。水面に前述の山が映って、美しい。黄色い花の咲く水草も咲いている。
今、思い返すと、アサザかな。なんだか心安らぐ風景に、当初の「家へ帰る」という目的も忘れていたような感覚が残る。
……そもそも、そこにわたしの棲み家など、あったのだろうか?
埴生の宿。
*
車へ、乗せてもらう前は、植物園のようなところで夫と喧嘩をしていた。
いつものやつだ。普段の不満がくすぶっていたのが、何かのきっかけで弾けて、口論になる。
そこには、受け止めるも理解しようとするも、ない。心虚しく、感情は暴走し、醜態をさらす。
dream#14SEP2024
他のnoterさんの記事を読んでいたら、寝起きの脳が朝型の夢を引っ張り出して来たので急いで書き留めた。ちょうど、数十分前、床の中で書き留めようとしたのに、ぱーっと雲散霧消してしまい、惜しい感じがしていた今朝の夢だった。
朝のフリーライティングを、できるだけするようにしているのだが、夢の片鱗をくっきりと書き出せた時は、人魚の尻尾をつかまえたようで(ひどいからそんなことはしないけれど)、何だか嬉しい。
今朝の夢に関しては、
”夢は、しゅるっとござを巻き取って
演目をそそくさと、終わりにしてしまった
手の内を見せたくない
奇術師か、マジシャンのよう“
と書いてある位だったから、戻ってくれて本当に嬉しい。
釣り人は、こんな気持ちで釣りをするんじゃないだろうか、と思ってみたりする。
夢を言葉に変換していて、ふと「埴生の宿」と出てきたが、自分でも意味がよく分かっていない。
そのまま書いておいて、書き終えてから検索してみる。
――粗末でも、心安らぐ、自然を仰いで暮らすような家、のような意味のようだ。
ああそうか、これを求めて止まないんだなぁ、と、分かっていそうで分かっていない、自分の心の水底を、見ることができたような気がした。
心と現実、人間、ずいぶんとちぐはぐに生きられるものだ。
蛇足:
この歌の原曲「Home, Sweet Home」の歌詞に、
Be it ever so humble,
There is no place like home
が出てくることを知り、嬉しくなりました。
「オズの魔法使い」に初出だと思っていたけれど、19世紀前半作曲のこちらの曲の方が、断然古いですね。
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