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りんごかもしれない。

もしも洗濯を こだわりなくできたら
わたしの人生は もうちょっとスピーディーかもしれない;

ピンチハンガーのバランス
素材の質感
色のグラデーション
下の方に身に付けるものか 上の方に身に付けるものか
誰の着るものなのか

せんたくものを干すとき
気にしなくて済んだなら
わたしの脳内RAMは もうちょっと軽くなるのかもしれない。

乾いた服や下着
たたむときにも 種類ごとに並べたい
素材の重量感・質感・色

しまうときには たんすの中にいる子たちと
ふたたびアルゴリズムに沿って整列体形を組む

種類ごとに分類し すべてを均衡させたい渇望
それがなければ
わたしの人生は もうちょっと楽なのかもしれない。

それができなければやりたくない、
白か黒かの極端さがなければ
わたしの人生は もうちょっと穏やかだったのかもしれない。


”りんごかもしれない”
でもじつは ほかの何かなのかもしれない。


もしも洗濯がこだわりなくできていたら
わたしは現代の理想的な大人になって
そうでない大人や若い人に
「パンがないならクッキー食べればいいじゃない」
みたいなことを 言ってたかもしれない。

むしろ
「パンがないのは あなたが怠けてるからで
あなたの努力が足りなくて
それでお腹が空いたからって暴動を起こしてる
そんなあなたは駄目だ」

って
自分の優位さと無知に気づくことなく
言い放っていたかもしれない

能力的・環境的にどれだけ自分が恵まれているかを知らずに
既得権益にあぐらをかいて
そうでない人を見下し 蔑み 
更生の対象とみなしていたかもしれない。


わたしは今日もとろとろと、
こだわりを全うできる時間を希求しながら
大人に言われたことを愚直にこなすことでいっぱいいっぱいで
表面的な理解に終始して浪費した
子ども時代を思い出しながら、
せんたくものを干す


23JUL2024






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