icon CONTEMPORARY PHOTOGRAPHY 2023
恵比寿から自転車転がして六本木へ。
入場料は、前売り 1,200円 / 当日 1,500円。
当日で入場。 パンフレット付チケットを勧められたが、出展作の大半に興味がないのでご辞退申し上げた。
開催概要
ステートメント
出展者
そもそも「コンテンポラリーフォト」なるものの定義が曖昧で、何を以て「コンテンポラリー」とするのかはっきりしない。
会場には
・写真を使った現代美術・・・の、ようなもの。
・それを是とする層に訴求し得る種類の写真。
が展示されており、写真展と言うより見本市と言うか、商談会と言うか、作品と向き合う以外の要素が大きい。
広い会場ではあるが、畳にして何畳分という大作から小品まで50人分。
作家と言うのは作品の良し悪しで評価されるので、人間性とか常識とかを母の胎内に置き忘れてきたような人も多い。
「どうやって展示しろと言うのか?」と首を傾げざるを得ない物もちらほら。
それを何とか見られるような配置にした主催者の苦労が偲ばれる。
特に説明を要しない、作品そのもので語り切れるものは、矢張り強い。
ただ展示してあるだけでも目を惹く。
閉口したのは、作品そのものには中身が無く、コンセプトそのものが作品になっている類のもの。
こうしたものは出展者が自作(と両隣、向かい側)の観覧スペースを占拠して、来場者に長広舌を振るう。
夜店の香具師みたようなもので、幻術で購買意欲を創り出す。
まぁ、見る側にとっては邪魔以外の何物でもない。
私が見たいのは大和田良の小品なのだけれど、それに背を向けて立っている香具師の客が一向にどかない。
漫画「ラーメン発見伝」に登場人物の芹沢達也が
「ヤツらはラーメンを食ってるんじゃない。情報を食ってるんだ!」
と無定見な客を揶揄する場面があるが、現代美術も似たようなものである。
虚像で作り出した「アートフォトの価値」なんざ、絵に描いた餅以下だと、私は思う。
一見しただけで、目が精査する事を拒むような物(良し悪しではなく、好悪にかかる問題)を流し見して、見たいと思えるものだけ見る。
HASEO
何時もの泰西名画的な大作と、DNPの表現工房と組んで作った立体モノ。
写真という仕組みや技術の上に、自らの美意識を積み上げで成り立っているが、インチキ的なものが並ぶ中で見ると、作品としての強さがある。
私の好みとは対極にあるが、質として申し分無い。
大和田良「UNDER WATWE」
小品一点のみ。
現代美術に寄せた感じではあるが、モノクロプリントとして美しい。
音実花「THE Future Mother 10」
大相撲の優勝額くらいありそうな巨大なもの。
少し離れて見ると、スポットライトの映り込みを拾わずに見られる角度がある。
会場の大きさや天井の高さ(自分の作品がどう展示されてどう見えるか)を考えずに出展したものでも、設営する側の営為でどうにかなることもある例。
舞山秀一「A MOMENT」
旅のさなかに撮影した風景とスナップの連作。
暗く沈んたモノクロームで4点選んである。
アートフォトとしての価値が、実体として存在していた。
そもそも、写真である必要を感じないのも多く、「コンテンポラリーフォト」と言うくくり自体の無意味さを感じた、写真展とは似て異なる、写真展的ななにか。
昨年も、まぁ似たようなものではあった。
(2023.09.17 記)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?