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11.14 パチンコの日

弾かれて勢いよく飛ぶ銀色の玉が頭をよぎった。しかし、現実問題に目の前で起こっていることは、そんなに爽快な事案でもない。
異動の内示が出た。行き先は行ったこともない海外の支社だった。
「君には会社も期待しているんだよ。断らないでくれよな、頼んだぞ」
部長に呼び出された個室で聞いたこの文言が、なにかのバネに力を蓄えて勢いよく俺を弾き飛ばした。
「はぁー、現実か。現実だよな」
どうしてこういう時は、高いところで広い空を見たくなるのだろう。
俺はたそがれたい人の例に漏れず、ビルの屋上の手すりにもたれて紙カップの珈琲をすすった。
最初の一口が熱すぎて舌を火傷した。思わず出した舌が冷たい十一月の風に癒される。
「海外か。あの国、絶対英語じゃないだろ」
結婚もせず、恋愛もせず、趣味も作らず、友達も減り、仕事に身を費やした俺の末路はパチンコ玉だった。
業績が悪化してリストラが増えた。生き残るためというより、金をもらうかぎり仕事は真面目にやるもんだという思い込みから俺は全力を尽くした。
全体のマンパワーが落ち、仕事が増加し、ミスが増え、業務量に耐えられない人間は使えないとして別の部署に飛ばされる。
その穴を埋めるのが、一部のまだ業務量に耐えられる者ということになる。
なんだかんだ言っても結局は、穴を埋めるための玉突きということである。しかも、辺鄙で言語も分からない、仕事だけは多い場所への異動である。
「仕事が出来る方が悪いみたいじゃないか」
冷めてきた珈琲を飲むと、胃がじわりと温まるのに針に刺されるように痛む錯覚に襲われた。
「仕事は俺を救ってくれたけど、会社は俺を救わない。歯車みたいなパーツの人生なんて、そりゃ考えないよな」
深いため息が、ビルを突き抜けてマントルまで届く気がした。
それでもきっと、俺はその、辺鄙で言語も分からない、仕事だけは多い支社に行くのだろう。
現地の野菜やフルーツをうっかり生で食べて腹を壊して、病院では言葉が通じなくて何故か頭痛薬を渡されたりするのだろう。
俺はきっと、またそこでも真面目に仕事をするのだ。
歯車の一部として、ピカピカと光っていることが俺の誇りの一部なのだから。
パチンコ玉のように、ありとあらゆるところに飛んで、最後誰かに当たり玉だったと思ってもらえれば嬉しい。
「主体性のない人生だな」
俺は飲み終えたカップを小さくひねり潰して、曇天の下で一つ伸びをしてから屋上を後にした。

11.14 パチンコの日
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