3.26 インテリアの日
牛革張りのソファの上で、わざと白いTシャツにデニム、そして裸足の僕が足を組んでいると、やたら露出度の高い女が細いシャンパングラスを両手に運んできて隣に座った。
女は何も言わず僕と目を合わせて意味有りげにゆっくり瞬きをすると、シャンパングラスの一つを僕に渡した。
グラスを受け取る時、女の大きな胸の谷間の上に細かい水滴が付いているのに気づいた。
グラスを持つ指先のネイルは、彼女の見た目とはだいぶギャップのある薄い桜色で、馬鹿な男はこの爪を見て本当は清楚な子なんだと錯覚するのだと思った。
俺は口元だけで軽く微笑む演技をし、彼女と乾杯をした。
ガラスのローテーブルにはフランス製の木の器にイチジクや生ハムやルッコラ、そしてブルーチーズが並ぶ。
適当にインターネットで取り寄せたものを上手く並べただけなのに、女は「素敵ね」と目を潤ませて喜んだ。もしくは、喜んだ演技をした。
女が大人しくシャンパンを飲んでいる間に、僕は視線だけを動かしてゆっくりと自分の部屋を見回した。
アイランドキッチン、ギャッベの絨毯、造り付けのアイアンのテレビボード、広い窓から見えるベランダと一面に広がる夜景。その他諸々の僕の欲望のインテリア。
それら全てをやたら光量のないランプたちが死にかけみたいなちろちろとした灯りで照らす。
最新のお掃除ロボットが磨いた床は埃一つ無く、僕は泥まみれの靴で叫びながら歩き回りたい衝動に駆られた。
「ねぇ、私たち、付き合ってるんだよね?」
シャンパンを半分飲んだところで、女が夜景を見るふりをして、全身で僕のことを見ながらそんなことを言った。
その言葉に僕は寒気がしたので、手元に転がっていたスマートフォンでそっと床暖房を入れた。
「いやいや、まさか。僕は付き合うなら頭のいい女と決めているから」なんて言うことは出来ず、僕は女と目を合わせずに「明日は何しようか」と尋ねた。
僕は別に体型がいいだけの女に興味なんてない。
ただ、世間的にいいとされる部屋に住んで、好きなだけ欲望のままに欲しい家具を詰め込んで、お洒落を気取った部屋に住むTシャツ姿のラフな僕が女の人といる姿を誰かに見てほしかっただけだった。
でも、結局それを見ているのは僕だけで、昔の僕の憧れが見せた幻想の生活は、まるで空っぽで何もないがらんどうでしかなかった。
僕はイチジクに生ハムを巻いて口に入れ、味の違いも分からないシャンパンをひりつく喉に流し込んだ。
ただ全てから目を背けて、世間の憧れの的になったつもりでいるためには、もうぼんやりと死にかけの灯りの中で生きていくしか、今のところ無いのだと思っている。
3.26 インテリアの日
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