7.21 神前結婚記念日
私が初めて神様を見たとき、それは夢だと思っていた。
雪の降り積もった神社の境内。
夜でも月明かりが白銀の世界に反射して、昼間のように明るかったのを覚えている。
「こんな時間に一人か。危ないぞ。帰りなさい」
独りぼっちで本殿の屋根の下でうずくまっていた小学生の私に声をかけてきたのは、白い着物を着た神様だった。
振り向いた私の目に焼き付いた、美しい神様。男か女か分からなかったけれど、大人の人であることは分かった。
その時は、大人に咎められたことに怯えて、慌ててお辞儀をすると黙ったまま急いで家に走って帰った。
誰もいない自分の家にたどり着いた時、ポケットの中に白い絹の布で出来たお守りが入っていることに気が付いた。
いつもは静まりかえって暗闇ばかりが広く感じる自分の家に帰るのが怖かったけれど、神様の着物と同じ生地で出来たお守りがまるで月の光にほの青く光る境内の雪景色のようで、見ているうちに自然に心が落ち着いた。
どこであの人が神様と気づいたのかは分からない。
多分走りながらつけた帰り道の足跡と、本殿に向かった時の私の足跡しか雪上に残っていなかったから、神社に住む神様だと幼い私は納得したのだろう。
それから先、私は一度も神様の姿は見たことがない。
お守りは汚れないように大事に布に包んで持ち歩いていたが、段々と擦れて毛羽立ってしまった。
中学校で人とうまく仲良くなれなかった時、初恋の男の子にバレンタインのチョコレートを渡す前日、受験の日の朝、就職活動の祈願。
これまでに幾度と無く神社を参拝し、私はあの美しい神様の力を借りてきた。
そして明日、私はその神様に結婚の報告をする。
家族に恵まれなかった私が、新しい家庭を作ろうとしている。
相手の親もとても良い人で、私が近所の神社で神前式をしたいのだと告げると快く了承してくれた。
今まで護ってきてくれてありがとうございます、とあの日神様にもらったお守りもお返しするつもりだ。
あれから私はいつも不思議だった。
あの神社に行くと、姿は見えなくてもいつも神様がどこかで見ているような気がした。
もしかすると、明日の式ではあの美しい神様の姿をもう一度見られるかもしれない。
いや、きっと、見られるような気がする。
その時は白無垢を着て大人になった私から、目一杯の笑顔で神様に幸せを示そうとそう思う。
白い着物は幸せの証で、あの日の神様もお守りも、明日の私に繋がっていたのかも知れない。
7.21 神前結婚記念日
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