9.19 苗字の日
私の嫁いできた町は漁師町でした。
郵便屋さんとお巡りさん、役場の人以外は大体みんなが漁師をしています。
お姑さんは、脚を悪くしているので、家のことはもっぱら私がやることになっています。
短大を出て、情報と電波で絡み合う街から結婚という形で離れました。
お嫁さんになって、起きたことがないくらい毎日早起きをしています。
夫のお弁当に、大きなおにぎりを握るためです。
短大時代にも最低限自炊はしていましたが、漁師さんのお弁当となると、その経験は役に立ちませんでした。
夫は新米漁師なので、片手で食べられるおにぎりが良いのだと言ってくれます。
この町は、都会にくらべてまるで時間が三倍も四倍もあるみたいです。
たとえば、魚の多いところには鳥もたくさんいるんです。海鳥とか、つばめなんかも多くて。
私はときどき、お洗濯物を干し終わった後とか、商店に油を買いに行った帰りなんかに、空をぼんやり眺めます。高いところなんていかなくても、ちょっと目線を上げれば大体空ですから場所は選びません。
短大時代は、あんなにぼんやりしている時間がもったいないと思っていた私でしたが、今はいくらだってぼんやりしてよいのだと思うと、時間が足りないという不安にせき立てられる気持ちがないことだけでも、今の暮らしに豊かさを感じるのです。
電車を待ちながら人からくる情報を眺めていた五分が、今では自分の意思で休憩しながら空を飛ぶ鳥の軌跡を眺める五分です。
鳥を五分眺めるのって、結構飽きちゃって長いんですよ。
それを繰り返すうちに、私の人生はいつの間にか長くなっていきました。
ぱっと散る人生も良いですし、飽きるほど長い人生も良い。
私はこれからの長い長い時間を、いただいた姓を大事にしながらのんびり過ごそうと思います。