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5.3 そうじの日
連休も後半になって、ようやく私は一大決心をした。
あろうことか、連休前日の金曜日に二ヶ月付き合った彼氏に振られ、連休初日の土曜日には彼のSNSに海外旅行行ってきます、なんて浮かれた記事があがっているのを見てしまった私は、ここまでの期間を灰かゾンビかという勢いで過ごしてしまった。
退位も即位も見ることはなく、世の中がおめでとうおめでとうと言っているかと思うと外に出る気にもならず、備蓄していたカップ麺やら栄養補助食品で命を繋いでひたすら寝ていた。
数えてみれば、あと三日しか休みが無い。
惨めだし、悲しかった。
この日本という国で、今この時に、これほどまでに落ちているのは私くらいなものだろうと、海外で多分本命彼女と観光をしているであろう元彼を恨んで涙が出た。
しかし、恨んでいても彼は帰って来ず、泣いて帰ってきたところで許してやるほど私は心が広くない。
ずたぼろに傷つけられた私の自尊心は、自分自身で回復させなければいけないと気付くまでに多くの時間を割いてしまった。
まずカーテンを開けて窓も開け放す。
私の住んでいるのはアパートの一階で、窓からの景色は不動産屋の駐車場ビューである。
よって普段の平日は景色の見えない仕様の薄いカーテンが開かれることはないのだが、今は祝日なので不動産屋の駐車場はスカスカだ。営業車らしき車体にロゴの入った車しか停まっていない。
午後の光とはいえ、久しぶりに日差しを浴びて私の脳みそは目眩を起こしかけた。
「すごい、身体が生きようとしているのを感じる…」
洗面所に駆け込み、鏡に映った自分の顔を見て軽く悲鳴をあげる。
あれだけ寝たのにクマは濃く、むくみ、くすみ、吹き出物のオンパレードだ。
「仕方ない。それだけの毒を奴に飲まされたのだ。毒素はすべて出してしまわねば」
シャワーを浴びて、出来るだけ新品に近い気分のあがるシャツワンピースを着て、軽く化粧をした。
色付きリップを塗るだけでも顔色がよく見える。
こんな時、女で良かったと思う。少しだけでも気分があがるスイッチが見つけやすい。
私は浮かれた足取りで、そのまま近所のスーパーに向かった。
連休のスーパーは混んでいて、いつもより価格も高いように感じたが、今日ばかりは気にしていられない。
自己再生のために多少の犠牲はやむなしだ。
そのまま食べられる野菜やハム、手作りの惣菜など、出来るだけ体に良さそうなものをカゴに詰めてレジに並んだ。
「さあ、戦闘開始だ。まずはガソリンを入れよう」
私は机の上の物をとりあえず横にあった紙袋に詰め、ティッシュで拭いて食べ物を並べた。
色とりどりの食べ物たちは、昨日まで食べていた色のない世界とは全く違う。
「いただきます」
手を合わせ、まずは生野菜のサラダを口に運ぶ。
「うーん、美味しい!ような気がする!」
シャキッとした食感のレタスは、耳に響いてうるさいほどだ。
食欲はそれほど無かったが、これも治療と惣菜たちもたくさん咀嚼して味わって食べた。
「よし、では本番開始」
口にはマスク、頭には手ぬぐい。私は荒れ放題の自室の大掃除を始めることにした。
元彼との思い出が詰まったものを捨てるときは、涙でマスクがびしゃびしゃになってしまったが、それ以外は滞りなく、夕方頃には概ね部屋が片付いた。
部屋の片隅に積み上がったゴミを見て、しばし一人でぼうっとする。
ハイな状態から冷めた頭は、無気力の谷に落ちかけている。
「疲れた…でも、やってやった…」
窓の外から柔らかく暖かい風が吹いてくる。綺麗に片付いた部屋を祝福しているように。
「あ、ビール飲もう。ビール」
私は彼と行った唯一の旅行のお土産の地ビールが冷蔵庫に入っているのを思い出した。
プルタブを開けて、そのまま口をつける。
「わー!苦い。地ビール、苦いわ」
彼はもうこのビールを飲んだだろうか。
綺麗になった部屋で、最後に思い出のビールを片付けながら、その苦さにまた私は少し涙ぐんだ。
自分を再生させるのは、自分しかいない。
私は、私くらい私の味方でいようと心に決めて、傾きかけた初夏の日差しに照らされながら、苦いビールをぐびぐびと飲んだのだった。