11.10 エレベーターの日・トイレの日
長いエレベーターを降りて僕らは街に帰る。
地表に近いところの調査員をしている僕は、防護服をしまったバッグを足下に置いてぼんやりと階数表示を眺めていた。
きょうの調査は二人組で行っていたが、バディは奥さんの誕生日だと言って先に戻った。今エレベーターに乗っているのは僕一人だ。
何年か前までは監視カメラもついていたようだが、今では節電のために電源が入っていない。取り外すのも金がかかるので、カメラだけはそのままになって埃をかぶっている。
僕は、半分くらい降りたところで冷や汗が出てきた。水分は我慢していたのに、尿意をもよおしはじめたのだ。
「何でよりによってこんなところで…」
もじもじと内股になり気を紛らわせることを考えようとするが、気にしない方が気になる。
トイレが無いわけではない。今は使われていない階層に降りて、適当な場所を探せばいい。水は流れていないだろうが、運が良ければ昔のトイレを見つけられるだろう。
「何で今の時代の俺たちがこんな目に」
焦りがふつふつと怒りに変換されていく。
地上に暮らしていた古代人が一気に地表環境を汚染して、大気圏に穴が空き災害が頻発し、人はまだ宇宙というところに住む術を持たぬまま地中へ下りることになった。
初めはまだ地表近くに街を作って住んでいた。古代人は地下に建物を作ることに長け、電車まで走らせていたらしい。古代にしてはなかなかの技術だ。
しかし、人間はこうも学ばないものなのか。
その街も環境汚染で駄目になり、古代人はまたその地下に街を作って最初の街を捨てた。
それを繰り返すうちに、今の現代人は相当深い地中で暮らすことになった。
このエレベーターは唯一残された地表近くまで延びるものだが、今は古代史研究のためにしか使われていない。
そもそも、古代に興味を持つ人間自体が今はほとんど皆無だと言っていい。
「踏ん張れ、俺。こんな中層階で降りたら汚染されて街に入るのに時間がかかる」
僕は、きょう手に入れた古代の土と埃のサンプルを大学に運ばなければいけない。時間内に運ばないと減給の恐れがある。
「ああ、もうほんとに頼むよ古代人!」
飛び跳ねたり、身をよじったりして尿意に堪える。
からかうようにゆっくり点滅するエレベーターの階数表示をにらみつけながら、僕は空想上で古代人を全員長いエレベーターに閉じ込めた。
11.10 エレベーターの日、トイレの日
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