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11.5 いいりんごの日・縁結びの日

夜が来て、ほとほとと着物の男女が石段を昇って集まり始めた。
森をも有する途方も無い広さの神社の境内で、若い男女らが所在無げに佇んでいる。
辺りはほとんど真っ暗で、夜の鳥の声がほうほうと響いて心許ない。
石灯籠に灯された蝋燭も、今にもゆるい夜風に吹き消されてしまいそうだ。
木々のざわめきが人々の不安を増幅させていく。
一人として知り合いの居らぬ男女らは、ただ黙ってそこに立っているしかない。
それぞれが手に持つ番号札は、狐の透かしが入った和紙だ。
「はじまり、はぁーじぃーまあぁーりぃーい」
白い狐の面をつけた男が声高らかに告げると、神社の本殿が赤く照らし出され、格子戸が勢いよく両に開いた。
本殿から現れた神主は、金の狐の面をつけ、白い狐面の巫女を引き連れている。
境内で時間をつぶしていた男女らが沸いたように本殿前に集まり出す。
本殿前には、大きな籠が二つと白い絹布の引かれた白木の台。台の上には月光のように輝く一本の刀がある。
神主は台の前まで来ると、その月光の刀を高く掲げた。
横に着いた巫女がしずしずと籠のなかにある紅く熟れたりんごをその前に据える。
「いいぃーちぃ」
白狐面の男が数を数えると、神主は鹿おどしのような音をさせてりんごを二つに割った。
紅いりんごの蜜が弾け、飛沫が蝋燭の灯りに星のように光る。
亡霊のような男女らは、それをただ息を殺して眺めているばかりだ。
「にーいぃ」
紅い玉が据えられ、鹿おどしの音。月光に破られ出る星の滴。
「さぁーんん」
一人の巫女は紅りんごを絶えず白木の台に流し、神主は紅りんごを絶えず割り、もう一方の巫女は割れたりんごを大きな竹かごに絶えず放った。
そして、男女らは絶えず黙ってそれを拝見し続けた。
おおよそ三十ほどの紅りんごを割り終わると、神主は空になったかごに割れたりんごを移し替えた。
それを何度か繰り返すと、刀を巫女に手渡し一礼をした。
「これよりぃー、紅結びの儀をぉーう、始めんとぉーすぅー」
白い狐面の男が声高らかに告げると、自然と男女らが一列に並んだ。
「ひとぉーつ」
初めの男が番号札を空いた竹かごに入れると、神主は竹かごの内から紅りんごの片割れをひとつ渡した。
男は深々とお辞儀をして列を離れる。
「ふたぁーつぅ」
続く女は青白い顔で、同じように紅りんごの片割れを受け取り、大事そうに両手で抱えると列を離れ森の中へ消えた。
全てのりんごを配り終わると、境内はしんと静まり返った。
紅りんごの片割れを持った男女らは、広い境内に散り散りとなり自分の持つりんごの片割れを持つ者をさがす。
日の出前に紅りんごの片割れに出逢えれば、その相手は運命の相手となる。強い絆で結ばれ、二度と離れることはない。その強固な絆は呪いのようであると噂する者もいるくらいだ。
出逢えなかった者は、紅りんごを一口齧り、白木の台に供えて帰ると御利益があるという。
散った男女らは、片割れをさがして夜中暗い森を彷徨い歩く。
何人が出逢えて、何人が出逢えず、何人が行方知らずになるかは分からない。
金の狐の面をつけた神主は、最後に高らかにケンと鳴き、巫女を引き連れ本殿の中へと戻っていった。
「これにぃーてぇー」
儀の進行を終えた白い狐面の男は、紅りんごを一口齧ると、煙のように夜闇に消えた。

11.5 いいりんごの日、縁結びの日
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