6.1 麦茶の日・チューインガムの日
チューインガムを噛んでいたのを忘れて麦茶を飲んでしまった。
顔の右側だけを歪ませていたら、隣の席の小日向さんに笑われた。
目が合うと、長い髪を耳にかけながらはっとして俯く。
「ごめん。うっかり見ちゃって」
四月に入学した高校で同じクラスになり、席替えをしたばかりだから小日向さんと話すのはこれが初めてのことだ。
小日向さんは顔は綺麗なのに性格が大人しくて、休み時間はお弁当を食べ終わると一人で本を読んでいるようなタイプだ。
どうしてそんなことを知っているかと言うと、僕の好みのタイプだからである。
何にせよ接点を持てたことが嬉しかったが、変な顔を見られた僕は動揺していた。
「いや、ガムをね?噛んでたの忘れてて麦茶飲んだら一瞬でガムが硬くなって歯ごたえが嫌な感じに…」
口の中と机の上で汗をかいた麦茶のペットボトルを交互に指差す。
耳のあたりに熱が集まってるのが分かると、僕は恥ずかしくなった。
「それは結構やなかんじだね。何味のガム食べてたの」
真剣な顔で話を聞いてくれる小日向さんに、僕はポケットから慌てて残りのガムを出した。
そうしたら一緒にレシートや十円玉が出てきて、僕は顔まで熱くなった。
「パイナップル、ヨーグルトミックス?これはなかなか…」
「そうなんだよ。麦茶とは最悪の組み合わせだよね…ははは」
実のない会話をしているだけで僕は舞いあがってしまっていて、そんな自分が嫌だからそろそろ会話を終わらせたくなっていた。
小日向さんはじっとレシートと小銭の隣にあるガムを見つめている。
「あの…良かったら、食べてみますか?」
度を越えた緊張状態による今更の敬語はダメージが大きい。やはり撤退した方が良さそうである。
「いいの?私ミント味しか買わないからちょっと気になる」
小日向さんの白い手の平が僕に向かって控えめに開かれている。
僕は銀紙で包まれたチューインガムを渡す際に、うっかりすると手ごと握ってしまいそうな自分の本能を必死で抑えた。
「ありがとう」
リップも塗っていない小日向さんの口唇の隙間に僕のチューインガムが挟まれた一瞬はあまりに神々しくて目が離せなかった。
「どうかな」
小日向さんは斜め上を見ながらチューインガムの味を確かめている。
「うん。甘い。意外と美味しいね。でもやっぱり麦茶には合わなそう」
小日向さんから向けられる微笑みに、僕の胸はまたあたふたと動揺した。
タイミングがいいのか悪いのか、そこで予鈴が鳴って昼休みの終わりが近いことを知らせた。
小日向さんが歯磨きに急ぐのを見送りながら、僕はまたうっかり無意識に麦茶を飲んで口の中のチューインガムを硬くした。
6.1 麦茶の日、チューインガムの日
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