見出し画像

12.29 福の日

のどかな年末年始を過ごすはずだったのだが、日本全国寒波に襲われ、天気予報の地図は一面荒れ模様だ。
俺が住んでいるのは東北の土地なので、昼過ぎに起きてテレビをつけると画面の右上で傾く雪だるまのマークに容赦なく吹き付ける吹雪が表示され続けていてげんなりした。
寝癖がついて無精ひげが生えた姿で背中を丸め、ぼんやりとこたつに当たっていると突然わき腹に強い衝撃を受けた。
「痛っ…」
肋骨のあたりが激しく痛む。涙目で痛みの元を見ると、それはこぼれ落ちそうなほど丸い瞳をこちらに向けている。
「おい、みのり」
「パッパー、みーちゃんとママね、お出かけするからね」
「おでかけ?」
みのりは三歳の俺の子供である。
ただ、俺の子供とはいえ白玉のような色白で瞳は子猫のよう、さらにおねだり上手な可愛いボイスという、俺の遺伝子を一切感じない仕上がりになっている。
なんの神様のいたずらか、それとも妻のいたずらによるものなのかは知るところではないが、俺はこの娘が可愛くて仕方ない。
その可愛い娘がこの悪天候のなか外に出かけるという。これは由々しき事態である。
「ちょっと、ママを呼べ」
みのりは俺の脚の間に座ろうともがきながら「ママー、マーマー」と大声で呼んだ。子供というのは、どうしてこんな小さな体でこんなに大きな声が出るのだろうといつも驚く。生命力が爆発しているとしか思えない。
少しすると、妻のあかりが引き戸の奥からピアスをつけながら顔を出した。
「なーにー。みのちゃん、あっちの積み木お片付けして。そろそろ行くよ」
あかりがグレーのニットワンピースにケサランパサランのようなピアスという、デート服のような出で立ちをしているので俺は我が目を疑った。
「あかり、そんな服着てどこ行くつもりだ」
「えー、言ったじゃない。ママ友とランチ忘年会するって」
「あのね、リカちゃんとしょーくんもくるんだよ」
俺の脚の間にすっぽり収まってテレビを見ながらみのりが言った。
俺は、もう一度テレビと白く結露している窓を見て言った。
「いや、こんな大荒れの天気なら…中止じゃないのか?」
「何言ってるの。東北のママたちがこんな雪くらいでランチ中止にするわけないでしょ。ほら、早く車の雪かきしてきてよ。あ、あと近所の神社でお焚き上げやってるらしいからまとめといたやつ持ってってね」
あかりはうまくピアスがはまらないのかイライラしながら洗面所に戻って行った。
「えー、本当にー?」
心配半分、面倒半分でがっくりと肩を落とすと、みのりが「ほんとだよーパパはやくー」と笑った。

雪の塊と化した軽ワゴン車の雪を払い、さらにアパートの玄関前を二人が歩きやすいように掃いたところでもう俺が雪だるまになっていたのは言うまでもない。

「じゃあ、三時間後くらいに連絡するからお焚き上げよろしくね」
「よろちくねー」
出来るだけ店の玄関ドアの前に付けて妻子が雪に当たらぬように配慮したのだが、寝癖に無精ひげの旦那を見られるのは恥ずかしいから素早く車を出すように降り際に指示され、急いでアクセルを踏む悲しさよ。
後部座席をちらりと見ると、チャイルドシート脇の白い紙袋から破魔矢の先がのぞいている。
雪はますます強く、ワイパーを全開にしても前が見えないほどだ。
安全運転を心がけ、ブレーキを踏むたび滑る後輪に神経を集中させながら神社へと向かった。

ようやく辿り着いた神社はしんと静まりかえり、白い紙袋を雪でさらに白くしながら俺は荒野に立っている気持ちになった。
「誰もいない…」
冬眠しそこねた熊のようにうろうろと歩いていると、社務所の隣の掲示板に『今日のお焚き上げは荒天のため中止とさせていただきます。お納め所へどうぞ』と墨の字で書いてあった。
俺はお納め所とやらを探して、視界の悪い境内をまたうろうろと歩き出した。
すでに前髪は寒さで固まり、黒いダウンはダルメシアン柄に変化している。そして、鼻水が止まらない。
あと一周して見つからなかったら帰ろうと思ったところで、若い女性に声をかけられた。
「お納め所でしたら、こちらです」
白玉のような肌に寒さによる赤みがさし、溢れそうな大きな瞳は娘に似ているところがある。俺は、不覚にも天使かなと思った。
巫女のバイトをしているという女性に連れられ、無事に破魔矢やお札、御守りの類を納めることができた。
両手を合わせ、今年の家族の無事のお礼をする。
「大変な日にいらっしゃいましたね」
天使が隣で微笑んだので、俺は急に中学生みたいに恥ずかしくなった。
「いや、妻に言われまして。まぁこれで妻と娘が無事でいてくれたら俺が雪まみれになることなんて全然」
寒すぎて鼻水が出ていることにも気付かず格好をつけてそう言うと、天使がコートのポケットからティッシュを出してくれた。
「素敵なお父さんですね。あなたにも福が訪れますように」
一礼をして、彼女は去っていった。
単純な俺は、鼻水を彼女がくれたティッシュで拭いながら、早くあかりとみのりに会いたいな、なんて思っていた。
雪の粒は大きく育ち、天使の羽のようにゆらゆらと街に降り続いている。

12.29 福の日
#小説 #福の日 #JAM365 #日めくりノベル #年末

いいなと思ったら応援しよう!