11.8 信楽たぬきの日
蔵の重い扉を力の入らない腕で開き、中へ文字通り転がり込む三人のおじいさんがいた。
ごろりごろりと転がるうちに、彼らは少しずつ本来の姿へと変貌した。
「ふぁー、一年ぶりの紅葉鍋は最高だったわい」
「…美味なり…至福なり」
「ガハハ、今年のうちにあと三回はやりてぇなあ!」
回転が収まると、蔵の土床に転がっているのは三体の信楽焼のたぬきであった。
彼らは昨日に公園に電源の入らぬコタツを持ち込み、落ち葉を鍋にするという会を催していた。(11.7 鍋の日参照)
「太郎が酔っ払って大声を出すものだから、大変だった」
次郎は口中に残る旨味を味わいながら、蔵の隅の暗闇に消え入るほどの小声で文句を言った。
「今回ばかりはそうじゃな。太郎が悪い。最近は近隣住民のみなさんが騒音に過敏になっておるからの」
三郎は、無精をして転がったままあらゆる箱のなかから爪楊枝を探している。
「ボール投げも駄目、花火も駄目、鍋まで駄目ってか!じゃあどこでやりゃいいんだっつの!」
太郎が大声を出すと、蔵の天井から埃が落ちて初雪のように次郎の頭に積もった。
「でもよ、見ただろう。警察のやつらの驚いた顔」
太郎がにししと思い出し笑いをすると、それに次郎も三郎もつられて思い出し笑いを始めた。
「…まさか我々がじじいに化けた狸だなどと思うまいからな。我々が毛玉となって転がり去るのをただ目を丸くして見送っていたな」
次郎がぶひゅぶひゅとへんな音を出し笑いをこらえながら言った。
三郎は見つけた爪楊枝をくわえてふふんと鼻を鳴らす。
「それだけではないぞ。口もあんぐり開いておったわ」
「そりゃ、生のきのこでも詰めてきてやれば良かったな」
ガッハッハ、と三匹の信楽たぬきは大口をあけて笑い、腹をぽんぽこと鳴らした。
「…はぁ。コタツとガスコンロは明日取りにいかねばならないな」
「まぁ良かろ。明日は明日じゃ」
「そうだぞ次郎、今日は今日の楽しみを目一杯味わい、たんまり寝て養分にしようぞ」
三匹の信楽たぬきはゴロゴロ転がり柔らかい古毛布に包まれるとそのままいびきをかきはじめた。
置き去りにされたコタツとガスコンロはぴかぴかに光る星空の下でひっそりと凍えていたが、たぬきたちは酒と鍋と毛布とでほかほか湯気が出そうなほどだ。
実に、実に幸せな夜である。
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