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6.5 ロゴマークの日
頭の中に浮かんだ?のマークは、どこかで見た何かのロゴマークだったように思う。
平和な平日の朝だ。
僕はいつもと変わらない妻の目玉焼きとレタスだけのサラダとブルーベリージャムのかかったヨーグルトを前に、妻の衝撃的な発言を聞くことになるとは露ほども思っていなかった。
「私、浮気してるんだ」
水のよく切れていないレタスを口に運びながら、僕はそれをまるでトーストはいるかと聞かれるくらい軽い様子で言う妻に何も言い返すことが出来なかった。
彼女はガラス扉を鏡がわりにして白蝶貝のイヤリングを付けると、そのまま仕事に出て行ってしまった。
僕は無言で朝食を食べ続けながら、頭の中で?を量産していった。
浮気?誰が?妻が?あの地味な妻が?浮気?誰と?いつ?どこで?何故?どうして今まで気づかなかった?いや、冗談か?妻がこれまでに冗談を言ったことがあっただろうか?どうして?何のために?このタイミングで?離婚したいという話か?子供は出来なかったのではなく作らなかったのか?
いくら考えても分からず、皿の上の食べ物は減り、僕の視野はどんどん狭くなった。
視界がぴったり皿の白い丸と重なった時、僕は最後に残しておいた半熟の黄身を口に運んだ。
ぶちゅり、と口の中で黄身が割れる。
白黒とした瞳に、皿に残ったソースの跡がはっきりと映った。
?
「そうだ、あのロゴマークは」
急いでスマートフォンで検索をかける。
出来ることなら思い違いであって欲しかったが、僕のなかにはもう確信めいた気持ちがあった。
「ミステリーホテル」
駅裏にあるラブホテルの大きな看板。
真紅に真白の?がひとつあるだけの変わったデザインだ。
頭の中で、いつかの雨の日がフラッシュバックする。
土砂降り。急ぎ足の帰り道。水溜りにうつるネオンの明かり。赤いハイヒール。知らない男と腕を組む妻の姿。後ろ姿。雨。光る真紅と白。?の看板。大きな、?。
「ああ。僕は、知っていたんだ」
そしてきっと、それを妻も知っていたのだ。
「だって、あの時」
傘の下で振り向いた彼女と目が合ったのだから。
目の前に浮かんだたくさんの?。
今は皿の上で僕に質問を投げかけている。
逃げられない。お前はどうする?と。
?のロゴマークが、運命から逃れようともがく僕の前に立ちはだかっている。